京都の北部に「間人(たいざ)」という地域があります。
難読地名としても知られているこの地ですが、地名の由来は遠く飛鳥時代にまで遡ります。
当時、聖徳太子のお母さん、間人(はしうど)皇后が蘇我氏と物部氏の騒乱を避けるためにこの丹後に身を寄せたのが始まりとされています。皇后からの感謝の気持ちと、村人の皇后への敬意が込められているこの地名。1400年を経て、村の今を4年に渡り見つめてきました。地方で進んでいる過疎化の波はこの地の将来も脅かせています。間人千件と言われた所帯は今や七百件にまで減少していて、かつては丹後ちりめんの機織の音が響いていた路地も、その音を探すことさえ難しい。この地の盛衰は歩けば歩くほど身に沁みます。間人の今をどう表現するか迷いに迷いました。
素直に「間人皇后」の目になろうと心に決めたのは、歩いて1年を経ての事。レンズは50ミリしか持ち歩かなくなりました。
間人の現実は厳しいが、一生懸命過疎の波を止めようとしている人もいる。
そんな人がいる限り、明るい未来を信じたい。 (荒井俊明)
1952年 福知山市生まれ
1985年 第33回ニッコールフォトコンテスト 第1部 ニッコール大賞
2014年 第62回ニッコールフォトコンテスト 第1部 ニッコール大賞 長岡賞
2016年 個展「里暦」(ニコンサロンbis 大阪、ニコンサロンbis 新宿)