Z 9 開発者Special Interview vol.1
~フラッグシップ機「Z 9」の開発コンセプトと注目の新機能~
「Cameraholics extra issue 100%使いこなすNikon Z 9」(ホビージャパン刊)より転載。
ミラーレス時代の真のフラッグシップとは?
ニコンZ 9が目指す先の先
ニコンのZシリーズで初の“フラッグシップ機”の称号が与えられた、フルサイズミラーレス「Z 9」。
開発コンセプトから、注目の新機能まで、ニコン開発陣に訊いた。
──これまでニコンのフラッグシップモデルは報道やスポーツの現場に特化したコンセプトだったと思いますが、Z 9では方向性が変わったように感じました。
松島: ええ、これまでのニコンのフラッグシップ機は、画素数を抑えて感度を高くすることを優先していましたので、スポーツや報道の分野で存在感を示していました。画素数が求められる分野や無音撮影が必要な場合は、それらの要望に応える機能・性能を他のZシリーズカメラで対応していました。
また、これまでDシリーズのフラッグシップ機へのニーズは静止画の撮影がほとんどでした。今回、ミラーレスのフラッグシップ機を企画する際に、フラッグシップ機にふさわしい動画機能も搭載しようと考え、より幅広いお客様に向けた機種を目指したのがZ 9開発のスタートになります。
高画素でありながら高速性も両立させる
──開発開始時に掲げたコンセプトを教えていただけますか?
松島: たとえば動画性能につきましては8Kに対応したいと考えました。8K動画は16:9の比率で約3300万画素になりますが、静止画のアスペクト比3:2ですと、約4000万画素のセンサーが必要になる。そこで画素数はZ 7と同等の有効画素4571万画素としました。
とはいえ、ニコンのフラッグシップ機としては、4571万画素という高画素だけではなく、高速性も重要になります。そして高画素による高精細と高速性を生かして、ファッションやコマーシャルなどの分野でも使っていただきたいと考えています。
──なるほど、高画素でありながら高速性も両立させる、と。
松島: また、以前からお使いいただいているスポーツなどを撮るプロフォトグラファーの方に新しい撮影体験を提供したいと考え、一眼レフの宿命であったブラックアウトをなくし、被写体を追い続けられるようなファインダーを搭載しようと考えました。
さらに無音撮影にも対応しますし、フラッグシップ機にふさわしい堅牢性と信頼性も確保しました。このように必要な要素をピックアップし、すべてを実現するべく技術開発を行いました。
AFについては、ミラーレス機で初めて3D-トラッキングを搭載するなど性能を向上させるとともに、被写体検出技術を利用した快適な撮影を提供することで、期待を越えたいと思いました。
──ニコンのミラーレス機では初となるフラッグシップとして、みなさんが特に注力した部分はどんなところになるのでしょうか?
松島: はい、まずフラッグシップ機をうたうからには耐久性、防塵・防滴性といった信頼性能が不可欠です。これはD6と同等以上の水準へと高めており、たとえば動作環境温度でいうと従来機では0℃からプラス40℃だったものを、マイナス10℃からプラス40℃までに拡大しています。
他には、伝統的にニコンのフラッグシップ機はファインダーの覗き心地、見え味には徹底的にこだわってきましたので、これをEVFでも実現したいと考えました。
また、動画にもかなり力を入れています。Z 9はN-RAWで8.3K/60p画質をカメラ内で記録できますので、一人もしくは少人数で動画を撮影する場合にも適しているでしょう。そしてなるべくお求めやすくしたいと考え、価格面も努力しました。
光学ファインダーに伍する電子ビューファインダー
斎藤: EVFの見えはデジタルカメラ史上最も優れた機種のひとつではないかと感じています。一眼レフ時代からファインダー性能を重視しており、そこで培ったノウハウを余すことなくEVFにも注ぎ込んでいます。接眼光学系には、ガラスの非球面レンズと高屈折率レンズを使用することで、反射防止コーティングにより、歪みが少なく隅々までクリアーで明るい視界を実現しています。
──たとえば、よりドット数の高いパネルを使用するという選択肢は検討しなかったのでしょうか?
