Creator Interview

映像監督 軍司拓実 × フォトグラファー/シネマトグラファー 酒井貴弘
軍司拓実の写真
映像監督
軍司拓実 Takumi Gunji
武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、都内の映像制作会社を経て、2021年よりフリーとして独立。自ら撮影・編集をおこなうスタイルで、MVを中心に様々な映像を制作している。
酒井貴弘の写真
フォトグラファー/シネマトグラファー
酒井貴弘 Takahiro Sakai
ポートレートを中心に、広告・ファッション・写真集等のスチール撮影からMVや映像作品の制作・撮影など幅広く活動。SNSではフォロワーが延べ15万人を超えるなど、マルチに活動しながら、これまでの形にとらわれない新たなフォトグラファーキャリアを模索している。

最初のカットから、最高の描写だった。

今回、マルシィの新曲「アリカ」のMVをニコンZ 9とNIKKOR Z レンズで撮影されたと伺いました。まずはロケ地になぜ北海道を選ばれたのでしょうか?

軍司:「アリカ」を聴いて、過去の恋愛を忘れられない主人公の切なくて苦しい心情、そして、別れを経験することで知る愛の美しさが伝わってきました。そんな主人公の心情に寄り添えるように、映像でも切なくて美しい世界を表現したいと思ったのが理由です。北海道の美しくて儚い雪の情景なら、ストレートに、より象徴的に主人公の心情を描けると考えました。撮影の正攻法としては、表情や仕草、情景といった被写体にしっかりとピントを合わせ、かつ、ゴーストやフレアのない美しい画を狙うのが一般的かと思います。ただ今回は、主人公の揺れ動く心情や過ぎ去っていく希望を印象的に表現したいと考え、あえてピントを外したりゴーストやフレアのある映像も狙ったりして撮っています。

酒井さんは今回のMV撮影時に、どのようなことを考えながらカメラを回していましたか?

酒井:「アリカ」という曲、そして軍司監督が設定したストーリーやロケーションから、すごく切なくて美しい情景が浮かんでいました。それを映像として形にできればと思う一方で、別れを経験して苦しい現在と楽しかった過去を描くことで、時間の経過を表現したいとも考えていて。シーンによってレンズを使い分けたりもしていました。

今回カメラを固定せずに、手持ちで撮影をおこなったと伺いました。手持ちで撮影しようと思った意図を教えてください。

軍司:主人公の揺れ動く心情を描写するときに、動きのない落ち着いた映像よりも、ブレ感のある映像の方がより心情に寄り添った表現ができると思い、手持ち撮影を選びました。

酒井:カメラを固定して撮影すると、定点カメラで客観的に眺めている感じの画になってしまうので、より心情が伝わる画にするために手持ちで撮影をしました。手ブレの影響が必要以上に画に出てしまわないか不安だったのですが、実際にZ 9を使ってみると手ブレ補正の性能がすごく良くて、しっかりとカメラを握るだけで、手ブレを抑えることができていて。手持ちで撮影するのにZ 9はすごく適していると感じました。

撮影ではどのZ レンズを使ったのでしょうか?そしてなぜそのレンズを選んだのか教えてください。

酒井:NIKKOR Z 85mm f/1.8 Sをメインに使っていました。非常にきれいな描写をする上に、すごくコンパクトで軽い。今回雪原で、しかも手持ちでの撮影だったということもあり、動きながら撮影しやすい軽いレンズを使いたかった、というのが大きな理由です。

軍司:メインはNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctです。NIKKOR Z 85mm f/1.8 Sに比べて重く機動性には欠けますが、普段のムービーの現場ではもっと重いシネマレンズを使っているので、そこはあまり気になりませんでした。その分、画質や描写力が凄まじくて。このレンズにしかない描写というのでしょうか。クラシックさを意識した描写と新しいレンズとしての解像感みたいなところを両立している、すごくいいレンズだなと思いました。開放F値0.95で被写界深度は非常に浅いのですが、ピントが合ったところには申し分ないほど解像する、本当に不思議なレンズでした。その魅力に取りつかれて、撮影ではずっとNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctを使っていました。

酒井:僕も軽いレンズがいいとは言っておきながら、ここぞというときにはNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctで撮影していました。例えば、過去の回想シーンの撮影です。開放F値0.95ともなると、普段見ている世界とはまったく違う世界を描き出してくれるので、過去の思い出や夢の中など、現実と切り分けたいシーンを撮るときに便利で。

