Vol.1 若手クリエイターが大先輩写真家に学ぶQ&A 「人を撮ること、ポートレート撮影のコツ」河野英喜×AOI
Nikonのカメラとレンズをこよなく愛するクリエイターを12回にわたって紹介したGENICのWEB連載『Nikon Creators の履歴書』。その連載に登場したクリエイターがこれからますます“履歴書”を充実させ、「撮る」人生を豊かにしていくために、長年Nikonとともに人生を歩んできた写真家たちに、知りたいこと、気になっていたことをリアル対面で聞いてみるというスペシャル対談を実施。大先輩直伝の撮影テクニックやNikon機の使いこなし方から貴重な体験談、写真を続けることの素晴らしさまで、「ヒントと学びが満載のQ&A」を大公開します。第1回は、コンテンツクリエイターとして活動中のAOIさんがポートレート写真のプロ、河野英喜さんにあれこれ質問!人物写真撮影の極意をたっぷりと教えていただきました。
目次
河野英喜 プロフィール
History with Nikon
- 2010年
- カメラ誌のレビュー記事執筆を機にNikonに触れその解像感・描写表現に魅了され、 Nikon D3S、AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G、AF-S NIKKOR 85mm f/1.4G、AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8Gを購入
- 2012年
- Nikon D800Eを発売と同時に購入。これを契機に35mmサイズデジタルカメラはNikonへ完全移行。同年、Nikon D600を追加導入し、以降Fマウントレンズは必要に応じて追加
- 2014年
- NikonD810・Nikon D750導入
- 2017年
- Nikon D850導入
- 2018年
- Nikon Z6・Nikon Z7導入。以降ミラーレス・一眼レフ機種を両用。Zレンズは必要に応じ追加
- 2020年
- Nikon Z6II導入
- 2021年
- Nikon D780・Nikon Zfc導入。同年、Nikon Z9を追加導入
- 2023年
- Nikon Z8導入
AOI プロフィール
Q. 自然光でポートレート撮影する場合、どんなことを意識すべき?
A. 屋外なら時間帯を、室内なら方位に注意!
AOI
イベントやワークショップなどで何度かお話を伺う機会はありましたが、マンツーマンでお話しさせていただくのは初めてですね。どうぞよろしくお願いします!ポートレート撮影について、お聞きしたいことがたくさんありますが、まず自然光で撮る場合、どんなことに意識すればいいでしょうか?屋内と屋外では気を付けることは違いますか?
河野
まず屋外であれば時間帯ですね。朝10時〜午後2時くらいは一番撮りにくいというか、人がきれいに写らない時間帯です。風景メインであれば、どこか白飛びしてふわっときれいで、情緒的なものも生まれることもあると思いますが、人がメインの場合、我々は人を→横から見ているので、昼間の↓上からの光だとまつげの影が落ちてくる、鼻の影が出る、ほうれい線が目立ってしまう、みたいなことになります。だからロケに出かけるときは時間帯を選ぶことがいつもポイント。通常朝7時くらいから外で撮影を始めて、10時すぎから午後2、3時までは室内で撮って、また夕暮れどきまで外で撮るといった感じで時間を組み立てることが多いですね。室内の場合は方位、角度。これはもちろん時間と連動していきます。AOIさん、目は日差しに強いほう?
AOI
最近弱くなりました(笑)。
河野
モデルさんも、太陽のほうを向くと眩しくて目が細まってしまって、表情的にもよくなくなります。やはり目はしっかり大きく開いていたほうがいいじゃないですか?だから太陽を背にしてもらったほうがいい。そして、屋内で撮る場合、僕がまず考えるのは方位ですね。風水じゃないですよ(笑)。東から南、西へと太陽が廻っていくじゃないですか。室内で撮るときに北側だと人の肌というのはすごく美しくないんですよ。なぜならまったく日が当たらない側だから。天気によってはなんだか青白くて生っぽい感じがして、いくら彩度をあげても肌色が上がらないということはないですか?北側というのは、晴れていればただ空の青がかぶってくるし、曇っていたら何の色もない光が落ちてくるだけなんです。
AOI
太陽の向きを考えて、北側を避けるようにすればいいんですね!