斎藤: Z 9と同じドット数のZ 6/Z 7のEVFでお客様から好評をいただいているという実績があったため、Z 9ではドット数の高いパネルを使用するより、周囲が明るく、これまで被写体のディテールを確認しにくかった状況、たとえば砂漠や炎天下のビーチ、雪山などの非常に明るいシーンでも被写体をクリアーに確認できることを目指して、3000cd/m2という世界最高輝度のパネルを採用しました。
──さらに、起動時や表示切り替え時の反応もよい印象です。特に電源ONから表示が安定するまでがスピーディーで、ほぼ光学ファインダー感覚といいますか、パッと安定表示される感覚があります。
斉藤: 電源を入れてからEVFを表示させるまでの内部の処理工程を見直すことで、より迅速に安定表示できるようにしています。決定的瞬間を撮り逃さないためにこだわった箇所ですね。
──Z 9を使ってみると電子シャッター音が鳴っている位置がとても自然です。調べてみるとEVF接眼部の下部にスピーカーがある。この理由を教えてください。
斉藤: Z 9は縦位置グリップ一体であるため正位置、縦位置どちらでも同じように撮影できることにこだわっています。電子シャッター音も同様に正位置、縦位置どちらでも違和感なく聞こえることにこだわり、結果、EVF接眼部の下部に配置しました。
──スピーカーの位置の設定にはプロの要望ですか? それともニコンからの自発的な提案ですか?
斉藤: ニコンからの提案になります。あまり気にならないユーザーもいらっしゃるかもしれませんが、使い比べてみると音の発生場所として自然だったので、EVF接眼部下部がよいと判断しました。こうしたカタログスペックには表れない、撮影者が撮っている時の感覚・感触的な部分も大切な要素としてこだわっています。
Z 9は連写中も像消失が生じず、実際の被写体の動きをそのまま表示するReal-Live Viewfinderを搭載。
電子シャッター音は、接眼部下部のスピーカーから鳴る。もちろんシャッター無音でのレリーズも可能だ。
スペックには表れない道具としての使いやすさ
──ほかにもこういった細部の作り込みでこだわっているところがあれば教えてください。
斉藤: 堅牢性もこだわって作っています。たとえばメインコマンドダイヤルはダイヤルを完全に露出させないことで、不用意にダイヤルをぶつけて壊すことがないよう工夫しています。
──これらはカタログスペックに表れない部分だと思いますし、実際にZ 9のウェブページなどでも特筆するようなアピールはされていませんね?
斉藤: ニコンには、カタログスペックには表れない部分も道具としての使いやすさにこだわり、開発に取り組むという土壌があります。
──ピクチャーコントロールをモノクロームにした際のEVF表示がかなりニュートラルなグレートーンで表示できているので感心しました。それはZ 6/Z 7でも同様です。他社の機種だとニュートラルなグレーではなく、色転びや色被りした表示となっていることが多いので……。
藤原: EVF表示での色被りについては、見た目の印象にも影響が大きいため、かなり細かく調整を行っています。表示の明るさ設定を変えることでも色被りの程度が変わってきますので、どの明るさでも問題ないように調整を追い込んでいます。その結果、モノクロームにした際の色被りも少なく抑えられていると思います。
──EVFと背面モニターの表示の見えの違いも少ないという印象があります。これはフラッグシップ機だからですか?
斉藤: すべてのカメラにおいて、EVFと背面モニターで表示の色味やトーンの違いは少なくあるべし、という方向性で製品開発を行っています。やはり表現が違ってしまうとどうしたって違和感がありますので……。
市場からのリクエストにファームウェアの更新で対応
──ファームウェアバージョン2.00で、EVFの表示レートが120fpsも選べるようになりました。これはもともと予定されていたのでしょうか?
斉藤: デバイス的には120fpsが可能でしたが、実用性という観点で60fpsは十分な表示クオリティーがあると判断しました。ただし発売後、市場からの要望があれば120fps化に対応するということは考えており、市場から「もっと高い表示レートにしてほしい」という要望が多数ありましたので120fpsに対応することになりました。
──120fps化のデメリットは電力消費以外にありますか?
斉藤: デメリットは消費電力が増えることのみ、です。消費電力を抑えたいときは60fps、動きの速い被写体を撮るときは120fpsと、上手に使い分けていただけたらと思っています。
高速読み出しによるメカシャッターの廃止
──Z 9ではメカシャッターレスとなりましたが、メカシャッターをなくしてしまうというのは英断といいますか、非常に勇気のある決断だったと思います。
斉藤: 撮像センサーを開発している部門とメカシャッターを開発している部門で話し合って方針を決めました。撮像センサーに積層型のCMOSセンサーを採用することで、高速なスキャンレートを達成し、ローリングシャッター歪みがほとんど出ないというメカシャッターの利点を電子シャッターでも実現できる見込みが立ったので、メカシャッターを廃止しようということになりました。
──Z 9ではどのくらいのスキャンレートですか?
藤原: 具体的な数値はいえませんが、Z 7のサイレントモードの約12倍のレートになります。
──Z 9にはセンサー保護用のシャッターであるセンサーシールドが搭載されています。こちらの採用意図を教えてください。
斉藤: センサーが剥き出しになっていますと、レンズ交換時にゴミが付着しやすいのではないか?という不安の声が寄せられていましたので、その問題を解消するために採用しています。
──パッと見でもわかるほどに分厚そうですが、どのくらいの強度を持たせているのでしょう?
