エナジー (福井県龍双ケ滝)
「判定!」司会者の号令で手元にある紅白のボタンを押すと、スクリーンへ審査結果が映し出される。会場や壇上から、「あ〜」とか「キャー」とかいろいろな歓声嬌声落胆の声が響き渡る。
信州・蓼科で開催されたチームチャンピオンズカップ(TCC)は、16チーム80人の参加者が、信州の同じエリア内で同時刻の約12時間で撮影してきた作品を2枚ずつ対決させ、3人の審査員がどちらか一枚を瞬時に選ぶ多数決・勝ち抜き戦で進められていく。参加者にとって天国地獄のわかれ道となる判定の瞬間は、初参加の審査員である私にとっても緊張するもので、特に1人判定の時は、自分の選んだ作品の良さを何とか伝えたいと気張るあまり、選評の声が上ずるほどである。
それにしても、天候など撮影条件に恵まれたとは言えない状況で参加者が撮り下ろしたバラエティに富む傑作の数々には刺激をもらった。そのまま直帰するのは惜しくなり、滞在を延長。京都への帰路も木曽に寄り道するか、少し迂回して南信廻りか、思い切って遠回りして北陸経由で撮りながら帰ろうかと案をめぐらせる。ぐったりした疲れと妙なハイテンションが混じり合う脳みそで、どの撮影地を目指そうかと迷うなか、浮かんだのが、ここ、龍双ケ滝……ではなく、滝から車で30キロほど走った市街地でありつける「ひな鳥定食」だった。
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全国の自然風景を撮影したついでに立ち寄る温泉や食事は、大きな楽しみだ。これも日本を何周もするうちに、嗜好が変わってきた。食べたくなるのは高価な特産品より普通のもの。例えば弟子屈の喫茶店のジューシーなハンバーグ、鹿角のボリューム満点の焼肉定食、諏訪では野菜が充実したバイキングなど、各地にあるお気に入りの店の人気メニューになった。福井のひな鳥定食もそのひとつで、プリプリの柔らかな食感を思い出すとワクワクして、他の帰路を選ぶ余地はすっ飛んだ。朝、滝で撮影した後、ランチタイムまで少々時間を持て余しそうだけど、まあいいか。撮影先を決めるのに迷いがちな私にとって、ひな鳥定食の援護射撃は圧倒的だった。
ものごとがスパッと決まった時は勢いがつくものだ。これまで、気にはなるけど出向くのが面倒だった龍双ケ滝にはあまり期待していなかったが、滝飛沫と逆光が織りなす光芒は予想外に素晴らしく、時を忘れて没頭する。新緑の頃は多くのカメラマンで賑わうらしいが、今日は誰の姿も見かけない。たまにカップルが来て水際で5分ほどはしゃぐくらいで、ほぼ貸し切り状態。刻々と位置を変える光芒を自由自在に動きながら追いかけた。
やっと光芒が消えた頃、ホッと一息つきながら振り返ると、なんと今度は水飛沫に順光線が注ぎ、小さな虹が現われている。これは撮らねばと、再び撮影開始。今日みたいに雲ひとつない晴天の日は、光芒や虹が惜しみなく出現してくれるので、休む間もなく撮り続けるうち、時間はどんどん過ぎ、「あっ」と思って時計をみると、もう13時半。なんと4時間以上も撮り続けていた。
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撮り始めた時点で、余裕だと思っていたランチタイムのタイムリミットは、もう間近。食べる時間を考慮したら、今すぐ向かわないと間に合わない。だけど目の前には相変わらず七色の虹が弧を描く。よい角度で撮れるタイミングは過ぎていたが、なかなか踏ん切りがつかない。あと5分、あと1分。焦る脳裡に、ふと、店内に張り出されていた「お持ち帰り」の文字が浮かんできた。そうだ! テイクアウトにすれば、食べる時間分の30分が節約できる。定食につくコラーゲンたっぷりの絶品スープが持ち帰り不可なのは残念だが、せっかくの美味しいランチを呑み込むように急いで食べるのはもったいない……。いやいや、あくまでも撮影が優先だからと譲歩して、お持ち帰りを電話予約。閉店ギリギリに滑り込み、駐車場の車内で待望のひな鳥を味わった。最後まで「今日のひな鳥はあきらめよう」と思わなかった執念には、我ながらビックリだ。
だけどまあ、食欲に扇動されなかったら龍双ケ滝の光芒とは出会えなかったのも、また事実。私の食欲と写欲はお互いが助け合い、時に邪魔し合いながらも、撮影旅の原動力になっている。
「おうちにいたよ」の今春。性格的に断捨離は無理なので、部屋と車内を少し整理しただけですが、気分がスッキリしました。状況が落ち着いたら再訪したい全国各地の美味しい食事。お店が健在であることを祈っています。
写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2020年7-8月号