いざ、花の陣!(滋賀県高島市)
真っ赤な花火のような彼岸花の群生が、朝焼けに染まり、キラキラと朝日に輝く。今日も来ておいてよかった。
気象条件に恵まれると、作品が撮れることも嬉しいが、自分の読みが当たった勝利感もまた格別だ。ましてや、今日は最高のポジションで撮影できて幸せの極みである。
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毎秋、ここに足を運ぶが、朝に弱い私はいつも到着が遅くなり、席取り合戦に敗れてしまう。仕方なく余った場所でこそこそ撮りながら、敗北を噛みしめる。撮影を終えて周囲を見回すと、勝ち組ポイントにはたいてい知人がいて、声を掛けてくる。
「あれ? 星野さん、いたん? そんなとこにおらんと、こっち来たら良かったのに」
いやいやいや。そんな隙間、なかったやん。心の中で呟きながらの笑顔は引きつっていただろう。
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で、朝には弱いが夜には強い私は、今年こそはと夜のうちに現地に着き、誰もいない群生地で煌々とライトを照らしてバッチリ場所を選び、じっくり構図を決めた。
「あとはここを死守するのみ」
時間はたっぷりあるし、誰に気兼ねすることもないので、セルフライティングで彼岸花を撮ってみる。ライトの当て加減で妖しげな雰囲気を演出できるし、なんといっても「独り占め!」感がサイコーに楽しい。
やがて朝が近付くと車がどんどん到着し、道を照らすライト、彼岸花を照らすライト、いろんな光が飛び交い、撮影どころではなくなった。いつの間にか一帯は三脚でビッシリ埋まり、二列目にも三脚が並び出す。明るくなると、今度は手持ち組が三脚と三脚の隙間からレンズを潜り込ませる。
戦国時代さながらの陣取り合戦の中、私も体を大きく膨らませて自分の陣地を守る体制で、日の出を待った。が、この日は天気が良過ぎてドラマは生まれなかった。
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翌日。前日の睡眠不足がつらくて出動を迷う。「彼岸花はそこそこ撮れたし、もういいかな」「いやいや、彼岸花だけ撮れても作品にならなかったら意味ないし」……。
葛藤の末、昨日よりは少し遅れて現地に到着した。駐車場には先客の車が一台。
「今日の勝負、負けた」
どうせ来るなら迷わず出発していたらよかったのに。がっくりしながら、三脚を抱えて群生地へ向かう。
ところが……私のお気に入りの場所には誰もいない。先客がまだ場所取りをしていないのか、別の場所にセッティングしたのか分からないが、とにかく早く! 早く陣取りしなくちゃ! バクバクする心臓と震える手で三脚を広げ、陣地を確保した。そしてこの朝は大当たりの焼け具合で、「来てよかった」と小躍りするほどだった。
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さて、太陽が昇り切り、帰り支度をする人達の中に、四国在住の知人Aさんを見付ける。「今日ここにいるなんて、Aさん、ラッキーですね」と声を掛けると、「私、いつもこうなんですよ」と嬉しそうな答えが返ってきた。Aさんは入念に気象条件を読むわけでもなく、自分や同行者のスケジュールの都合だけで遠征しても、大体ツイてるらしい。いるんだよね、こういう「持ってる」人。今朝は私の「持ってない」パワーがAさんに負けたかな(大いに歓迎)。
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そして翌朝。私はまた、同じ場所にいた。
昨日十分過ぎるほど撮ったのに、欲が出始めた人間は、もっと欲深くなるものだ。
一番乗りでセッティングしていると、今日は知人Bさんがやってきた。あぁぁ……。
撮影現場で遭遇することの多いBさんだが、一緒の時に、サイコーの状況になったことはいまだかつて、ない。Bさんと日程がずれた時にサイコーの状況になることが多く、でも私はそれを内緒にする性質なので、多分Bさんは気付いてない。BさんはBさんで、私がいない時に何度もサイコーだったらしく、私は(実際以上に)ツイてないと思われている節がある。
そして……案の定、この朝も何もドラマは起こらず、普通に太陽が昇るだけだった。
「星野さんがいるからやなあ」
冗談交じりにBさんが笑う。
なんでやねん。私は昨日、撮れてるもんね。謙虚な私は口には出さないけど、優越感で口元は緩んでいたかもしれない。
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ハマると前後見境なくなる私。彼岸花が白化するまで通いそうな勢いだったが、Bさんの一言で憑き物がポロリと取れた。
あとは満月にもう一回来て、終わりにしよう。憑き物が取れても、まだまだ欲深い私だった。
数日後の満月の夕刻、ここを再訪したが、結構な人数のカメラマンや一般の方がいてビックリ。夕照の空に現れた銀月に、皆の歓声が響く。以前は満月と彼岸花を撮りに来るカメラマンはほんの数人だったのに、みんな、月×彼岸花の神秘的な魅力に気付いてしまったか?(笑)
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年9-10月号