住めば都(秋田県北秋田市)
「わっ。わっ。光芒が出てる!」
朝の雲海の名所で、夜霧に降り注ぐ月の光を夢中で撮りながら、幸せをかみしめる。明日の下見のつもりが、思いがけず幻想的な光景に出合えてラッキーだった。八甲田から一気に南下して訪れた森吉山。いつもの秋と一緒、いや、例年以上に攻めている今年の秋旅だが、こんなに遠くまで来れるとは思わなかった。どうしてって? 今、私は代車生活なのだ。
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数カ月前、愛車の微かな異音に気付いた。
ディーラーで調べるとCVTの不具合で、修理に30万円以上かかるらしい。初期の不調なので、しばらくは大丈夫だろうと言われたが、小心者の私。そんな車で機材から衣類、寝具など、部屋一つ分ほどの荷物を積んで、自宅から何百キロメートルも遠征するリスクは負いたくない。しぶしぶ車を買い替えることにしたが、折しも世界的な半導体不足で、納車はずっと先になるという。
「じゃあ、やめます」というわけにもいかず、交渉の末、代車にハイブリットのヴィッツを用意してもらった。燃費が私の車の2倍もお得で、記録的なガソリン高に喘ぐお財布に限りなく優しい。スマートキーで乗り降り楽々。車内充電もしやすいし、純正ナビは高画質テレビに早変わり。近場をウロウロするにはサイコーの車だった。
が、遠出となると話は別である。車中泊するには致命的に狭い。狭すぎる。チビの私でも後部座席で寝るのはつらそうだ。でも世の中は広い。ヴィッツの車中泊をアイデア次第で何とかしている人がいるのでは? とネットで検索してみたが、助手席を倒して数日……以上の猛者はいなかった。
「秋の遠征は無理かなあ」
だが、諦めの悪い私は紆余曲折の末、リクライニングした助手席の足元に荷物を置き、椅子の窪みを服やタオルで埋めて、エアーマットを敷いて平らにして、ギリギリ手足が伸ばせる寝床を作った。後部座席の助手席側の足元や席も荷物で埋めてベッドが安定するように工夫し、外から中が見えないよう窓の目隠しも準備した。残りのスペースに機材を詰めると、ヴィッツは膨れ上がりそうなほどパンパンになったが、なんとか即席マイルームが完成。でもやっぱり無理やり感は否めず、一週間もしたら青息吐息になるだろうし、そうしたら大人しく帰ろう。と思いながらの出発だった。
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ところがどっこい、即席ベッドは初めこそ緊張で寝づらく疲れが残ったものの、しばらくすると寝返りを打てるようになり、走っても走ってもガソリンの減らないこの車が快適になってきた。イチかバチかの大遠征で撃沈しても、ガソリン無駄使いの罪悪感はゼロ。安いガソリンスタンドを探す間に店が閉まっていき、結局高いガソリンを入れる羽目になった時の敗北感も最小限。燃費計を見るのが楽しくて、ある時、山道を下り続けたら99・9キロ/L表示を達成。瞬間芸だとわかりつつ、大儲けした気分を味わえた。効率を二の次にして、バンバン走れる優越感に、私はガンガン北上し、気が付くと1カ月近くの秋旅になっていた。
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やがて新車の納車日が迫り、秋旅も終わりが近づいてきた。遠征後は京都の紅葉撮影なのでハイブリットの方が断然便利だから、ディーラーに「急いで納車してもらわなくていいですよ」と言ってみたが、「もう車検日も決まっています」と却下される。
車中泊最後の夜は、車内でテレビを見ながら夕飯を食べ、ノンアルコールカクテル缶で名残を惜しむ。新車が秋旅に間に合わず、コンパクトすぎる代車を見た時には、絶望的な気持ちになったが、住めば都。なかなか快適な寝心地、住み心地だった。そしてなんだか前人未踏の偉業を成し遂げたような、妙な達成感すら感じている。
次の秋は新車でいずこの空の下を旅しているのだろう。願わくば、ガソリン価格がもう少し下がっているといいのだけど。
撮影名所が豊富な森吉山周辺。いつも朝の雲海ポイントで撮影後、一日目は太平湖の遊覧船で小又峡へ。片道1時間ほどの遊歩道で最終便頃まで何時間も撮影。二日目は桃洞の滝方面へ移動してトレッキング。携帯電話はほぼ圏外なので要注意です。
写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2022年9-10月号