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もっと撮り旅

水中花(長野県大町市)

Z8/NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S/f8AE・1/125秒・−0.67EV/ISO200/RAW/Capture NX-D/太陽光/ビビッド/PL/手持ち/'23年7月21日11時30分/長野県大町市・木崎湖

ちょっとくらい遅れても大丈夫だろう。

〇時位とか、〇時頃と言われると、途端に時間にルーズになり、予定がどんどんずれてしまうのが私の悪い癖。

朝一番の光芒の撮影地で、そこから車で2時間ほどの場所にスイレンや珍しい水生植物の群生地があると教えてもらい、行ってみることに。「10時“頃”がおすすめ」とアドバイスされ、余裕で間に合うとグズグズ寄り道したりしていたら、到着が午後になってしまった。

タイムカードがあるわけじゃなし、昼過ぎでもまだ咲いている花はあるだろうと甘く見ていたわけだが、ほとんどの花が見事に閉じていて大撃沈。あと一時間でも早く着いていたら……。葉っぱだらけの水面を睨みながら、地団駄を踏んだのは、もうずいぶん昔のことだ。

スイレン、ヒツジグサ、コウホネ、ハゴロモモ……水面に浮かぶ美しい花々は時間厳守で花が閉じてしまうことを、身をもって学ぶ羽目になった。

   *

次こそはと、翌年再挑戦。前回の無念を晴らさねばと光芒の名所には寄らず、スイレンで夜明けのドラマチックな光景を撮ろう! と直行した。

「みんなこの季節は光芒に夢中だから、日の出とスイレンの組み合わせって珍しいよね。昼間、普通に撮っても植物図鑑っぽくなるだけから、逆光に輝くスイレンの群生を撮ってやろう!」
やる気満々の私は、ワクワクしながら日の出を待ち構えた。やがて東の空が染まり、まもなく太陽が顔を出す。

「さあ、撮るぞ〜」

三脚を構え、どこから咲き出すかと丸い緑の葉が浮かぶ水面を見渡すが、いつまで待ってもドラマは始まらない。あれ? あれ? 今年はもう、花のシーズンが終わっちゃったのかな? イヤな予感がし、池の周りを散歩する人を捕まえて、尋ねてみた。

「あぁ、もうちょっと後、そうだなあ、8時頃にならないと咲かないですよ」

なんと、早朝は花が咲いてないらしい。ハスの花は朝日とともに咲き出した記憶があるが、スイレンは優雅に朝を迎えて、昼過ぎにはもう店じまいという殿様商売のような開花時間なのか? なんと有閑な花なんだろう。
「これから3時間、ここで待つのか……」

光芒を撮りに行けばよかったな。じりじりと暑くなる池畔で、私はため息をついた。

   *

スイレンとの出合はそんな感じで、以来、ついでがあれば撮るけど、夢中になるほどの被写体にはならなかった。

信州のNさんに案内してもらった木崎湖のスイレンも、「夏らしいバリエーションを」と立ち寄っただけだったが、ここは水面に空が映り込むスペースが多く、PLフィルターを駆使しながら撮ると面白い。ああでもないこうでもないと撮るうち、水中に沈む花を見つけた。

カチャッ。私のスイッチが入った。

   *

PLフィルターをクルクル回し、水面を暗く落として水中の花を目立たせつつ、白い雲を映し込む。雲もどんどん形を変えながら流れて行くので忙しい。

夢中で撮っていると、突然、水面が揺れ、花も雲も見えなくなった。

「何?」

顔を上げると、なんと大型犬を乗せたサップが近付いてくる。

「チッ」。心の中で舌打ちをしながらも、同乗する女性に「かわいいですね」と笑顔で愛想を振りまく。本心は、「波立つと撮れないから、早くあっちに行ってくれないかな」と思っているのだが、一方で私は大の犬好き猫好きなので、ついつい「かわいい」を連呼する。それもまた本心だ。

さて、犬は褒められるとテンションが上がる。「僕のこと、好きなんだ!」とうれしくなったんだろうな。

ドッボン!

あろうことか、水に飛び込んで泳ぎ始めた。もうさざ波どころではない。せっかくの水中花を蹴り散らされないかヒヤヒヤしながら見守る。ひと騒ぎした後、1匹と1人は湖の真ん中へ進んでいった。水中花は……無事だった。案外強いんだな。

   *

そうこうするうちに、タイムリミットが近付いてくる。ずっと見ていると気付かないけれど、さっきより咲いている花も少なくなっている気がするし、空も白くなってきた。

また来年。私は遠くに見えるサップに手を振って、湖をあとにした。


旅ノート

水中のスイレンは珍しいと思ったが、花が咲き終わると、散らずに花びらを閉じて水の中に沈むそうだ。また、スイレン(科)にはさまざまな種類や地域差があり、天候にも左右されるため、咲いている時間帯は一概に語れないようで、早朝や夕方でも咲いていることもある。

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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年7-8月号

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