スノーキャッスル(岐阜県郡上市)
たぶん、ここだと思うんだけど……。
ホワイトアウトして何も見えない空間に囲まれた私は、途方に暮れた。
実はこの場所、気象条件のよさそうな明朝、知人のFさんに案内してもらうはずだったので、撮影ポイントや駐車位置などの説明をあまり真剣に聞いていなかった。念のためとチェックした天気予報を見て、出発を一日前倒すことにしたのが昨夜未明。
「ちゃんと説明を聞いておけばよかったな」
もう真夜中だし、Fさんに連絡するのも気が引けるし、迷っている時間もなく、「行けば何とかなるだろう」と来てしまった。
が、高速を降りる頃から雪が深くなり、濃霧で見通しも悪く、撮影ポイントを通り過ぎて、あやうく山の向こうまで行きそうになる。運よく、途中で車が一台、止まっていたので、「もしかしてあそこかも?」と引き返すことができた。
*
それらしき場所に着いたものの、見渡す限り真っ白で、どこにお城があるのか見当もつかない。困り果てた私は、最後の手段、人影の動く隣の車の窓をトントンしてみた。
「すみません。郡上八幡城って、ここから見えるんでしょうか?」と尋ねると、親切に「今は霧で見えないけど……」とお城のある方向を教えてくれた。
「せっかく来たし、準備だけしておくか」
少しでも仮眠したいのを堪えて、撮影の用意をしていると……どんどん霧が晴れてきた! 早く早く、焦る焦る。
霧が引いていくのは分かるものの、肉眼ではどんな景色かまでは分かりづらく、とりあえず一枚、と構図もそこそこにシャッターを押してみる。急いで撮影画像を確認すると、雪化粧した山並みの中に〝ポツン”
とお城が佇んでいた。
「ちっちゃ!」 思わず呟く。
実際はそれなりの大きさなのだろうが、広大な山に囲まれているせいか、想像より遥かに小さく見える。でも、純白の世界がオレンジ色の人工光にほんのり染まり、ものすごく幻想的だ。
「あれ? これ、今日来ておいて、正解だったんじゃ……」
いきなりの大金星に、私は狂喜した。
やがて夜が明け、太陽が高くなるに従い、雪はみるみる解け始める。新雪のモリモリしたのと比べると、解け残った雪はどこか貧弱でみすぼらしい。
「もう撮っても意味ないかなぁ」
ここでサッと撮影を切り上げられたらカッコいいのだが、ズルズルと撮り続けてしまうのが私。持参したメモリカードが満杯寸前になるまで、撮り続けた。
*
急遽、デスクワークも雑用もすべて放り出し、徹夜で運転して到着後、ほんの数時間で撮りたかった光景が撮れてしまった。
こんなにラッキーなことは滅多にない。効率が良すぎて物足りない気もするが、もう雪は降らなさそうだし、サッサと帰って、やり残した仕事に戻ろう……と思ったが、ひと息つくと睡魔が襲ってきた。睡眠不足で運転するのは辛いし危ない。まずは眠ることにして、目が覚めたのがお昼過ぎ。
近くにコンセントを借りられる喫茶店があったので、ランチを食べつつ撮影データーの移動やバッテリーの充電をする。これが意外と時間がかかり、コーヒーのお替りやデザートを追加していると、あっという間に夕方になってしまった。
「帰る前にちょっとだけ、寄ってみようか」
再び向かった郡上八幡城は、日が暮れると霧に包まれ始めた。「もう帰る」つもりだった私の脳裏に妄想がよぎる。
「この霧が霧氷になったら……」
元々の予定通り、明朝、Fさんが来る。キラキラと霧氷に輝くお城を、Fさんだけに撮らせるわけにはいかないな(笑)。煩悩が冷静な判断を鈍らせ、私はもう一泊することにした。
*
翌朝、さらに雪が解けて味気なくなった景色を前に、がっかりするより「そりゃそうだよな」と私の気持ちは冷め切っていた。
今日のコレ、どうせ使わないと分かっているのに撮ってしまう自分に、ほとほと呆れながらもやめられない。昨日の朝、最高に魅力的な雪城を撮影して、パッと帰ってサッと仕事に戻れていたらカッコ良かったのにな。そんな自分に憧れるが、実際は執着心に振り回され、葛藤で疲れ切る私の習性は、この先も改善することはない気がする。
ちなみにFさんは、後日、雪城撮影のリベンジに成功したらしい。
「えー、私も誘ってくれたらいいのに〜」と呟いた私の欲の深さは底なしかもしれない。
ポータブル電源で車内でも充電やパソコン作業は出来るが、食事を兼ねて電源が使える店に行くことも。胃袋を満足させて体力気力も充電するのが、撮影旅の効率アップにもなる。 冬は暖かい店内や温泉で、一日一回、体をしっかり温めるのも疲れを残さない秘訣だ。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年3-4月号