月を追う(長野県松本市)
月への憧れは、幼少期からあった気がする。
夜、家族と一緒に乗る車の窓から、まん丸の月が見え、ずっと私たちについてきた。建物に消えてはまた現れ、ずっとずっとついてくる。車が停まると、月も止まる。それが不思議で嬉しかった。
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風景写真の撮影に少し飽きてきた頃、満月に魅せられた。
朝日夕日は慣れた気になり機械的に撮っていたのに、満月が昇ったり沈む光景は神秘的で感動的で心が震えた。次の満月はどこで撮ろう?
学生時代以来の分度器を地図に当てて調べてみる。今はアプリで月の出入りが建物の右か左かまで分かるけど、当時、私の計算ではじき出せたのはもっと大雑把な情報。広角レンズで風景と月を絡めるレベルだったが、水田越しに昇る月や、海の彼方へ沈む月は私を陶酔させた。
そして昨冬、私はついに山の頂に沈む満月という望遠レンズの世界を初経験した。
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厳寒期の憧れ・ダイヤモンドダストを期待して信州に遠征した朝、結果は大撃沈だった。いかにもダイヤモンドダスト日和の予報に、満月を蹴っての決断だったから、立ち直れないほど意気消沈する。
ダイヤモンドダストが出現するのは東向き。つまり満月が沈む方角とは真逆だ。明日もう一度、ダイヤモンドダストに賭けるか? 月の入りを撮る場所を探すか? 迷っていたら、いつもお世話になっているNさんが、「月が槍に沈むのを撮りに行くかい?」と誘ってくれた。好奇心に背中を押された私は、便乗させてもらうことにする。
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当日の朝、撮影ポイントには何人かの写真仲間が集まっていた。
今日の成功の鍵は、槍ケ岳の山頂が見えるか否か。到着時はまだ暗くて山が見えず、不安が募る。「こんな難易度の高い撮影に挑戦するより、普通に月の入りか朝日を撮りに行った方がよかったかな」「今すぐ移動したら、ギリギリ間に合うかも」……。
地元組はダメ元な感じで落ち着いていたが、遠征組のAさんも毛嵐が期待できる別ポイントが気になるらしく、しきりにライブカメラを見ているようだ。
迷ううちに山が見え始めた。「よかったね!」Nさんの明るい声が響く。
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さて、お目当ての満月と槍は、この道沿いから撮れるが、最終的な立ち位置は月の動きを見て決めるらしい。私はこういうのが得意そうな知人Kさんの近くに三脚を立て、「ここですかね?」と尋ねると、「月のどこを槍に刺すかだね」と返ってきた。
槍尖に刺さるのが、月の下端か、真ん中か。そんなこと考えもしなかったし、どこに刺さるのがカッコいいかも分からないほど、私は素人だった。
「どこにしよう?」
空に浮かぶ月はどんどん沈んでいくが、まだ山頂との距離があり予測できない。おまけに、しばらくするとKさんは三脚を担いで、ととととと……と前方に走って行った。
えー! ここじゃなかったの? 追いかけようとしたが、500mmレンズに頑強な三脚と機材が重すぎてヨロヨロする。静止画とタイムラプス動画も撮りたかったので、三脚を固定して動かしたくない私は観念して、他の人が前に入ってこない場所を選び、運を天に任せて撮影を始めた。
念のため、もう一台のカメラを少し離れた場所に設置。2台体制で挑む。
「どっちかが月に当たれば……。『最高の刺さり方でないとイヤ!』とか、あまり欲張らないでおこう。私、ここにいるだけでも幸運なんだから」と珍しく殊勝なことを思っていたが、いよいよ、月が山に近づいてくると、むくむくと欲が湧いてきた。
……、もう一台。
私は車の底に眠っていた古いカメラを引っ張り出して、ウロウロと月を追いかけた。
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感動のシーンを撮ることができ、みんながニコニコ顔だった。
私はタイムラプス動画も撮れて大満足。縦位置にトリミングして音楽をつけてSNSにアップした動画は、自分でも感動した。
あの時、別の場所に走らなくてよかった。いろいろ感想を述べ合う中、Aさんがポロリと漏らす。
「あっちはダメだったみたいで……」。安堵? ちょっと嬉しそう? 分かる! 分かるよ! どっちに行こうか迷った方が最高に良くて、こっちがダメだった時の絶望感。その逆だった時のヤッター感。
何はともあれ、誘っていただいたNさんに感謝である。
3台目のカメラで撮影後半、どこにピントを合わせても、シャッター速度を速くしても、絞り値を変えても、月がぼわっとして甘い描写になり、焦る。後で冷静になると、大気が揺らいでいる影響でそんな描写になるのかと。動画で見ると、それもまた情緒がある。
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写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2024年1-2月号