軍司:NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctはオートフォーカスができないレンズなので、絞り開放だと被写界深度が非常に浅く、ピントをうまく合わせられるか、その点は少し不安でした。でも、フォーカスピーキング表示という、マニュアルフォーカスで撮影するときにピントが合っている部分の輪郭を色付きで表示する機能がZ 9にあったので、安心して使うことができました。

完成したMVを拝見しましたが、とても美しい作品だと思いました。撮影する中で、ここは手応えを感じた、あるいは思い入れのあるシーンはどんなところですか?

酒井:雪原でボーカルの右京くんが夕日をバックに歌うシーンですごく手応えを感じました。光の捉え方がとても印象的で、雪原と合わさったときに非常にきれいな画になりました。映像として美しいのはもちろんですが、情感も伝わるようなシーンになったと感じています。

軍司:初日のファーストカットですね。雪道の奥から女優さんが歩いてくるというカットで、雪に反射した光で眩しい逆光となる中で、遠くにいる女優さんを捉え続けなければならない難しい場面でした。光がないと映像は撮れないんですけれど、光があふれ過ぎていてもきれいな映像を撮るのは難しくて。それがイメージ通りの美しい画になって、残りの撮影に対する不安が一気になくなりました。オートフォーカスもスムーズに機能していましたし、ここがダメだったと思うポイントが、最初のカットからありませんでした。

酒井:明るい場所で撮影すると、空や人物の表情などが必要以上に明るくなってしまうのが懸念点だと思うんですけど、ダイナミックレンジが広く、ハイライトの部分もしっかりと残っていて。安心して撮影できました。

雨や雪を、恐れなくていい。

MVをフルサイズ/FXフォーマットミラーレスカメラのZ 9で撮影されましたが、使用してみて良かった点を教えてください。

酒井:普段は都内で活動しているので、ものすごく寒いところで撮影することはあまりなくて。寒さの厳しい北海道で撮影ができるか心配だったんです。Z 9はマイナス10度でも使用できるので、ボディーやレンズに雪が積もっている状態でも普通に使えたのには驚きました。防塵・防滴性能もすごくいいので、雪が降っている中でもカバーを付けずに済んだのも大きいです。カバーだとうまく装着できているか不安になりますし、そもそも撮影場所に持っていくのが手間で。撮影中にファインダーが隠れたり、映り込んでしまったりすることもあるので、カバーを付けずに済むと、そういった心配がなくなり、非常に撮影しやすかったです。普段なら撮影を断念しがちな雨や雪の中でも、安心して使えたのは良かったです。

軍司:今回の撮影場所はたどり着くまでに雪の坂道を登ったり、結構歩く必要がありまして。普段使っているシネマカメラだったら移動が非常に大変だったと思うのですが、Z 9は他の機器を付けずに撮影に使用できるので、撮影場所まで機材を運ぶのもラクでした。なので、Z 9を森や山の奥など歩かないと行けない場所に持っていきたい、とも思いました。10分から30分ほど歩かないと行けない、ロケバスや機材車が入れない場所での撮影は最初に候補から外してしまうのですが、Z 9であれば最低限の機材で撮影がこなせるので、そういった場所にも気軽に撮影に行けると思いました。

映像の確認は外部のモニターを用意せずにファインダーや背面の画像モニターで確認していたようですが、不安などはなかったのでしょうか。

酒井:カメラ本体の背面モニターだけで見ても、ピント面などもしっかり確認できましたし、逆光で目に直接光が当たるときは、ファインダーを覗いて撮れば問題なかったので、スムーズだったと思います。

軍司:もちろん外部モニターを付けて、大きい画面で確認することのメリットもあるんですが、そうすることで手持ち撮影するときに、周辺機材が増えて重くなってしまうデメリットもすごく感じていまして。Z 9の背面モニターだけでも色の再現性が非常に良かったですし、ピントの確認などもちゃんとできました。さらに背面モニターの明るさも変更できるので、外部モニターがなくても問題はなかったです。画面のサイズはまったく気にならなかったというか。個人的には何の心配もなく使うことができました。

撮ったままでも、美しい。

Z 9には8bit、10bit、12bitといった様々な動画記録ファイル形式があります。今回はどのファイル形式で撮影したのでしょうか?