河野
あとは窓との距離感。窓に近づけば近づくほど被写体に当たる光が増えるから、窓の外を飛ばさないですみます。当然ストロボを一発打てば楽でしょうが、そうすると雰囲気が壊れてしまう。雰囲気を壊さずに撮るにはやはり窓に近づけていくことですね。そうすればある程度、自然光だけで撮影していくことはできると思いますよ。
AOI
方位と窓との距離感に気を付ければ、ライティングしなくても工夫次第で美しく撮れる。予想外の答えでしたが、なるほどです!
河野
室内撮影のときは、まず条件を見極めること。どこに窓が面しているか、太陽がどこからどこに動くかというのを最初に確認するといいと思います。最近、太陽の動きを見るアプリがあるでしょ。あれで見ておいて、たとえば13時にこの窓にくるなと思ったら、13時にそこで撮ると決めておく。あとは逆算して、ほかをどう撮ろうかなというふうに撮影を組み立てるんです。ただ、すごく完璧に計算してあったとしても、隙もないくらいに撮影順を構築していると被写体に感じさせたら、それは相手にとってプレッシャーでしかなくなりますよね(笑)。そのプレッシャーは自分がひとりで受け止めればいいことであって、あまり何も考えてない感じで進めていくというか、相手をプレッシャーからリリースしてあげることは大事かな。
AOI
たしかに。それもモデルさんとのコミュニケーションの一部ですね。
河野
あまりにも細かいタイムテーブルを渡されたら、自分だってイヤだよね(笑)。そうはしたくないので、ロケハンを緻密にして、自分で撮影順やタイムテーブルを把握しておけばいいのかなと。もちろん当日、予期せぬ天候の変化などもあり得ますが、光がある窓のほうが明るいに決まっているわけだから慌てることなく、今そこで一番明るい場所を探せばいいと思います。それにプラスして、室内光をどれくらい入れようか、ストロボを使おうか、と次のフェーズに進めていく感じですね。
AOI
撮影環境に自然と対応できるような、そういう流れが身に付いていらっしゃるんだなと思いました。
河野
なんとなくですよ(笑)。でもこんなときはこうかなという予測は回数を重ねていくうちにできていくと思います。撮影中に雨が降り出したら、「大丈夫ですか?」と心配されることもありますが、「あー、雨ですねー」なんてやりとりをしながら、いろいろ考えるんです。窓の大きさによって、できてくる影、顔に当たる光の向きや量が違うので、もう少し影のない、光が回った状態で撮ろうかなとか、ガラスに張り付く感じにしようかなとか。それでレンズの焦点距離を少し短めにして、被写体のほうに近づければ、ガラス全体が面光源になるでしょ。そうやって状況に合わせて変えています。
AOI
なるほど。先生は瞬時に状況を判断して、撮り方からカメラの設定までをやっていらっしゃるんですよね。私がそれをやろうとしても経験不足で難しそう。
河野
もちろん経験を積んでこそできるようになることはありますが、窓の向きなどを気を付けるだけで、全然写真は変わってくると思います。たとえば何度か撮影しているホテルであれば、「⚫︎号室の向きがいいので、撮影はそこでお願いします」みたいなリクエストをしているかもしれませんが、それと同じ。反復練習みたいなもので、やっていくうちに体得して、いろいろなことをあらかじめ決めていけるようになると、本番がスムーズになります。
Q. 曇りの日にポートレート撮影する場合、気を付けるべきことは?
A. 空の分量をできるだけ減らす
AOI
今、雨のお話がありましたが、私は曇りの日に撮る写真について悩んでいまして。なんだかムードがない気がして、もっと雰囲気を出したいなと思うのですが、いい方法はありますか?
