あなたはなぜ、あなたになったのか。それが知りたくて、私は被写体一人ひとりに話を聞く。子供時代のこと、今の生活、どんなことに悩み、どんなことに疑問を持っているのか。彼女たちの言葉を受容しながら掘り下げていくと、独特な言葉や価値観がふいに飛び出し、個人の存在が生々しく浮かび上がってくる。多くの女性は本音を出さずに生きている。たくさんある「私」のうち、もっともありふれた「私」を使って対話することに慣れてしまっている。だからこそ、全部を剥き出しにしたら生きていくのが困難なぐらいの「私」を持っている人に、出会いたくなる。それは本当は、私たち一人ひとりが秘めているものかもしれない。本作品は、2014年以降に撮影しました。(インベカヲリ★)
インベさんの被写体はほとんど笑わない。日頃わたしたちが目にするあらゆる種類の写真のなかで、女性たちはたいてい静かに微笑んだり、元気に笑っているにもかかわらず。そうでなければ、彼女たちは少し開いた口元でこちらをじっと見つめたり、意思の強そうな視線を投げかけたりする(ように指示されている)。女性たちは、自分がいつも「誰かに見られている」ことを知っているかのようだ。
インベさんの写真にうつる女性は、鏡の中の自分を見ているか、部屋でひとり、誰にも気兼ねなく自分に集中している人がしそうな表情でそこにいる。もし、インベさんの写真があなたに違和感を感じさせるとすれば、それは被写体の女性たちがにこやかにあなたを見つめ返したり、あなたが見ているとわかったうえで自分を演出していないからかもしれない。
「理想の猫じゃない」展は、被写体とインベさんが話し合いを重ねて生み出したイメージで構成されていた。被写体の多くは自分が置かれている、どちらかといえば不思議な状況を驚くでもなく喜ぶでもなく、ただ、フレームの中でやるべきことを淡々と遂行している。写真の世界では長らく、クリエイティビティという意味において被写体は写真家の下位に位置づけられてきた。いっぽうで、写真という表現媒体も単なる「記録」とみなされて、アートの下位に位置づけられることがある。インベさんの作品はそのようなヒエラルキーの構造を撹乱し、創造する者とその対象、パフォーマンスする側と記録者のような二極対立的な役割分担では語れない、新しい写真行為の可能性を示唆するもののようにみえる。(選評・長島有里枝)
■最終選考に残った候補作品は次の通りです。
池田 勉「潜伏 長崎かくれキリシタン今昔」
インベカヲリ★「理想の猫じゃない」
兼子裕代「APPEARANCE -歌う人」
佐藤信敏「『つばくろ』みんなの知らないツバメの世界」
1980年、東京都生まれ。写真家。
一般人女性の人生を聞き取り、その心象風景を写真で表現するポートレート作品を撮影。国内外で個展を行っている。事件ノンフィクションをメインに、ライターとしても活動。
2008年、三木淳賞奨励賞受賞。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎)、共著に『ノーモア立川明日香』(三空出版)、忌部カヲリ名義のルポ『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?-』(新潮社電子書籍)など。2018年、赤々舎より写真と言葉から成るニ冊目の写真集を出版予定。