見た目以上に大きく被写体を写し出したり、本来とは異なる形で被写体を映し出すユニークな作品を撮影したり。Lesson3では写真表現の幅をさらに広げてくれる個性豊かなレンズについて見ていきましょう。
まず、こちらの写真をご覧ください。これは同じ花を「ズームレンズ」と「マイクロレンズ」で、それぞれのレンズの「最短撮影距離(被写体にピントを合わせることができる最短の撮影距離)」まで花に近づいて撮影したものです。
マイクロレンズの方がかなり大きく写せているのが分かると思います。マイクロレンズとはこのように、“クローズアップ撮影”もできるレンズなのです。
肉眼では見ることのできない細部の世界を美しく描写するクローズアップ写真。マイクロレンズは、写真を通して新しい世界を見せてくれる魅力的なレンズです。
被写体に近づいて撮影する、いわゆる「接写」で撮影することをクローズアップ撮影と思っている方が多いのではないでしょうか。クローズアップ撮影とは、厳密にいうと“被写体を大きく写す”撮影のことを指しています。いったいどういう意味でしょう?
最短撮影距離(被写体にピントを合わせることができる最短の撮影距離)はレンズごとに違います。
たとえば「AF-S Micro NIKKOR 60mm f/2.8G ED」という標準マイクロレンズの最短撮影距離は「0.185m」なので、被写体にかなり寄って撮影できることがわかります。一方「AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED」という望遠マイクロレンズの最短撮影距離は「0.314m」。この数値だと通常のレンズと比べても極端に寄れるというわけではありません。
ではなぜどちらのレンズもマイクロレンズと呼ばれているのでしょうか。それはどちらのレンズも“被写体を大きく写せる”からなのです。
こちらは「AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED」で、被写体をクローズアップ撮影した写真です。
人が立ち入れない場所などにある離れた被写体や、レンズを近づけると逃げてしまう昆虫などの生き物は近くに寄って撮影することができません。そんな被写体を離れた位置からクローズアップ撮影したいときは、少し遠くからでも被写体を大きく写せる望遠マイクロレンズが有効になります。
なお、どれくらい大きく被写体を写せるかはレンズごとに振られている「最大撮影倍率」という数値で見ることができます。たとえば最大撮影倍率が0.5倍のレンズは実際の被写体を1/2サイズに、0.1倍なら1/10のサイズでそれぞれカメラセンサーに被写体を写し込むことができるレンズということになります。
マイクロレンズの最大撮影倍率はおおよそ1.00倍になっています。1.00倍ということは等倍です。つまりマイクロレンズは被写体をほぼ実物大でカメラセンサーに写し込むことができるレンズなのです。
ではもう一度、最初に撮り比べた花の写真を撮影最大倍率の図とあわせて見てみましょう。
1.00倍の撮影最大倍率を持つマイクロレンズに対して、使用したズームレンズの撮影最大倍率は0.3倍。マイクロレンズの約1/3の大きさになります。撮影倍率の小さいレンズと比較するとマイクロレンズは何倍も大きく写るということになりますね。
誤解しがちなのですが、マイクロレンズは“クローズアップ撮影専用”のレンズではありません。“クローズアップ撮影ができる”単焦点レンズです。
単焦点レンズならではのボケ味が美しいポートレートからシャープで鮮明な描写力を活かしたスナップや風景の撮影までさまざまなシーンで楽しめるレンズなのです。
この2枚は「AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR」というマイクロレンズで撮影した写真です。
被写体に寄って撮られたクローズアップ写真と、引きでスナップ撮影された写真。焦点距離も絞り値(F値)も同じなのに、ボケ方を比べてみるとクローズアップ写真の方がより大きくボケた(ピントの合う範囲が狭い)写真になっているのがわかります。
写真をボケさせるには「より望遠で撮る」「レンズの絞り値(F値)を小さくする」などいくつか方法がありますが、もうひとつ「レンズを被写体に近づける」ことでより大きくボケた写真を撮ることができます。マイクロレンズは通常のレンズに比べ被写体に寄って撮ることができますので、その分大きくボケた写真が撮れるのです。
