一夜にしてファッション・フォトグラファーへの転身を果たす
この仕事を商業目的で行っている多くの人と同じように、私がファッション・フォトグラファーになったのは、単に偶然によるものです。私は元々、ストリート・フォトグラファー、そしてフォトジャーナリストだったのです。リー・フリードランダーのような、モノクロの、何気ない日常を切り取ったストリートフォトが好きで、人物写真をたくさん撮っていました。1970年代後半、広告業界の人が私の写真を見て、新しいスタイルでの撮影、何か斬新なものを求めていると言ってきました。そしてファッションを撮ってくれ、という広告代理店から依頼が来るようになりましたが、それまでにファッションを撮ったことはありませんでした。最初の頃、ブーツメーカーの撮影をしました。モノクロのドキュメンタリータッチの写真で、彼らの工場で働く人たちと商品のブーツを履く人たちの写真を代理店は求めていました。撮影は簡単であっという間に終わり、きたないモノクロ写真が仕上がったのですが、ニューヨークのアート・ディレクターズ・コンテストで1位に選ばれました。気がつくと私はファッション・フォトグラファーになっていたのです。
シューズメーカーの撮影を始めた頃は、いろいろなブランドが独自のアパレルラインを開発し始めた時期に当たっていました。そこで人物写真を多数撮っていた私は、いつの間にかアパレル撮影フォトグラファーのフロントランナーとして数えられるようになったのです。ヘアドレッサーやメークアップ・アーティスト、スタイリストとチームを組み、シューズメーカーのスポーツウェアやトレーニングウェアを撮り始めました。このように自分の意志とは関係なく、私はファッション・フォトグラファーになってしまったのです。初めの頃は多くの陸上選手を使ってスポーティーなカジュアル・ファッションを撮りましたが、やがて眼鏡や化粧品などを撮るようになりました。その後すぐにかみそりメーカーに起用され、パーソナルケア関連のもの一式を扱うようになりました。
ファッションはファンタジー、フォトグラファーはブランド
フォトグラファーの多くは、雇い主であるクライアントの示す方向に従います。ファッション・フォトグラファーが独自であるのは、自分のファンタジーが何よりも優先される点にあります。自分の感性で自分のアイディアを撮るのです。ファッション・フォトグラファー
は誰の依頼も受けず、自分のアイディアを写真にし、クライアントはそのスタイルを買いに来るのです。フォトグラファーのインスピレーションが、クライアントの計画や将来のビジョンの一部を担うのです。フォトグラファーはクライアントに対して次のトレンドを予測し、次のシーズンに何を売るかといったビジョンをリードしていく存在なのです。
私は自分で「近未来」と名付けた独特のスタイルで知られています。『バーバレラ』※や『不思議の国のアリス』の世界観が、そこには少しずつ混じっています。非常にファンタジーな作風で、現代の意匠の中にレトロな感覚が混じっているのです。自分自身をひとつのブランドとして認められたいのなら、フォトグラファーに必要なのは自分だけのファンタジーを源泉にして作風を築くことです。内面からわき出るものを、スタイルとして形にするのです。こうして、光とハイテクにあふれた彩度の高い色彩で描かれた近未来の世界、という私のスタイルが生まれたのです。そしてこれは私のアイデンティティーになりました。私が自分のために撮影したこうした写真の多くが、広告やファッション写真のコンセプトとして使われています。
このスタイルは、スタジオで撮影を重ねながら徐々に築き上げたものです。若い頃は、仕事がきてもそれをこなす技量が備わっていません。仕事がくると、それをどうやってこなすか一晩じゅうスタジオで考えました。照明については多くの時間を費やし、大きな魅力を覚えました。私の照明の仕方は、被写体のいる場面を照らすだけでなく、「写真全体を躍動させ、エネルギーで充たすものだ」と言われたことがあります。その言い方は確かに私の写真を言い当てていると思います。
※ 60年代に発表された、フランスのセクシーなSFコミックシリーズ
ファッション写真の成功