河野
曇りの日は光がすごく回り込んでしまうんですよね。だからなんだかメリハリがなくて、どんよーりして、何を撮ってもすべてがグレーっぽい感じで。曇りは光が回っているから撮りやすいという人もいますが、僕はあまりいいことはないと思います。AOIさんは曇りの日に撮影したとき、何が一番困ります?露出は困りませんか?順光気味であれば空も建物も写ると思いますが、逆光だと建物の色を出そうとすると空がとんで白くなると思うんですよ。それでも現場では仕方ないと思って撮りますが、帰って現像すると、やけに曇った白い空が気になって、ハイライトを下げようと思っても下がりきらず、ディテールは出ない。そんなことはありませんか?
AOI
あります、あります!
河野
そうでしょ。だから曇ったときは空の分量をどうするかということを考えます。画面を見たとき、人の視線というのは明るいところから見ていく傾向があるような気がしていて。そうなると視線の誘導として、最初に空を見せてから人物ではなく、やはりまず人物を見てほしいから、人物がよりよく写ることを考えた上で、空の分量をなるべく減らします。極端に言うと、空を入れるのであれば全面空にして、人物を浮かび上がらせる。逆に空を全部きってしまって、背景を建物だけにするという手もありますね。そこで単焦点レンズで絞りを開けて、ぼかしていくという作業をしていけば、おのずと人物に目が向いていきませんか?
AOI
すごい!今、想像しながらお話をお聞きしていましたが、たしかにそうですね。あとでトリミングするのではなく、撮影の段階で空は入れない構図で撮るということですよね。
河野
基本的には撮影時に空をきる、もしくは極力きるような努力をしていきますが、細かく言うと、仕事の内容によっても違います。広告撮影の場合は文字やアートワークが後から加わるので、その余地を考えて撮らなくてはいけない。一方で芸能のお仕事で撮るポートレートは基本的にはこのままで使ってください、くらいのつもりで、トリミングの余地は残さず、すべてフルフレームで撮るんです。とはいえトリミングされないようにと思って撮っても、思い通りにならないこともありますけどね!なので高画素機でないと困るんです。だから僕はNikonなんですよ。
AOI
今、メインのカメラはZ9ですか?
河野
そうですね。Fマウント、一眼レフの時代はD800Eからスタートして、810、850とずっと800シリーズを使っていて。Nikonさんにはすごくいい一眼レフカメラがありますから、今ももちろん惹かれるのですが、失敗できない現場、すなわち仕事ではZ9一択です。芸能の撮影などでは写真を大きく扱われることも多いですし、それにプラスして想定外のトリミング問題(笑)も加わってくるから、どうしても高画素機のほうがいろいろな意味で有利。だから僕はピントと画素数に投資している感じですね。
AOI
Z機への信頼は厚いですね!私も本当にそう思います!
河野
というわけで、曇りの日はなるべく空の分量を減らすように意識して撮影すること。人物メインの場合は、たとえば露出補正を少しプラス側にして、ちょっとだけ明るくしておいてあげるといいのかなと思います。あとは顔の向き。光は上から下へ流れるので、普通に撮ると上が明るくて、下が暗い。でもモデルさんの顔の位置より少し高いところから撮れば、カメラのほうを向いたときにおのずと上を見る。そうすると光を面で受けるから、顔が明るく写りますよね。そうやって、撮るポジションやアングルにも気を付ければ、人物写真に関してはうまくいくんじゃないかな。建物とか、いろいろな要素でまた変わってくるでしょうけどね。
Q. ポートレート撮影でベストなアングルの見極め方とは?
A. 会話しながら、「ここから見たらきれいだな」を探す
AOI
どんな天候条件でも、河野先生みたいに引き出しをいくつも持っていたら、オリジナルの表現ができるんだなと思いました。どんなこともすべて計算が大事ですか?