軍司:後からカラーグレーディングをするためにN-RAW 12-bitで撮影しました。特に外部機器を用意する必要がなく、Z 9本体のみで収録できたところがとても魅力的でした。N-RAW 12-bitは編集で使っているAdobe Premiere Proでは表示できないデータなんですが、今回カメラ内部で容量の軽いMP4のプロキシデータも同時に生成できたので、それを使って比較的簡単に動画の確認やラフな編集ができ、ものすごく便利でした。

酒井:MP4の書き出しは、編集しなくても満足できるくらいにきれいな画になっていて、何もしなくていいんじゃないかという話をよく軍司監督としていました。カメラの背面モニターでチェックするときにすごくテンションが上がりました。スチール撮影のいわゆる撮って出しやカメラ内で現像しただけのJPEGもすごくきれいで。本当にこれだけで十分なんじゃないかみたいな。下手に現像しない方がいい、といった話が出るくらいきれいで。そこは驚きました。

軍司:本当にそうですね。N-RAW 12-bitでカラーグレーディングする前提でと言いながら、このままでいいじゃないかって話をすごく現場でしましたよね。

酒井:あと、スローモーション用にフレームレートを120pにして撮影することもありましたが、最大4K/120pの撮影もできるのは良かったです。8Kか4Kか、120pにするか100pか、30pか24pかなど、かなり細かく設定ができて、映像をやる人にとってはかゆいところに手が届く、表現の幅が広がる機能だと思いました。

Z 9には画の雰囲気を変えることができる、ピクチャーコントロールという機能があります。実際この機能を使ってみていかがでしたか?

軍司:Z 9を使う前は、カメラの設定だけで撮影したときに理想的な色が出るのか不安でしたが、実際触ってみたらそんなことは全然なくて。カメラ内のピクチャーコントロールには、非常にたくさんの調整項目があって。コントラストとか色の濃さなどを細かい値でカスタマイズできるんですよ。自分好みにプロファイルをカスタマイズして、一番表現意図に近い画に調整してから撮影に入れたので非常に便利でした。

酒井:後でRAW現像をする前提で撮影していても、実際に現場で見る画の良さはものすごく大事だと思っていて。ムービーでもスチールの撮影でも、自分の中でのテンションが上がるような画を再現できたのが良かったです。

軍司:N-RAW 12-bitについての話に戻りますが、N-RAW 12-bitの階調モードの中に、カラーのプリセットなどをより細かくカスタマイズできるSDRモードがあって。特に個人的に良いなと思ったポイントが、ISOを64まで下げて撮影できるという点です。今回日中の照り返しが強い雪原で撮影するという環境だったので、なるべくISOを下げて撮影したかった僕からすると、すごく大きなポイントだなと思っています。

ISO 64で撮れることはすごいことなのでしょうか?

軍司:シネマカメラだとISO 800が基準感度の一つになっています。感度をそれより上げられても、下げられるカメラはすごく限られるんです。それもあって低いISO感度で撮れるのはすごく魅力的でした。ISOの値が高い状態だとノイズが出やすいと言われていますが、シネマカメラを使う場合はその点を妥協しなきゃいけないことが多くて。ISOをぐっと下げて撮影できてすごく助かりました。

酒井:今回の撮影環境では、雪に反射した光で、ものすごく明るく映ってしまう場所がありました。ISOを低く設定できないカメラでは、高濃度のNDフィルターを用意する必要があったり、明るいF値に設定できなかったり、制約があって。その点ISO 64から撮影できるというのは利点でした。特に眩しい雪原の中でもNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctを絞り開放で使えるのは大きいですね。

軍司:本当にその恩恵に預かりました。最初の雪原のシーンが一番天気が良くて、一番眩しい環境で。そんな中でもシャッタースピードを1/50秒、1/100秒に抑えつつ、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctの開放F値0.95をなるべく活かしたくて。開放F値を0.95に保ったままISOを思いっきり下げることで、理想の明るさでの撮影ができました。

ムービーもスチールも極められる。

今回Z 9を動画機として使ってみていかがでしたか?

