凍みる(長野県麻績村)
「まだ大丈夫、凍ってないよ」
電話の向こうで信州のAさんの明るい声が響く。
長野県麻績村にある中牧湖は、対岸の霧氷したカラマツ林が水面に映る絶景が一番人気だが、いつも私が行く頃には結氷した湖面に雪が降り、雪原状態になっている。「次こそは絶景リフレクションを」と夢見るのだが、毎年、秋の雲海や京都の紅葉撮影に夢中になるうちに湖は凍ってしまい、チャンスを逃している。
昨シーズンも例年通り、ハッと思い出したのが12月上旬。「しまったー」と焦ったが、暖冬の影響でまだ凍結しておらず、それから毎日天気予報をにらみ続け、いよいよ待望の気象条件が巡ってきた。今年一番に冷え込む明日なら、「霧氷・青空・リフレクション」が期待できそうだ。
とはいえ、現地までは高速道路で片道5時間分の時間とお金が消費されるので、念には念をと前日の夕方、Aさんに電話して湖が凍っていないことをしっかり確認。
大急ぎで信州行きの準備をし、ほぼ徹夜で高速道路を走る間もワクワクして眠気を感じないまま麻績インターを降り、鼻歌を歌いながら山道を進んだ。
ところが、あれ??? いつもならこの辺りから霧氷で白いはずの木々が黒々としたままだ。嫌ぁな予感は覆らないまま、中牧湖に到着。
情報通り湖はまだ凍っておらず、風もなく鮮明にリフレクションしている。が、湖畔のカラマツは無氷で茶一色だった。遠景のカラマツは辛うじて霧氷しているが、手前が茶色いと絵にならない。
「えー」
こんなの撮るために万障繰り合わせ一晩かけて走ってきたの? 落胆と散財感によるダメージが半端ない。
*
成果がなかった分、帰路は倹約しなくてはと高速の夜間割引までの時間つぶしに、お気に入りのお店でランチを食べ、お気に入りのスパで電気風呂に浸かり、夜まで車でひと眠りして起きると、シンシンと強烈な冷え込みで車内の窓ガラスが霧氷していた。
「これ、明日はカラマツも霧氷するんじゃ」
淡い希望を抱き、もう一泊することに。
翌朝、そこそこに霧氷をまとった山道に、「居残って正解だったな」とウキウキしながら湖へ向かう。が……なんとたった一晩で、湖のほとんどが薄氷に覆われていた。申し訳程度に残った水たまりほどの映り込みを必死でフレーミングしながら、あぁ、今年もダメだったかと肩を落とす。
後から考えれば、ガラス細工のような薄氷は、それはそれで美しかったのだが、夢想していた霧氷とリフレクションが頭から離れず、それどころではなかった。
*
失意のまま帰宅し3日ほどすると、再び中牧湖の氷が解けたという情報が入り、夕方、現地におられるAさんに電話してみる。 「ほんとほんと。すっかり溶けてチャプチャプしてるよ。雪がチラチラ舞ってるけど、明日の朝は晴れるでね」
私の心に再び希望が灯り、一目散に中牧湖へ徹夜で走った。
そして……翌朝、到着した私の前には、たった一晩で完全結氷し、さらに雪が降り積もり雪原と化した湖が横たわっていた。
電話越しの「雪がチラチラ」のセリフがよみがえる。あのひと言を聞いた時に、こうなるリスクを考えるべきだったが、「湖は凍らず、白く化粧したカラマツ林が映る水鏡が出現!」、そんな楽観的な空想に頭が占拠され、冷静な判断が出来なかった。
とはいえ、はるばる来て何も撮らないわけにはいかないので、無理やり絵になりそうなポイントを探し撮影を始める。雪は少なく、日の出とともにどんどん溶けていくが、カラマツの霧氷もみるみる消えていく。
後から思うと、粉砂糖みたいな雪模様が描かれた湖面も、それはそれで魅力的だったが、心中に溢れかえる挫折感で、それどころではなかった。
*
気象条件の合う日がなかったのなら仕方ない。でも実は11月下旬に、友人4人組が私の夢見る「霧氷・青空・リフレクション」の絶景をゲットしていたのだ。しかし、その日その頃、私は雲海名所にせっせと通っており、中牧湖のことはすっかり忘れていた。逃した魚は大きい。覆水盆に返らず。チャンスの女神に後髪はない。次こそ冬の女神は私に微笑んでくれるだろうか。
いずれにせよ、あまり冷え込まないうちに訪問したほうが良さそうだ。
日没が早い冬は、夜、お店で食事をすることも。松本周辺なら「えん処こばく亭」(長野県松本市島内3465)がお気に入り。海のない長野県だが、ここは本マグロなど海鮮系の丼がお勧め。諏訪湖周辺ならカフェレストラン「HOLZしもすわ店」(長野県下諏訪町南高木10616-1)へ。ちょっと贅沢して心と胃袋を満たしている。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年11-12月号