河野
そんなことはありません。一番は、「ここから見たらきれいだな」、常にその気持ちなんです。だから僕は女性を撮りたいんだと思います。だって男性をここから見たらかっこいいかもとかできれば考えたくない(笑)。もちろん仕事は別ですよ。昨日も有名な俳優さんを撮影していて、「ここから見たらかっこいいな、でも悔しいな」みたいなね(笑)。女性の場合は「ここから見たらきれいだな」、「少し引きのほうが彼女のバランスのよさがより際立つな」とか、自分が思ったことを素直に画にできるような努力をしているだけなんです。
AOI
そういう被写体が一番きれいに見えるアングルというのは、どうやって見極めていますか?
河野
実はモデルさんと普通の話をしてるときにも、どちらから見たほうがきれいなんだろうというのを自分の立ち位置を変えつつ、見ていますね。ジロジロ見られるのはいやじゃないですか?だから話していくなかで、髪の分け目、目の大きさ、口の歪み方、そういったところを意識して、ちょっと重心を変えて見てみたり、自分の向きを変えてみたり。たとえば目だけでも人によって特徴が違うから、ベストに写る角度を探して、なるべく自分の動きでカバーするようにしています。
AOI
なるほど。それは私もすぐに実践できそうです!
Q. より表情をよくする、目の輝きを撮るコツを教えてください。
A. モデルにきれいな景色を見せてあげること
AOI
瞳が輝いて見えると、モデルさんの表情もよりよくなるなと思うのですが、河野先生はそういう写真をどうやって撮っているんですか?
河野
なるべくモデルにきれいなところを見せてあげれば、おのずときれいなキャッチを目に入れることができると思うんですよ。極端に言うと、撮り手の後ろ側や、モデルが見る方向を全部美しいものにすればいいんです。
AOI
素敵!そういうふうに考えたことは一度もありませんでした。
河野
たとえば青い空、白い雲、ガラスの反射、そういったきれいなものをモデルに見せてあげて、心を開放的にしてもらったり、普段と違う経験をしてもらうことでワクワクしてもらったりする。人は環境に影響されるところがあるじゃないですか。そういう心の高揚感というのは必ず顔に宿ってくるから、そこを上手いこと写真に撮っていくことで、人物の写真というのはよくなっていくと思います。きれいだなと思うものに囲まれていれば、より輝く目になるものです。
Q. 人を撮る際に被写体の魅力の引き出し方は?
A. 相手のピッチに合わせること
AOI
モデルさんにいい景色を見せてあげれば、自然にいい表情となるはずなんて、素晴らしいマインドセットですね。それは被写体のいい表情やその人の持つ魅力を引き出すことにも繋がるのかなと思いました。
河野
僕がもしこれからAOIさんを撮影するとなったら、AOIさんがどんな音程を持っている人か、そのピッチに合わせていくようなことを考えます。たとえば朝一番はどんよりしているとして、僕が最初からハイテンションでいくと引くじゃないですか?だから最初の一発が肝心で、まずは「おはようございます」から。そこで相手の様子を見て、相手のピッチに合わせて、不協和音が生まれないようにしていくというのが大事ですよね。
AOI
それもコミュニケーション能力ですね。私たちも今お話していて、だんだん盛り上がっていますよね(笑)。話していて安心感があるので、なんだか自然体になれますし、引き出し方がさすがです!
河野
初めはスロースタートでいって、相手に反応があれば、自分が少しでも相手のテンションを引き上げていくようにして、最終的にはまわり全員を巻き込んで場を温めるという感じかな。だから人が話しやすい状況を作ることが大事だと思うんですよね。たとえば僕がピリピリしていて、スタイリストさんやヘアメイクさんが「直し、入ります」と言っても、「入るんじゃねえ」みたいな雰囲気だと(笑)、それは僕が撮っているモデルさんのためにもならないじゃないですか。人の動きも会話もある程度、自由にできる雰囲気を作って、その場が温まらないといいものにはなっていかない。全員に“河野さん”という水槽の中で自由に泳いでもらえれば(笑)、みんな普段通りに動いてもらえるのかなと思っています。その中でどうやって被写体を自分のほうに惹きつけられるか、集中力を向けさせるかが重要かもしれませんね。