ファッション・フォトグラファーの仕事は通常、衣料品、化粧品、宝石、アクセサリーなどの消費を生み出すことです。商品を売るには見る人を引きつけ、心に長く残る写真を作らなくてはなりません。見る人の心を奪わなければなりません。そのために、写真の外側でも何かが起きていることをほのめかすようなシナリオを作るのです。モデルや俳優に色々と刺激を与えながら「何だかはっきりとは解らないが、これは何だろう?」と思わせるような驚きを創り出すのです。照明の雰囲気と一瞬の動きが融合し、見る人に何らかの感情を抱かせることができれば、ファッション写真は成功です。それが私たちの仕事なのです。
今起きていることに感覚を開く
撮影は通常、クライアントの抱える問題をどのように解決するかという点から出発します。しかし私のコンセプトから始める場合は、私の好きな構図や、目撃した瞬間などがアイデアを押し進めるエネルギーになります。アーティストとして、私はどこかで聞いた歌や本や詩の一節などをいつも集めています。自分のアンテナに引っかかるものなら何でもいいのです。こうした材料を集めるところから始めて、行動に移すのです。音楽と映画と舞台に共通項を見つけ、好みの部分を融合して何かを生み出せるかもしれないぞ、といった感じにだんだん活性化していくのです。こうした情報に心を開き、カメラを常に持ち歩いて好きなものを記録していきます。車のデザインや、建物に反射する興味深い光の模様に気を留めるでしょう。一日自由に撮影できる日があれば、これらのインスピレーションが混じり合い、形になり始めます。私にとっては、光と色が特に大切です。壁の色や、光がエンパイア・ステート・ビルにどんな具合に反射しているかなどです。これは創作へのインスピレーションを絶やさぬための、ライフスタイルです。
ファッション写真と高解像度のデジタル一眼レフ
私は極めて高い解像度をカメラに求めています。私の撮影スピードは速いので、レスポンスが速いカメラを好みます。常にオートフォーカスを使いますから、優れたオートフォーカスは不可欠です。それに常にカメラを手の中にして暮らしているので、手に馴染むカメラでなくてはなりません。一日中撮影するのですから、人間工学を考えた設計が必要です。高性能な測光システムも重要です。
ファッション・フォトグラファーにとって、肌の階調性を表現するには、高解像度や色相、ダイナミックレンジが重要です。金属は金属らしく、化粧は肌一面に滑らかに再現されなくてはなりません。私は髪の毛をよく撮影しますが、髪の毛はとりわけシャープで、細部までの描写が大切です。解像度が高ければ高いほど、撮影後に調整できる可能性も増えます。ファッション・フォトグラファーは、ポスト・プロダクションでの作業もたくさん行います。レタッチなどの画像調整をたくさん行う場合、高解像度の方が作業の自由度は高まります。かつては高い解像度の写真を撮れるのは中判カメラだけでしたが、D800はそれを超えていると思います。モデルの動きとテンポに合わせて、速いレスポンスで撮れる上、オートフォーカスや自動測光システムなどはD3Xと似ています。解像度、ダイナミックレンジ、色の再現はこれまでのどのカメラと比べてもずっと良くなったと思います。D800は、中判カメラの優れた性能が、コンパクトなボディにまとめられています。さらに、これまで使用してきたニッコールレンズを全て使い続けられます。これは私にとっても私の作品にとっても素晴らしい利点です。
プロフィール
ロブ・バン・ペッテンは30年にわたり、ファッションやライフスタイルといったジャンルの写真を撮り続け、その写真は世界中の広告キャンペーンで採用されてきた。その作品は、強烈な色彩でモデルとその動きを捉えることで知られる。金属の質感、近代建築、宇宙的なライティング、コンピューターによる加工なども彼の写真作品の特徴である。若き日にプロのギタリストであった彼のロック音楽への偏愛を知れば、その作風も当然のことと思われる。ペッテンの光の使い方は、単に場面を照らし出すだけではなく、写真全体にエネルギーを与えるといわれる。彼の現在の作品である「近未来」は、幻想的で、レトロでありながら未来的な、光あふれる写真のシリーズ。見る人に過去と未来を行き来させ、現実世界よりも安全でシンプルな世界に連れ出し、近代を懐かしく、未来は楽しく感じさせる作品になっている。