河野 英喜Hideki Kono
NIKKOR Z58mm f/0.95 S Noct
「深く、静かに
絵づくりを愉しむ」
ポートレート撮影において開放F値0.95の生みだす、自然で透明感のある美しいボケ味はこのレンズ最大の魅力だ。ボケの変化は被写体の前後に、まるで絵具を水に溶かしたようになめらかにつながり、奥行きや広がりを見せてくれる。回転ピッチを充分にとったピントリングはどのような撮影距離であっても、迷うことなく被写体の瞳を正確に捉えられ、適度な手応えのリングのトルク感が逸る気持ちを抑えてくれる。これは慌てずに感じながら、絵づくりを愉しむレンズだ。そして、ピントの合ったまつ毛や髪の毛は細くシャープに再現され、その驚くべき解像力を深く実感させられる。
人物のシャドウ部と、淡い色を含む斜光によるハイライトとのコントラストが美しい。肌の透明感をさらに引き出すため、やや明るめに露出を設定した。画面奥への連続性と深みを強調する構図でシャッターをきる。開放F値0.95は、このような深い奥行きを表現することに適している。
日没間際の柔らかい逆光で撮影。突然強く吹いた風に反応した微笑みがとても印象的で、敢えて口元にフォーカスを合わせた。風に流される髪がシャープに再現されながらしなやかに舞い、横顔のフェイスラインは美しく背景から浮かび上がった。
灯台を背景に入れ思い切り引いて撮影。F値0.95の開放絞りは、背景をより大きく柔らかくぼかし、深い奥行きを演出する。人物の全身を入れたにもかかわらず、この見事な背景ボケによって、その存在がより際立った。ここまでの立体感はこのレンズでなくては表現できないだろう。
窓から海を眺める優しい瞳に焦点を合わせた。このレンズの空間演出は素晴らしい。人物の位置を選ばない画面周辺部までの高解像力。極限まで光を捉える明るい開放F値で、わずかな自然光も操ることができる。大きく美しいボケが背景のテーブルや花瓶を柔らかな輪郭に変え、部屋の空気感を生み出した。
撮影場所は洞窟の中だった。入り口からの自然光で撮影したが、このレンズの高い解像感は、わずかなアングルの違いで、繊細な肌の質感と陰影をときに優しく、ときに凛々しく再現する。まるで光を選ぶ撮り手の望みに応えるように。
ポートレート撮影では自然光や写真照明の他に、地明かりと呼ばれる撮影場所の人工光も多用される。この一枚も公園の水銀灯だけで撮影。暗い場所でもフォーカスリングの距離ピッチの広さゆえにピントの山がつかみやすい。クリエイティブピクチャーコントロールのメランコリックでトーンを整えた。
室内の光を整理して効果的なライティングとした。狙いはこのレンズのボケのバリエーションで人物を強調すること。近くではディテールを残し、奥へ向かうに従い大きくなるボケで輪郭だけを残す。部屋の奥に射す柔らかい光が画面全体に心地よい奥行きをもたらした。
ポートレートフォトグラファー
河野 英喜(こうの ひでき)
島根県浜田市出身。10代から写真専門誌のポートレート部門入選の常連に。広告制作会社を経て23歳でフリーとしての活動を開始。主にタレント・女優・俳優・声優など人物をメインに、広告・エディトリアルに作品を発表。また、伝統工芸職人のポートレートも撮り続けている。さらに、カメラ・写真雑誌への寄稿、コンテスト選考、写真講座の講師なども務め、出版された写真集・書籍類は150冊を超える。公益社団法人日本写真家協会(JPS) 会員。