Q. 人を撮る際に被写体に対して気を配っていること、心掛けていることは?
A. 興味を持って、相手を知ること
AOI
場の雰囲気は大事ですよね。お話を伺っていて、いい作品はいい現場から生まれるということなんだなと改めて思いました。河野先生は1つのシーンで何カットまでみたいなことを決めていますか?私は被写体を疲れさせてしまっているかもと気になることがあるのですが。
河野
僕は自分の中でなんとなく「今よかった」という感覚が3回あったら終わりにするようにしています。ある程度、撮れているという手応えがあれば、おさめられるんですよ。「今、撮れた」を意識して撮っていないと、「大丈夫かな?」と不安でずっとシャッターを切り続けることになりますよね。そうならないように今のはいいかもと思ったら、一旦見てみる。それでよかったと思えて、時間さえ許せば、もう少し撮り続けて、これで3パターンから選べるぞとなったら、もう次のカットに移ったほうが可能性は広がるんです。モデルに対しても、いつまでも撮って「まだかなー」と思われるより、テンポよくいったほうがいいに決まっていますよね。そういう意味では、「今日はこことあそこで撮ったら、おしまいですよ」と身近なゴールを設定してあげることも大事かな。あと少しで終われると思うと人はがんばれますから。撮られる側も「あと3カットだ」と絶対に心の中でカウントしているので、「もうちょっと」とうまく引っ張って、テンションを上げていければ、うまくいくんじゃないかな。
AOI
たしかにそうですね。モデルさんにリラックスしてもらうための、おすすめの方法はありますか?
河野
「インスタでどんな写真をあげているんですか?」とか、その人がやっていることを聞いてみるようにしていますね。「今日は朝、早かったですよね」でもいいので、言葉を交わして、相手を知ること。相手に興味を持って、好意を持って、その場の空気を作ること。そして同じ空間で一緒に息をすることが「息が合う」ということなのかなという気がしています。そうすると、いい写真が撮れるんじゃないかなと思いますね。
Q. ポートレート撮影のインスピレーションはどこから?
A. 人間ウォッチングや邦画鑑賞
AOI
撮影に関するお話のすべてに、被写体への溢れる思いやりを感じます。一緒に作品作りをしていくイメージを共有しているということですよね。先生はポートレート撮影のとき、人そのものからインスピレーションを得ているということですか?
河野
僕、人間ウォッチングが大好きなんですよ。今日も早めに駅に着いて、交差点でずっと人を見ていたんです。ここに来る途中もベンチに座って、おばあさんの歩き方とかを見ていましたし、けっこう人を見ていますね。「あ、靴が脱げた。どうするんだろ?そうやってはくんだ!え?しゃがまないの?」とかね(笑)。そういう過去に見た人の動きを参考にして、ポーズに活かしているところはあるかな。
AOI
人を観察して、普段の生活の中からヒントを得ているということですね。
河野
なにげない場所での、なにげない動きというのは一番、素でしょ?人がたくさんいるところだと、相手に自分の視線を感じられずにいろいろなものが見られるので、おもしろいですよね。あとは、邦画もわりとそういうところを意識して演出されているので、見ることが多いですね。僕はポーズには必然性がほしいなと思うんですよ。その人がそこでそのアクションを起こしているのには理由があって、それから先を感じたり、想像したりするのは見る人の自由であり、楽しみだと思うんですよね。だからなるべく動きは自然に。そこに表情が伴っていく。その動きをしていても、表情がこわばっていたら、全部ぶち壊しですから。結局僕らは、顔だけを撮っていたとしても、実のところはその人の全体を見ながら撮っているんだろうなと思います。その表情を誘うために、いろいろな場所へ行ったり、いろいろな会話をしたりしているんでしょうね。
Q. ポートレートのレタッチで気を付けるべきことは?
A. その人がその人らしく写っているかどうか
AOI
先生の撮影の向き合い方、とても素敵ですね。そうやって撮影された作品の、仕上げについてお伺いしたいのですが、ポートレート写真はどういうところに気を付けてレタッチされていますか?