斉藤: そうですね、指で軽く触るくらいでしたら問題のない強度をもたせてあります。
──え? 触っていいのですか?
斉藤: いえいえ、触ってよいわけではなく、あくまで不用意に触ってしまっても壊れにくいようにということです。
──あっ、本当だ……。すごく丈夫ですね。
斉藤: 深く押すと撮像センサーに当たってしまい、傷をつけてしまうこともあるので、くれぐれも触れないよう注意してください。
──撮像センサーの素性につきまして、どこが製造したのか?という情報は教えていただけますか?
松島: 撮像素子の製造元につきましては、公表しておりません。ニコンが定める仕様に基づき生産してもらっています。
ローリングシャッターによる歪みを極限まで抑制する、積層型CMOSセンサーを採用する。写真左はセンサーシールドが閉じた状態。
画像データの出力用レーンが2種類のデュアルストリーム
──Z 9が搭載する撮像センサーはゼロベースで設計されたものになるのでしょうか?
藤原: 画素部分については画素数が近いZ 7を参考にしています。Z 9の撮像センサーは高速読み出しに対応するために積層構造のセンサーとし、メカシャッターの幕速に匹敵する読み出し速度の電子シャッターやデュアルストリームを実現しました。
──デュアルストリームについて、撮像センサー側から見たことを教えていただけますか?
藤原: 従来センサーでは静止画撮影時には静止画撮影用データをすべて出力させ終わるまでライブビュー用データを出力させることができませんでした。デュアルストリームは2種類の画像データ出力用のレーンを持つことで静止画撮影用データを出力中にライブビュー用データも出力できるというテクノロジーです。
──画素から出力した段階で2つのデータになっているわけではない、ということでしょうか?
藤原: はい。画素から出力されたひとつのデータをセンサー内にある積層回路で静止画記録用データとライブビュー用データそれぞれに分けて出力しております。
──ライブビュー用のデータはそれ以外の用途でも使用されているのでしょうか?
田中: ライブビューデータでAE/AWBなどの演算を行っていますし、被写体認識についてもこれを用いて処理しています。
放熱にも貢献したZ 9のボディサイズ
──Z 9のボディサイズは、ミラーレスであるにも関わらず、一眼レフのD6に迫る大きさ・重さとなっています。
斉藤: Z 9は撮影の現場でけっして失敗の許されないプロフェッショナルの道具としての使いやすさと高い信頼性を追求した結果、この大きさになりました。
また、ミラーレスカメラになったことで一眼レフ機とは異なる部分があります。一眼レフではマウント部の下部にあったAFカップリング駆動部がないことで、マウント周囲がフラットな造形になり、Z 9では正位置でも縦位置と同じような深い握りを実現できています。正位置、縦位置を問わず使用頻度の高いボタンを同じような場所にレイアウトすることで正位置、縦位置で同様な操作性になるよう心掛けました。
さらに、Z 9では動画の撮影時間を重視しています。フレームや外装を薄くして軽量化を図ると熱を蓄える能力も低下してしまい、結果として撮影時間が短くなります。二度とこない一瞬を狙うプロにとって、重さとその一瞬を撮り逃してしまうことのどちらの影響が大きいのかを考慮し、撮影時間を優先する決断をしました。
D6と比較すると、Z 9は体積で約20%の小型化、質量で約100グラムの軽量化を実現。Z 9ではレンズマウント下部のAFカップリング駆動部がなくなり、マウントまわりがスッキリした。
電子部品を根本的に見直しより広く動作温度を保証
──先日の36度を記録した猛暑日にZ 9を炎天下で、かつ太陽に当たる条件で使ってみたのですが、熱で撮影がストップすることはありませんでした。
斉藤: カメラの内部温度上昇による熱停止なしで撮影できるようにするためには効率的な伝熱経路の確保が重要です。Z 9には撮像センサーとエンジンであるEXPEED 7の2つの主要発熱源がありまして、この熱をどれだけ効率的に外装カバーまで熱を伝えるかがポイントになり、効率のよい伝熱経路の確保によって、8K UHD/30pで約125分撮影できるようにしました。
──どのような工夫によって熱を効率よく移動させるのでしょう?
斉藤: 発熱源から外装カバーまで熱を伝える際に、外装カバーに分割ラインがあるとその部分で熱が伝わりにくくなります。そのためZ 9では外装カバーの割り(分割)を少なくしています。
──動作環境がマイナス10℃~40℃へと従来機から拡大されたというお話がありました。Z 9はどこまでいけるのでしょうか?
