クリスマスプレゼント(富山県小矢部市)
まだ残ってるかなあ。
期待と不安を胸に富山県内のドラッグストアに車を停める。
ペットボトル4本に付いてくる某キャラクターのカレンダーが欲しいのだが、うちの近所ではすでに品切れ状態。この手の景品は地方の店には残っていたりするので、撮影ついでに探すつもりでやって来た。
数時間前まで、薄暮の相倉集落で合掌造りを撮影していたのだが、せっかく降っていた雪がやんでしまい、それなら店が開いているうちにと急いで町に戻ってきたので、一刻も早く店内に入って探したいのだが、まずは走行中に着信していた知人に返電をしていると、雪が降りだした。
今夜は平地でゆっくりしようと思っていたけど、あまり積もらないうちに、明日の撮影地に上らないといけないな……とぼんやりするうち、辺りはどんどん霧に包まれていった。
え? え? え!!
これはもしかして……雲海になる???
高台の牧場から見下ろす町が霧に包まれた幻想的な写真を見たことがあり、「私も撮りたい」と憧れていたが、雲海予想の見当がつかず、「せめて雪景色だけでも」と立ち寄ったのだが、もしかしてもしかする?
もう、もう、のんびり景品探しをしている場合じゃない。私は急いで車を走らせ、牧場へ向かった。
*
撮影ポイントに到着してまもなく、雪はやんでしまったが、下界は町明りが霧ににじんで想像以上の美しさだった。
誰もいない。独り占めだ。久しぶりに興奮しながら、カメラと三脚を総動員する。一台は道路脇の圧雪されたところに。もう一台は、除雪された雪が高く積み上げられている手前に、三脚を目一杯高くして脚立に乗ってフレーミングした。最後の一台は膝までズボズボと雪に埋まりながら、敷地の端まで歩いてセッティング。
カメラ3台分のレンズの曇りやバッテリーやメモリの残量を巡回しながら、撮り続けていると、車が一台、上がってきた。
車から降りてきたのはカメラを持った男女二人組だ。迷いのない動きから、どうやら地元のカメラマンっぽい。見ていると、除雪の捨て雪が積み上げられてできた「山」にどんどん上がっていく。
「え? あそこ登れるんだ」
でもすぐ先は崖だよな。ツルンって滑って落ちたら……。しかし、その足取りは確かで、滑りもせず、埋まりもせず、行き来している。なるほど、あそこならもっと見晴らしがいいはず。試しに私も登り始めたが、なぜか私だと、埋まるし、滑るし、進まない。怖くて上までは行けず、諦めて元の場所に戻ろうとしたが、降りるのがまた大変で。カメラを持ったまま転ぶわけにはいかないので、最後はお尻で滑り降りる羽目になった。
*
下界では霧がどんどん濃密になる一方、空は赤信号みたいな色に染まっていく。
「下のかまぼこ工場のライトで赤く染まるんですよ」
そう教えてくれた地元のお二人に、「来られた時、山は見えましたか?」と聞かれたものの、私は「山? 山があるんですか?」という地理音痴ぶり。どうやら立山連峰が見えるらしいが、そんなことも知らない私がここにいるのが不思議だったようで「どうやって、来たんですか?」と聞かれた。歩いて登ってくる人もいるのかなと思いながら「車で……」と答えると、そうじゃなくて、どうやって今夜の雲海を予測して来れたのか? という質問だった。こんな状況にはなかなかお目にかかれないらしい。
相倉集落が夜間立ち入り禁止なので早めに切り上げて、景品目当てに急いで町に戻ったら霧が出始めて……なんて、恥ずかしくて言えなかったけど、この幸運には私もびっくりだ。お二人はというと、外を見たら霧が出ていたので急いでやってきたそうだ。「いいですね。家の近くにこんな場所があって」と返すと、今夜は宿に泊まっていたという。その時は「ふーん」と聞き流したけど、翌朝のラジオで今日がクリスマスイブだと気が付いた。
そういえば私、クリスマスに何度も傑作を撮っている気がするな。「この作品は、一人ぼっちの私へのクリスマスプレゼント」って何度も何度もつぶやいた記憶がある。大昔は、クリスマスだ、バレンタインだと、大騒ぎしていたこともあったけど、今やすっかり忘れてしまっている浮世離れさが、自分でも恐ろしい。
彼女らが帰ったあとも一人、朝まで粘り、どんよりと冴えない日の出を迎えた私は、なんだかちょっぴり寂しくなった。
数年前、「ミュゼふくおかカメラ館」で個展をした時は、まだ稲葉山牧場の存在を知らなかった。距離的に近く、麓にある温泉施設や道の駅は度々利用したのに惜しいことをした。付近には観覧車もあり、チャンスがあればまた夜の撮影に挑戦したい。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2025年1-2月号