河野
レタッチにもいろいろな考え方があるので、どれが正解とも言えませんが、僕はやりすぎないことを一番に考えています。だまさない。肌のキメを消さない、その人がその人らしく写っているということを大事にしたいかな。
AOI
肌の色味の調整などは、どうされていますか?
河野
誰がメイクするかによっても変わってくるので、これも一概には言えないですが、実はメイクした顔と首の色の差異を見ていて、たぶん首がその人の本来の色ですよね。だからその色を少しもらって、全体的に薄くのせることはあります。ポートレートに特化した肌修正のアプリはたくさん出ていますけど、ソフトにしてボヤボヤか、キメを潰してツルツルかのどちらかだから、基本的にはどれも使えないなと思っていました。最近は、わりとキメを残しながら補正するアプリも出てきて、実験的に使っていますが。そういう意味で言うと、Z8以降のZシリーズ(Z9はファームアップで対応)に入っている「美肌効果」、あれは本当にいい!デフォルトでオンにしておいてほしいくらいです(笑)。みんなが幸せになれると思いますよ!あれはキメが残るでしょ?
AOI
そうですね。私もZ8で使用してから、美肌効果はとても優秀だなと思っていましたが、河野先生でも重宝されるものなんですね!
河野
僕も初めてZ8で見たとき、感動しました。標準で設定しておくと、大部分が自然にカバーできる。あとこれは僕が勝手に思っていることですが、冬にもってこいだと思いません?ちょっとだけ乾燥しているような絶妙な質感に、美肌効果はいい感じじゃないですか?キメは残したまま、潤いというか柔らかさを加えられるので。繰り返しますが、あれはデフォルトでオンにすべきだと思う(笑)。
AOI
間違いないです。是非みなさんに使っていただきたい機能ですね。
河野
写真同様レタッチにもトレンドがあって、10年、15年経つと昔、流行った色だよねとなる。でもそういう意味では、写真館で撮る写真が参考になるなと考えています。だって、あの肌色は非常にニュートラルで、もしかしたら20年経っても、すっと目に入ってくる肌色ではないのかなと思うんですよ。だから僕が撮る写真でも、用途によっては流行を意識したり、エフェクトをかけたりはしますが、基本的にはその人が10年後に見返したときに「きれいないい写真を撮ってもらったな」と思ってもらえるような、そんな肌色を目指していきたい。多少ニキビがあっても、そのときの自分だとすれば、いつかいい思い出になりますよね。これは撮っている写真のジャンルにもよるとは思いますが、僕の場合はそういう肌色の修正の仕方を大事にして、ふと見返したときに当時の自分を懐かしく思い出して、またそっとしまっておいてもらえるような、そんな写真を残すお手伝いをしたいです。
AOI
そういえば私は今、Z6IIIのフレキシブルカラーピクチャーコントロールにトライしているのですが、先生ももう使われていますよね?
