時代(愛媛県今治市)
「もう、前みたいには撮れなくなりました」
ずらりと並ぶ工場群を背景に、水鏡が夕焼けに染まる絶景を教えてくれたTさんからそう聞いた時、カメラマンのマナー違反で撮影禁止になったのかと思った。
「イノシシですよ。カメラマンじゃなくて」
Tさんの話では、年々獣害が酷くなり、あちこちに動物除けの柵が張り巡らされたり、お米ではなく野菜をつくるようになったりして、夕焼け空を映し込む水田が減り、絵にしづらくなってしまったらしい。
あぁ、もっと早く、もっといっぱい撮っておけばよかったな。
ちょうど同じ時期に東北信越ではブナの根明けや初夏の花がシーズンなのもあり、初訪問するまで数年を要したのだが、初年に撮影した水田の一部が、翌年には野菜畑に変わり、水鏡の規模はどんどん縮小していった。
「新・絶景だったのになあ」
この眺望が最高の撮り頃だっただろうひと昔前は、いくら美しい水田でも無機質な人工物の工場群と一緒に撮るなんて想像もしなかったのが悔やまれる。
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人の感性というのは不思議なもので、魅力の物差しも、時代とともに変化する。
私が写真を始めた頃の「ザ・風景写真」は、人工物は一切NG。木造ならまだしも、コンクリート、鉄筋なんてもってのほか。電線一本、電柱一本たりとも許すまい。という価値観が当たり前だった。「若い感性」を持っているはずの私も、その考えに異議は覚えず、画面に入り込む電線をどう回避するかをストイックに追及し、いかにして21世紀の景色を江戸時代風に表現するか?
という無茶な試みに、あり余るエネルギーと青春を捧げていた。
そのうち、時代の波で否応なくフィルムからデジタルに移行すると、夜の撮影が楽になり、人工光が描き出す風景の魅力も開拓されてゆき、いつのまにか人工物への拒絶感が消え、むしろそれらとのコラボに物語を感じてときめくことも増えてきた。
田んぼと工場という現代ならではの光景に夕焼け、工場夜景なんて、もう、涎が垂れそうだ。
年々、被写体の守備範囲は広がり、気が付くとキラキラ好きのミーハー路線まっしぐら……自分でも唖然とする。
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趣向の変化は被写体だけではない。
20年来・全国約500湯以上制覇の温泉マニアだったはずなのに、気が付くと鄙びた秘湯ではなく、漫画読み放題・高級マッサージチェア完備のスーパー銭湯を探すようになっていた。かつて温泉の入り過ぎで背中の皮がむけて、湯船に浸かるのが苦痛でも求め続けた泉質重視が、所蔵漫画冊数とか休憩室の居心地重視になった。有名どころの名湯はもちろん、無名の「お湯だけが良くて、あとは…」という温泉にこそオタク魂をくすぐられていたのに、今では口コミの星の数やレビューを参考に、全国にお気に入りのスーパー銭湯が増えていく。
そしてここ、今治で日本全国三本の指に入るほどお気に入りのスーパー銭湯に出会い、すっかりファンになってしまった。なんといっても推しなのは、マッサージ機能のついた電気風呂。これがあるのはまだまだ珍しい。カフェのような休憩室にはコワーキングスペースがあり、フリードリンク、フリーWi-Fi、コンセント完備。撮影画像をSSDにコピーしている間、ドリンク片手に、漫画一万冊をヨギボーやリクライニングシートで読み放題。
居心地が良すぎて一瞬、「もう、夕方の撮影、行かなくてもいいかな?」と思うほどだ(ちゃんと行きました)。
あれほどの純温泉求道者の私でさえこれだから、知る人ぞ知るレベルの温泉はどんどん自然淘汰されていくんだろうな。
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さて、話を風景に戻すと、今、日本中で水田がどんどん減っている。そして工場群も、閉鎖や縮小が進んでいるらしい。
時代の変化は容赦ない。いつかじっくり行きたいと思っていた絶景が、どんどん姿を消していく。風景も温泉も、今、気になるものは、今、行っておかないと、消えてしまうかもしれない。観光資源であれば、なるべく足を運んだり、宣伝したりして、財政的に支えていく心意気が必要だろう。
そうと分かっていても、重い腰が上がらないこともしばしば。今治のスーパー銭湯に、また行きたいなあ。それより近所に系列店が出来てくれればいいのに〜と考えてしまう私は、一番頼りにならないファンかもしれない。
深夜まで営業のスーパー銭湯は、朝夕の撮影必須の車中泊派風景写真家の強い味方。私のベスト3は、喜助の湯(今治)、林檎の湯屋おぶ〜(松本)、喜盛の湯(盛岡)。泉質重視温泉なら、丸美ヶ丘温泉(帯広)、塚原温泉火口乃泉(湯布院)、国見温泉(雫石)がお勧め。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年5-6月号