酒井:雪が舞っている中をモデルさんが歩いてくるというシーンを撮っていたのですが、雪にピントが合うこともなく、ずっと顔を捉えていたので、安心感がありました。グリップもかなり握りやすいと感じて。撮影しながらアクティブに動いたり、いつも写真を撮るような構え方で被写体を狙えたり。まったく違和感なく撮影できましたね。

軍司:本当に何の違和感もなく動画機として使えました。オペレーションでの違和感もなかったですし、特にN-RAW 12-bitなど、このZ 9にしかない魅力的な機能というものもいっぱいあるので、むしろ積極的に映像の現場で取り入れたいカメラだと思いました。

酒井:ムービーをメインで撮影しつつ、サムネイル用に静止画も一緒に撮影していたので、ムービーを撮っている間に一部のシーンをスチールに変えるというシチュエーションがあったんです。動画モードの設定をそのまま静止画モードに持っていくといろいろと不具合が生じたりするので、都度設定を変える必要があるんですけれど、Z 9では動画モードと静止画モードでそれぞれ設定ができ、その設定を維持しておけるので、動画と静止画の撮影を切り分けられるんですね。動画の撮影をしていて、ここで静止画を撮りたいと思ったときに、すぐに静止画の撮影ができるのですごく便利でした。

普段現場でシネマカメラを使っている軍司さんが感じた、Z 9を使ってここは良かったなと思うポイントを教えてください。

軍司:ムービーの現場でスチールも撮りたい瞬間がすごくいっぱいあって。それを別のカメラに切り換えずに1台ですべておこなえたことが、一番良かったポイントです。他に挙げるとすれば、写真を撮るような構え方でファインダーを覗いたままRECできたのも良かったです。ビューファインダーを取り付ければシネマカメラでもできなくはないんですけれど、どうしてもビデオを撮るみたいな気持ちのまま覗いてしまうことが多くて。フルサイズミラーレスカメラならスチールを撮る感覚のまま動画を回せるのがすごく大きいなと思います。また、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctには絞りリングがなく、本体側で絞りを変更できるのは大きな利点だと思いました。多くのシネマレンズはレンズのリングで絞りを変更する仕様になっており、絞りを変える際にピントや構図を変えないように注意する必要があります。今回Z 9本体から変更できたことで、ピント合わせや構図を定めながら安心して絞りを操作できました。

Z 9はどんな方におすすめできるカメラですか?MV撮影で実際にZ 9を使用されたおふたりのご意見を、ぜひお聞きしたいです。

酒井:普段はスチールの撮影が多いんですけれど、たまに「映像もできますか?」といったお話をいただいたりします。プライベートで撮影していても、スチールを撮っている中で、ここは映像で残したいなという瞬間があって。Z 9があると、写真はもちろん、映像もしっかり撮れるというのがあります。静止画撮影から動画撮影への切り換えもスムーズにできて、本当にZ 9だけで映像も写真も満足に仕上がると感じました。映像だけ、写真だけをやる人はもちろん、映像も写真も両方やりたいという人に特におすすめできるカメラだと思います。

軍司:静止画撮影から動画撮影への切り換えがすごくスムーズにできますし、設定も静止画と動画で分けられる。まさに酒井さんのような、スチールもやりながらムービーもやる方に一番おすすめできるカメラだなと感じています。また、僕は普段シネマカメラを使いがちではあるんですけれど、シネマカメラが適さない環境もあると思うんですよね。映像の現場でそれができないから諦めることが、いっぱいあると思うんです。でもこのZ 9ならそこまで機材を用意せずに、N-RAW 12-bitで4Kとか8K動画も撮影もできる。北海道の雪原や高い山の上など、普段攻められない場所にまで攻められるんじゃないかなと思いました。

最後に「アリカ」のMVを見てくださる皆様にメッセージをお願いします。

酒井:「アリカ」は人生で誰しもが経験する「別れ」を歌った、悲しくて透き通った感じの曲で、そんな世界観を今回映像としてしっかりと表現できました。美しい映像としてももちろん見てほしいのですが、曲から思い浮かんだ情景に皆様自身の思い出を重ね合わせながら楽しんでいただければと思います。

軍司:表現したかったものをちゃんと画にでき、「アリカ」とものすごく相性の良い美しい映像になりました。今回酒井さんと一緒に撮影することで女優さんの表情を存分に引き出せて、感情の機微などもうまく表現できたと思います。登場人物に自分自身を投影できるような映像になっていると嬉しいです。

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