大きくボケた写真はピント合わせが難しく、シビアになります。またクローズアップ撮影はわずかな振動も拾うようになるため、ブレやすくなります。
マイクロレンズでクローズアップ撮影をする際には、早いシャッタースピードを確保したり三脚を使ったりするとより安心です。それでもピント合わせやブレで苦労するようであれば、あまりぼかしすぎないよう絞り値(F値)を大きくして対応するようにしましょう。
まずは、「魚眼レンズ」で撮影した写真をご覧ください。
それぞれ風車やビルの立ち並ぶ風景を撮った写真ですが、中心部は大きく、中心から離れていくにつれ直線が曲線にぐにゃりと歪んでいくようにデフォルメされて写っています。このように、魚眼レンズは個性的な作品づくりができる、とてもユニークなレンズです。
なぜこのような写り方になるのか簡単にご説明しましょう。魚眼レンズは上下左右、とても広い範囲(180度以上)の像を捉え、それを平面の写真として写し出しています。そのため、独特な歪みのある写真になるのです。
この写り方が、魚が水面下から上を見上げたときに見ている像と似ていることから「魚眼」「Fish eye(フィッシュアイ)」レンズという名前が付けられています。
魚眼レンズは、不思議な効果を生み出すことができます。何気ない被写体でも、魚眼レンズを通すことでユニークな世界がファインダー越しに広がるのです。いろいろな被写体を撮って試してみたくなる、そんな楽しいレンズです。
目の前の大きな建物全体を写そうとするときについてしまうパースをなくし、まっすぐに撮影したい。あるいはピントの合う範囲をもっと広げたい。普通のレンズではできないような調整を入れて撮影することができるのが「PCレンズ」です。
このような調整機能を備えたPCレンズは広告写真や建築写真などのジャンルで多く活用されています。プロフェッショナルな世界で目的に応じたこだわりの画づくりをサポートしてくれるレンズだといえるでしょう。
PCレンズには「シフト=“ずらす”」と「ティルト=“傾ける”」という機能がついています。この2つの機能によりパースを補正したりピント面を調整したりとさまざまな効果を得ることができるのです。PCレンズを使った代表的な撮影手法をご紹介しましょう。
先程ふれたように、建物などを撮るときに生じるパースを補正することができます。
2つともPCレンズで撮影したものです。何も調整せずに建物を下から見上げるようにあおって撮影するとパースが生じてしまいます。PCレンズではカメラを上に傾けることなく建物に平行な状態のまま、“レンズ全体を上にずらす”ことによりパースをなくすことができるのです。
この「レンズを平行にずらす機能」のことをシフトといい、この調整を加えることでまっすぐに建物を写すことができました。
こちらは、テーブルコーディネートを手前から奥の方に向かってPCレンズで撮影した写真です。この構図と撮影条件のままだとテーブルの奥の方までピントを合わせることはできません。しかしPCレンズを調整することで、条件はそのままにテーブルの奥までピントを合わせて撮影することができました。
通常のレンズでは被写体の大きさや画角、撮影状況などによってピントの合う範囲が限られてしまいます。しかしPCレンズはカメラの傾き(撮りたい構図)はそのままで、撮りたい被写体の傾きに合わせて“レンズ全体の角度を変える”ことでピントの合う範囲を調整することができます。先ほどのテーブルを撮影した写真はこの調整を加えることで奥までピントを合わせることができたわけです。
なお、この「レンズの角度を傾ける機能」のことをティルトといいます。
風景写真の一部のみにピントを合わせ、他をボカすことでミニチュアを写したような効果が得られるミニチュア写真。実はこれも、PCレンズのティルト機能を使った写真です。
レンズの角度を傾けることで意図的にピントの位置とぼかす場所を決めて撮影することができるのです。
ここでご紹介した「マイクロレンズ」「魚眼レンズ」「PCレンズ」のような、それぞれに際立った特徴を持つレンズは普段あまりなじみがないかもしれません。しかし、これらのレンズを通して見た写真の世界は、みなさんの作品づくりに新しい可能性をもたらしてくれるかもしれません。