「良いスポーツ写真」とは?
藤田さんが感じる、スポーツ写真の楽しさはなんでしょう?
スポーツ写真の楽しさは、人を撮る楽しさでもあります。スポーツを撮るといっても、スポーツをやっているのは人でしょう。人物を撮るのだという意識で撮っていますね。
「動きの中の瞬間を切り取るのがスポーツ写真」と一般的には認知されていると思いますが、決してハイライトの部分だけがスポーツの全てではありません。確かにゴールシーンなど報道的意義はありますが、動画もその役割を果たしていますし、写真の意義や面白さは、また別のところにあるのではないかと思っています。
また、特定の選手の成長を見られるというのも、楽しさの一つです。デビュー当時からずっと撮り続けていた選手が、今コーチになっていたり。個人競技が好きなのも、そのような人物ドキュメント的な側面から、スポーツと向き合えるからかもしれませんね。
いつも意識している、「良いスポーツ写真」の基準はありますか?
必ずしもスポーツ写真に限ったことではありませんが、どれだけ多くの人に、どれだけのストーリーを与えうるか、といった事でしょうか。別の言い方をすると、見方を限定しないという事かな。
写真というのは、説明的な要素を抜いて抜いて、最後に残った部分が純粋にどう映るか、ということが重要だと思っています。スポーツというのは、例えばどの大会で誰が勝った負けたというように、基本的に説明的な要素だらけ。でもそういったものをタマネギの皮のように剥いていったときに、最後の芯の部分に、何か人の心に響くものがあるといいなと思いながら撮っています。
スポーツ撮影時の注意すべきことを教えて下さい。
まずマナーは重要ですね。私たちも普段気をつけています。スポーツイベントはあくまで選手のものであり、主催者のものであり、お金を出して見に来ているお客様のものです。撮影者のエゴで、イベントの邪魔になるような事をしてはいけません。
また、フォトグラファー同士のマナーも大切ではないかと、私は考えます。
例えば陸上のゴールシーンなど、本当に一瞬ですよね。みんな、その一瞬を撮るために様々な苦労をして来ているのに、自らの撮影のために他人の撮影を邪魔してしまうのは、いかがなものかと思います。
他にはどんな注意点が?
比較的最近のルールでは「携帯を切る」。わずかな音でも競技者は気になるものです。特に射撃など、音にシビアな競技では会話も駄目です。
ただ、基本的にシャッター音だけは許されています。それでもフォトグラファーは、出来るだけ邪魔をしないよう、音には気を配っています。静音性能の高いカメラを使ったり、静音モードで撮ったり。それでも静まりかえった会場では聞こえてしまいますので、いかに音を小さくするかも、メーカーの方にはさらに考えてもらいたいですね。
ちなみに、アジア競技会大会で活躍された日本人のビリヤード選手は、普段こんなにシャッター音が聞こえる状況で試合をしていないから、とても気になったと話されていました(笑)。
大変さを超えた、面白さ。
スポーツフォトグラファーとしてスタートを切ったばかりの方、あるいはこれからチャレンジしたいという方に向けて、メッセージをいただけますか?
まずスポーツフォトグラファーは、見た目より派手ではありません(笑)。
知人から、スポーツを楽しみながらいろんな所に行けていいなぁと言われることもあります。でもそんな一般のイメージと実情は多少違うかなと。ただ私自身、なによりスポーツが好きなので、このような仕事が出来ることは幸せなことではありますし、また自分が好きなことを仕事としてやり続けているということにプライドを感じています。
そして先程も話しましたが、スポーツを撮るという意識の前に、人を撮るという意識は忘れないで欲しいですね。
それから、有名選手を撮るだけがスポーツ写真ではないということ。大きなイベントを撮影するのもいいですが、もっと身近なところにスポーツのシーンはいっぱいありますよね。制約の少ない、身の回りのスポーツシーンの方が、よほど自由に撮れるし楽しかったりもするはず。そのようなところから始めてみるのも良いのではないでしょうか。それもまた立派なスポーツ写真だと思います。
ところで、オリンピックや今回のアジア競技会などで、開催期間中は朝5時に出発して夜11時12時まで仕事をしている、なんてこともありますよね。せっかく海外に行かれても、観光をする暇もないのでは?
