乗せてって!(奈良県下北山村)
「パンクするからやめた方がいいですよ」
そそりたつ絶壁に霧がまとう姿が山水画の如き絶景で知られる石ヤ塔は、ずっと前から撮りたかった撮影地だが、落石などの災害で通行止めになりがちな上、「タイヤがパンクするから、一人では行かない方がいい」といろんな人から諭されるので、臆病者の私はなかなか行けずにいた。
何年か前に一度だけ、「イチかバチか」と雨の中、自宅から4時間半もかけて向かったことがあるが、ツイてなかったのか、神の助けか、いざ、石ヤ塔の林道へという所で「通行止め」の看板に行く手を阻まれる。ほんの少し前までは通れたはずなのに……。出鼻をくじかれた私は、「おかげでパンクしなくて済んだんだ」と自分に言い聞かせ、石ヤ塔には縁がないのだと諦めることにした。
*
……が、去年の秋、ひょんなことから友人のNさんが雨の石ヤ塔へ行くつもりなのを知る。
「の、の、乗せてってください!」
写真を始めてウン十年。他の人の車に同乗して撮影地へ行くことはめったにないが、これを逃したら一生、石ヤ塔へは行けないかもしれないと頼み込み、念願の未知なる秘境・石ヤ塔へ向かうこととなった。
*
大雨の当日、Nさんの車に乗り込み、いよいよ悪名高き林道に入る。どんな悪路が待ち構えているかとドキドキしたが、想像していたほどではない。車のすれ違いは手こずりそうだけど、大きな落石はほとんどなく、私自身、もっとパンクしそうな道を走ったことすら、ある。その上、現地に着いたら、すでに車3〜4台、何人もの先客が撮影していた。
え? なんか拍子抜けするな。ここ、こんなに人が来る場所なの? 案外、気軽に来ても大丈夫な場所なの?
しかもスペアタイヤ完備の四輪駆動車の私が躊躇するほどの噂のある悪路に、皆さん普通の車で来ている。Nさんの車も私と同じ車種の二駆・ハイブリット車だし、なんか、私、用心深過ぎた?
これが石橋を叩いて渡るということなのかしら。
*
え? え? え? と思いながら、撮影の準備を始めるが、道沿いに生えた木々が邪魔をして撮れる場所が限定され、この人数でも思う場所に三脚を立てづらい。
服もタオルもぐしょ濡れになるほどの雨で霧も出ているが、なかなかいいあんばいに流れてくれないから誰も帰らず、場所も空かない。つい粘る羽目になり、周りの人達となんとなく話すうち、ちょっとずつ親しくなり、ちょっとずつ三脚を詰めさせてもらって、結局4時間ほど滞在した。
*
さて、今回もヘタレっぷりを露呈してしまったが、林道を走ることの多い風景写真家にパンク恐怖症は結構な足かせになる。
でも、たかがパンク、されどパンク。
以前、北海道でパンクした時のショックは、予想以上だった。走行中、突然ガタガタした大きな音とデコボコ道を走っているような振動に驚き、何事かと車を止めて外に出て、ひしゃげたタイヤを見た時の絶望感は忘れられない。
安全に待機できる場所まで、しばらく走らざるを得なかったので、「この走行で車全体が傷んでしまったかも。このまま北海道で修理工場行きになったら、どうしよう。車内のこの荷物、どうするの?」と涙ぐんだのを今でも覚えている。
JAFに連絡してスペアタイヤに交換してもらい、そのまま車用品専門店へ向かう。
店まで距離があり、閉店時間に間に合うかヒヤヒヤしながら辿り着き、店員に勧められるまま、タイヤ4本を新品に交換した。
パンクしたのは1本なのに、4本とも交換するなんて……と後から知人友人に散々言われ、それもそうだと落ち込んだけど、ケチな私がなんの抵抗もなく、なんの疑問も抱かず4本とも全部交換しちゃったのは、やっぱりパニックに陥っていたのだろう。
もう二度と、パンクは経験したくない。以来、危なそうな石や枝が道に落ちていたら、わざわざ車から降りて、どかせてから通るようにしている。
今回の石ヤ塔ルートは状況が良かったのか、それクラスの落石は見当たらなかった。悪路レベルも分かったし、じゃあ次回は自分の車で……多分、行かないだろうな。
私は石橋を叩いても渡らないタイプなのだ。
奈良県南部は、手つかずの自然風景が多いうえ、良質の日帰り温泉も色々あり、魅力的なエリアだ。お気に入りは入之波温泉や曽爾高原温泉だが、アクセスや営業時間が合わないことも多く、そんな時は帰路にあるスーパー銭湯で汗を流すのが楽しみだ。
※本文に掲載されているサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。
写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2023年11-12月号