河野
はい。あれは素晴らしいですね!実際自分で作ってみましたが、かなりお気に入り。とてもこだわって作っています。普通、色というのはメーカーの提供で、もちろん過去には海外サイトを含め、ピクチャーコントロールで自分テイストを楽しもうというのはありましたが、自分でここまでかなり細かく作れるようになったというのは本当にすごいこと。特にポートレートは色に関しては大きな脚色ができない分、フレキシブルカラーピクチャーコントロールは細部にこだわれるので、ぜひやったほうがいいと思います。
AOI
自分オリジナルですもんね。そういう意味でZシリーズはますます自分に寄り添ってくれるカメラになっているなと思います。
河野
流行に関係なく、やりすぎることなく、自分好みな味付けができて、作品そのものを自分テイストに仕上げられますよね。たぶんこれはNikonが先駆けだと思っているので、そういうメーカーのカメラを僕はずいぶん前から使うことができていて、本当によかったなと改めて思っているんです。早くZ9にも入らないかな、Z6IIIを買うべきかなとそわそわしているくらい(笑)。そもそも僕が、Nikonを使い始めたきっかけは、レンズの写りのよさなんですね。それにプラス色がコントロールできるとなったら、あとほかに何があるの?という感じ。2021年からZ9を使っていますが、常に、カスタム設定やiメニューボタンの配置の見直しをしながら使っていて、替えのきかない仕事の相棒のような存在です。イージーカバーもカメラを地面に置くような場面でもためらいがないようにつけているのですが、今もまだまだカスタムしながら自分仕様にしていっている感じです。
AOI
設定はどんな感じで自分仕様にされているんですか?
河野
とにかく使ってみて、つまずくところは変えて、また次の撮影でトライして、iメニューの位置も自分が使いやすいように変えています。Z9は撮影機能メニューを4つ登録できるので、一番自分が使うものをそこに集約しておけば、ほとんど動かす時間を要することがなくなる。実際、フォーカスモードを変える時間さえ惜しいときがあるんですよ。だからなるべく作業を短縮化できるように、僕はAF-ONのところに3Dトラッキングをあてておいて、それが使えるように基本的にはAF-Cモードにしておくといった使い方をしています。これは人それぞれジャンルによっても違うと思うし、正解はないですが、僕的には瞬時に切り替えて使えるということを重視しているかな。
AOI
iメニューのカスタマイズは同じ項目を2つ追加して縦撮り横撮りそれぞれに対応しやすくできるなど、自由度もあるので、私も用途に合わせてもっと自分の使いやすい設定を見つけられるように、撮影しながら探していきたいです。
Q. ポートレート撮影におすすめの機種とレンズは?
A. 最初におすすめするのは、今ならZ6IIIとNIKKOR Z 50mm f/1.8 S
AOI
これからポートレートを撮ってみようという人におすすめの機種はありますか?
河野
最初はお手頃な機種をおすすめする人が多いと聞きますが、僕は逆に清水の舞台から飛び降りる勢いで、最初からちょっと値のはるカメラを買ってもらいたいなと思います。なぜならば覚悟ができるでしょ。写真が好きな人であるほど、撮っているうちに「もっとボケませんか?」「もっとふわっとさせたいです」と言うんです。F4かF2.8かとなったとき、状況が悪ければ悪いほど、すごく大きな差になるし、今は感度を上げられるとはいえ、やはりボケ方も違ってきますから、なるべく発売されたばかりの旬のカメラを買うことをおすすめしたい。それを数年間大事に使って、次のボディーにチャレンジしていくというやり方のほうがいいんじゃないかなと思います。これから写真を始める人でも、ポートレートで言えばどうしてもボケという言葉はついて回るので、まずはフルサイズの中から選んでいきましょうと言いたいですね。今ならやはりフレキシブルカラーピクチャーコントロール搭載のZ6III。ピントの精度も高いですし、たぶんこのクオリティはスタンダードになっていくと思うんですよ。今は高いと思っても、そのうち必須になってくると思えば、今買ってしまうのもいいんじゃないかな。ま、それはともかくも最近のカメラはどれもすごくよく写るから、自分がちゃんと撮ろうと思えるカメラが一番かなと思います。気持ちって大事じゃない?