オリンピックのような総合的なスポーツ大会は一度にいろんな競技を行うので、狭いエリアだけで開催することは難しく、会場が広範囲にちらばっています。ですから、早朝出かけないと試合開始に間に合わなかったりするのです。夜は撮影後のデータ整理や送信がありますし…。睡眠時間は、4時間あれば良いほう。それが2週間ほど続きます。これはもう、仕方ないですね。
ただスポーツフォトグラファーとしては、オリンピックのような世界的な大会に撮影に行けること自体が幸せな事です。若い人達には「大変だけど、こんな撮影機会を与えてもらえるフォトグラファーが何人いるのか」と奮起させています。
私もそうですが、オリンピックに行きたいという想いは、この仕事のモチベーションの一つですね。スポーツへの愛情が私たちのエンジンです。
スポーツフォトグラファーは収入面で言うと、正直、撮影のために使ったお金の分だけ見返りも多い、といった仕事ではないと思います。
いろんな所に行かなければいけないし、機材も出来るだけ質の良い物をそろえなければならない。決して、楽して儲かる商売ではありません。でも、とてもやりがいのある仕事であるのは確かです。
ちなみに海外に行った時は、ちゃんと観光もしてますよ(笑)。
とても物腰が柔らかで、優しい雰囲気の藤田氏。しかしお話を聞くにつけ、あらためてスポーツフォトグラファーは精神的にも肉体的にもタフでなければ出来ない仕事であると感じました。
毎月のように様々な国へ飛び、時に危険な事態に遭遇しながら、睡眠時間を削って撮影する日々。それでも長年続けていられるのはスポーツが本当に好きだから、と語る姿が印象的でした。
今日も世界のどこかで、決定的瞬間とアスリート達の熱い想いをD3Sに収めていることでしょう。
藤田 孝夫 ふじた たかお
1964年4月11日 香川県生まれ
(AIPS<国際スポーツプレス協会>会員)
(AJPS<日本スポーツプレス協会>常務理事)
小学、中学、高校と、四国の田舎で(甲子園は目指さず)白球を追いかける日々。
スポーツの現場に対する憧憬を捨てきれず、スポーツフォトグラファーを志す。
アスリートたちの切磋琢磨するストイックなその姿に魅せられ、ジャーナリスティックな観点からのスポーツ写真表現を目指す。
陸上、水泳、体操など、オリンピックに繋がるアマチュア競技を主体に、被写体は多岐に及ぶ。
1983年 | 上京 |
1986~1990年 | 「(株)フォート・キシモト」にスタッフフォトグラファーとして在籍 |
1991年 | フリーランスとして独立 |
1992~2008年 | 「スピリットフォトス」に参加、現在に至る |
2009年~ | 「(株)フォート・キシモト」エグゼクティブスーパーバイザーを務める |
主な取材歴
冬季五輪(1988カルガリー, 1992アルベールビル, 1994リレハンメル, 1998長野, 2002ソルトレイクシティー, 2006トリノ,2010バンクーバー)
夏季五輪(1998ソウル, 1992バルセロナ, 1996アトランタ, 2000シドニー, 2004アテネ,2008北京)
FIFAワールドカップ(1990イタリア, 1998フランス, 2002日本・韓国, 2006ドイツ,2010南アフリカ)
アジア大会(1986ソウル, 1990北京, 1994広島, 1998バンコク, 2002釜山, 2006ドーハ,2010広州)
ユニバーシアード大会(1985神戸、1987ザグレブ、1989デュイスブルグ、1995福岡、2007バンコク)
陸上世界選手権(1987ローマ、1995イェテーボリ、1997アテネ、2001エドモントン、2003パリ、2005ヘルシンキ、2007大阪、2009ベルリン)
水泳世界選手権(1994ローマ、1998パース、2003バルセロナ、2005モントリオール、2007メルボルン、2009ローマ)
柔道世界選手権(1991バルセロナ、1995幕張、1997パリ、1999バーミンガム、2001ミュンヘン、2003大阪、2010東京)
その他体操、サッカー、バレー等、国内外を問わず取材
写真集・書籍経歴
1988「1988ソウル五輪JOC公式写真集」(株)福武書店<フォート・キシモトスタッフとして参加>
1988「池谷君と西川君」(株)徳間書店<フォートキシモトスタッフとして>
1990「1990イタリアワールドカップ写真集『プリメロ』」(株)日本文化出版<共著><フォート・キシモトスタッフとして参加>
1992「1992アルベールビル五輪/バルセロナ五輪JOC公式写真集」(株)日本文化出版<フォート・キシモトグループに参加>
2001「すず」(株)新潮社 <共著>
2002「2002FIFAワールドカップ公式写真集」(株)講談社<公式フォトグラファーとして参加>
2004「五輪の身体」(株)日本経済新聞社<共著>
2010「バンクーバー五輪日本代表選手写真集」(株)モーターマガジン社
主な掲載媒体
1992~「Number」(株)文芸春秋、1996~「週刊プレイボーイ」2002~「Sportiva」(株)集英社、その他
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