「会いたくて」(岩手県八幡平市)
「あ誰か来た!」
降りしきる雪の中、近づいてくる一台の車にホッとする。さっきまでは、雪紅葉の絶景を独り占めしている勝利感に酔いしれていたが、こんな好条件に誰も来ないなんて、「もっと他に、いい場所があるのかも……」と、不安になり始めていたのだ。現れたのは友人の知人で、地元のカメラマンのAさん。どうやら「思いがけない雪」だから誰も来ないだけのようで、ひと安心。なるほど、早朝の小雨がいつの間にかみぞれに変わった時、私も「あれ?」と首をかしげたし、もしや……と期待しつつ、こんなに美しい雪化粧は予想しなかった。
紅葉を飾る細雪は次第に大粒の雪となり、どんどん降り続ける。雪玉を撮るチャンスだ! 興奮しながら高速シャッターで撮影するうち、スローシャッターで雪を流せるほど吹雪いてきた。
雪のラインに角度がついて「いい感じ、いい感じ」と撮り続ける。時には横殴りになるほどの降雪なのに、気温が高いせいか、雪化粧も路面の雪も、降る後から解けていく。
でも、こういう道って、案外、滑るんだよね。慣れているのかスタスタ歩くAさんの隣で、私は滑って尻もちつかないよう、ヨタヨタと慎重に注意深く蟹歩きしながら、雪玉や雪ラインを思う存分、撮って撮って撮りまくる。こんなに撮ったら写真を選ぶのが大変そうだなと危惧した通り、一枚に絞るのに相当苦労した。
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さて、雪がやみ、日差しも出てきたので、アスピーテラインへ向かってみるが、案の定、ゲートは閉鎖されていた。予定では、山頂経由で秋田側との間を行ったり来たりするつもりだったが仕方ない。ゲートは当分開かないだろうし、今日は大収穫だったから、潔く撮影を切り上げて、ランチにしよう!
大きな声では言えないが、山頂付近が落葉したこの時期に、はるばる八幡平に立ち寄ったもうひとつのお目当ては、とある喫茶店だった。
秋旅も数週間が過ぎ、自分の飼いネコが恋しくて、猫シックになりかけていた私。ハンバーグが美味しいその店には、なんと看板猫がいるのだ!
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今日はいるかな? 店内に入り、猫を確認して内心ガッツポーズする。が、私から猫を構ってはいけない。猫が自ら寄ってくるのを、ただ待つのみ……これが猫様への礼儀である。
初めてここに来た時も、他に客のいない店内のどこからか現れた猫が、二席ほど離れた長椅子に寝そべるという思いがけないサプライズに歓喜した。もっと近くに来ないかなとドキドキしながら待ってみたが、それ以上、距離が縮まることはなかった。
ところがしばらくして、二十歳そこそこの女子二人組がやってくると、なんと猫はその一人の膝の上に自ら飛び乗ったのだ。
女の子は困ったような嬉しいような表情でキャッキャしている。
えー! 男子も猫も若い女の子が好きなのね……。軽く敗北感を味わいながら、店を後にした。
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そして今日は数年ぶりのリベンジだ。店内はそれなりに混んでいて、若い女子たちもいたけど、猫は誰にも寄りつかず、カウンター近くで寝ている。私が席に着いても、もちろん動く気配はない。「あの時の、あの女の子が特別だったんだ」。運ばれてきたハンバーグを頬張りながら、「でも猫って見ているだけでも癒されるわ」と多くは望まず、ちらちらと眼福を楽しんでいた。
そんな時、ドアが開き、若い男子二人組が登場、着席。すると……、さっきまで孤高を貫いていた猫が男子の方へすり寄っていくではないか。
えー! 何が決め手なの? 私じゃダメですかぁ。
ヒューっと私の心にすきま風がふいた。
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猫リベンジは果たせなかったけど、遠路八幡平まで来た主目的の紅葉に雪までおまけしてくれて、瓢箪から駒、棚からぼた餅。とびきりの雪紅葉が撮れただけでも、まあ良しとしよう。私と目が合うと、「なんかくれるの?」とキラキラした目で見つめ返してくるうちのネコに、ますます会いたくなってしまったが。
八幡平の岩手側・御在所から山頂経由で秋田側・大沼まで、アスピーテラインには紅葉ポイントが目白押し。さらに松川渓谷や安比高原も含め、数日間は滞在したい。撮影後の時間帯に温泉や食事を楽しむなら、岩手側がお勧め。紅葉の時期は、車でここを行ったり来たり、何往復もするのが定番コースだ。
写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2022年11-12月号