AOI
そうですね。モチベーションになりますよね。
河野
そう考えたら「これを買っちゃったから、もう撮るしかない!」というスタートでもいいと思うんです。道具に引き上げてもらえると思いますし、レンズも最初はF1.8からスタートして、きっとどこかで「もうちょっと柔らかくボケたいな」、「見ているところだけにピントを合わせたいな」と思うようになりますから。そうすると必ずF1.2の存在が出てきて、そのときにレンズをステップアップできるじゃないですか。だからボディは現状新品で買える、最新鋭のものを買ったほうがいいと僕は思います。
AOI
河野先生の愛用レンズで「この1本」と言えばNIKKOR Z 50mm f/1.2 Sだそうですね。ポートレート撮影に活用されているということですよね。
河野
レンズは今、50mmを使うことが多くなった気がします。フィルムの時代はわりと85mmが標準レンズでしたけど、デジタルになってからは50mmがベースですね。昔のグラビア写真というのは、ほとんど背景がボケていて、モデルだけにピントが合っている写真が多かったんです。でも今は、この子がどこで何をしているという5W1Hがそのまま写真になっているような写し方をしていかないと、みんなの興味をひかない。だとすると、それに最もちょうどいいのが、見た目に近い画角の50mmなのかなと。開放F値1.2というのはボケでさらに演出していける強みがあるから、今の段階では一番使い勝手がいいですね。ボケを生かす撮影ではNIKKOR Z 50mm f/1.2 Sを、機動性や目立たないことなどが重視される現場や状況であれば、NIKKOR Z 50mm f/1.8 Sをつける。だから50mmは手ばなせないです。あと状況によってはNIKKOR Z MC 50mm f/2.8も使っています。アップが中心になるときは、顔のゆがみがほぼなくなるNIKKOR Z 85mm f/1.2 Sに変えることもありますね。
Q. 人を撮る楽しさとは?
A. 新しい人、新しいテンションに出会えること
AOI
新しいことに挑戦し続けながら、ずっと人を撮っていらっしゃる先生にとって、人を撮る楽しさとはなんでしょうか?
河野
ひとりとして同じ人がいない、二度と同じ現場に出くわせない。それはプレッシャーでもありますけど、新しい人と出会えること、新しいテンションと向き合えることが楽しいなと思います。一期一会というように、いつも違う人に出会える、たとえ知っている人でも会うたびにテンションも表情も違うのが不思議で、飽きることがないですね。特に10代の子は変化率が高くておもしろい。ティーンの頃から撮影させてもらっていた女優さんなどは会うたびに成長や変化が見えるのも楽しくて、そうやって時間軸で人を見ていくことも好きです。
AOI
なかなか普通には撮れない方たちをたくさん撮影されていて、本当にすごいなと思います。
河野
でもね、誰でも似た体験はできると思っていて、たとえば仕事仲間の娘さんとか、身近な人を撮り続けて、いい意味で変化を楽しんだり、成長を応援したり、そういうマインドでもっとみんなが写真を撮っていけば、カメラそのものが人と人が広く関わり合えるツールとなってくれるんじゃないかなと思うんですよ。海外だとカメラを向けるといいリアクションをしてくれますが、日本だと背を向けられることも多いですよね。それは僕としてはやはり残念だなと思ってしまうので、もっともっとみんながポジティブな思考でカメラを手にして、それをアウトプットして、写真をシェアしあいながら楽しんでいければいいなと思います。そういう時代がやってくることが僕の夢ですね。
河野英喜さんから読者の皆さんに一言
「皆さん、人の表情の変化を楽しみましょう!」。
AOI’s Voice
「河野先生にリアル対面で、時間をかけてお話を聞くことができて、とても光栄でした。テクニック的なことはもちろんですが、被写体に対する思いやりや、スタッフ全員で一緒に作品作りをしていく現場の雰囲気作りなど、そのマインドセットにも感動。また河野先生は大先輩ですが、同じNikonユーザーとして、カメラの魅力やどのようにカメラと向き合ってきたかなどをお互いにシェアできたことがうれしかったです。今日は新しいアイデアやヒントをたくさん得ることができたので、これから自分のアウトプットに活かしていきたいと思います。ありがとうございました!」。