斉藤: 従来の動作保証温度は0℃からプラス40℃まででしたが、Z 9ではマイナス10℃からプラス40℃まで対応しています。動作保証温度をマイナス10℃から対応するために、Z 9では電子部品の根本的な見直しを行って、信頼性をより高めています。
演算性能が大幅に向上したEXPEED 7
──EXPEED 7ですが、これはどんな処理が10倍速くなっているという意味なのでしょうか?
本橋: はい、画像処理性能が10倍高速になっています。ユーザーがその状況を検証することはできませんが、同じデータを処理させた場合に10倍の処理が行えるという意味になります。EXPEED 7は演算性能が大幅に向上しておりまして、AF専用エンジンがなくても、優れたAF性能を提供することができます。またEXPEED 7はひとつのエンジンでこれを実現しています。
Z 7Ⅱ比で約10倍の高速処理を実現する、新画像処理エンジンEXPEED 7を搭載。
──D6/D5で採用されていたAF専用エンジンは別途搭載されているのでしょうか?
本橋: いえ、搭載していません。その代わりにEXPEED 7がすべての処理を受け持っており、被写体検出や4500万画素での高速連写、8.3K/60p記録などを実現しています。これらはEXPEED 7の処理性能の恩恵によるものであり、こういった性能を実現するために開発時に目標設定したものでもあります。
──他社の同様の機能と比べると誤検出が多く、何もないところに検出枠が表示されたり、対応する被写体なのに検出できなかったり……。そういったじゃじゃ馬なところが気になります。
田中: 症状は把握しており、解決に向けて研究をしております。
システム全体での進化によりAFのバラツキが大きく改善
──Z 9は、D6などに比べて画素数が増えたぶん、精密にピント合わせを行う必要があると考えています。Fマウント時代とくらべてAFのバラツキがZ 9では非常に小さくまとまっていますが、どんな工夫があるのでしょう?
田中: 高画素のセンサーのほうがピントに対する要求は高いので、より精密にピント合わせをする必要があります。これはZ 9のAF性能がアップしただけではなく、レンズとの通信やレンズの駆動制御の進化などが理由です。システム全体での進化によりAFのバラツキが改善しています。
──Z 9から3D-トラッキングが搭載されていますが、今までのZに搭載できなかった理由があるのでしょうか?
田中: 最初の世代のZでは3D-トラッキングを名乗るには時期尚早だろうという判断でした。今回、Z 9では社内の基準を超えることができました。
フォーカスポイントを指定した被写体に追尾させることが可能な3D-トラッキング。追尾させたい被写体にフォーカスポイントを合わせ、写真のAF-ONボタンを押すと被写体の追尾を開始し、被写体の動きに合わせてフォーカスポイントが移動する。
撮影環境に即して進化した背面モニターと肩液晶
──動画も、ということであれば背面モニターはバリアングルだと思うのですが、縦横4軸チルトを採用した理由はなんですか?
斉藤: バリアングルは、開いた状態で背面モニターに力がかかったときヒンジ部の1点に荷重が集中するので、堅牢性という点で不利です。また、チルトのほうが狭い場所での撮影に対応しやすい、ワンアクションで使いやすい角度に開くことができるという特徴があるのでチルトを採用しました。
──肩液晶について、Z 6/Z 7との違いを教えてください。
斉藤: Z 6/Z 7ではOLED(有機発光ダイオード)を採用していましたが、Z 9ではLCD(液晶)に変更しています。外光に晒された際にはOLEDよりもLCDのほうが視認性は高いからです。さまざまな環境で使うお客様のことを考慮し、LCDにしました。
画像モニターに、横位置でも縦位置でも上下に大きく展開可能な4軸のチルト機構を採用。多彩なアングルから被写体に迫れる。
過酷な環境での利用を考えたフラッグシップ機Z 9
──Z 9は防塵防滴の等級が公表されていませんが、どのくらいの程度までいけるのでしょうか?
D一桁機は経験上、ホースで水を掛けたり、豪雨の中で撮影したり、一瞬の水没であればヘッチャラという認識を持っています。ところが、こうした質問をすると、毎度「お答えできません」という回答が返ってくるもので、どこまでやっていいのか?についてはやはり気になって仕方ありません。
斉藤: 具体的な指標まではお答えできないのですが、D6同等以上です。外観カバーの割りを少なくすることで水の浸入するリスクを減らしているという点でも防滴性は向上しています。
また、シーリング部分については、D6と同様のシーリングを施しています。防塵・防滴性を備えたレンズと組み合わせることで、カメラボディだけではなくレンズも含めたシステムで防塵・防滴性が確保されています。
聞き手・構成・写真=豊田慶記
このインタビューは、2022年8月19日に行ったものです。