「鋼の海をゆく“光のコンダクター”」
カー・フォトグラファー(シンガポール)
カー・フォトグラファー(シンガポール)
シンガポールでも指折りのカー・フォトグラファーとしての地位を確立したのち、新たな挑戦を求めて上海へ拠点を移す。アンディ・ウィーは今、より目まぐるしい写真業界に身を置きながら、パワーと魅力に満ち溢れた車を追い求めて、世界中で撮影に臨んでいる。その長年の経験で培った綿密かつ独創的なライティングには定評があり、国内外のクライアントから話題性の獲得や販売実績の向上に貢献できると、信頼を寄せられている。プロフェッショナルとしての成熟にともない受賞歴も増え、業界内での名声も上昇。その溢れんばかりの創造力と行動力に駆り立てられるまま、ウィーはニューヨーク、東京、メルボルンといった刺激的な都市を定期的に訪れ、野心的に創作活動を続けている。
駆け出しの頃は主に建物やインテリアを撮っていた。その後、より抽象的な作品を撮るようになり、その頃に取り組んだテーマのひとつが自動車だった。そんなこともあって、自動車の写真を何枚か地元の雑誌に提供したところ、その数ヶ月後別の雑誌から、Pagani Zonda Fを撮って欲しいと打診があった。私のスタイルではなかったが、その雑誌社もリスクを承知で私を指名してくれたので、引き受けることに決めた。その時まで、プロとして自動車を撮影するなんて考えたこともなかった。自分には難しすぎると思っていたが、フタを開けてみたら、期待に応える写真を撮ることができた。こうしてこの雑誌から、カー・フォトグラファーとしてのキャリアの第一歩を踏み出すことになった。
新人の頃から高級車やスポーツカーを撮り続けているが、自動車の撮影は、大半の人が考えるよりもずっと複雑なものだ。あらゆる写真分野のテクニックが要求される。例えば大半の自動車写真に欠かせない背景の撮影では、ロケーションに応じて、スタジオ、風景、建築撮影などの要素が当然のように絡み合ってくる。モデルを使うならファッションセンスも重要だし、走っている車を撮る場合には、動きを捉えるスポーツ写真のテクニックが欠かせない。おまけに、たいていの雑誌はストーリー性のある写真を好むので、フォトジャーナリストの資質も求められる。案件によってはアートディレクターや振付師、デジタルレタッチャーの役割もこなさなければならない。
自動車を、なりゆき任せで撮影することは滅多にない。すべてが綿密に計画される。実際のところ、作業の60パーセントは車を撮影する前、大抵は2日前には完了していると言ってもいい。
ロケハンでは太陽の位置や、ナンバープレートの角度に留意する。その後のスタジオで撮影する合成カットとマッチングできるようにしなければならないからだ。それから被写体までの距離や、カメラの高さ、使用レンズもメモしておく。すべてが遠近感や立体感を正確に演出するために欠かせない情報だ。
私は仕事を通じて、ゴムとギア、そして鋼鉄の塊だったものに命を吹き込み、一枚の画像の中で、躍動感あふれる獣として生まれ変わらせることに誇りを持っている。車の写真を撮っていると、よく、自分がオーケストラの指揮者にでもなったように感じる。光の指揮者に。そして撮影が終わる頃には心身ともに疲れはて、抜け殻みたいになってしまうが、自分の仕事は象徴的な写真となって生き続ける。
クルーは全員、オーケストラの一員として作業する。担当や責任、それに性格の異なるアシスタントが常時6~8人はいて、さらに3人のライティング技師がいる。1人が電源ケーブルを敷いている間に、別のスタッフが車を掃除する。タイヤをジャッキアップして回転させるスタッフもいる。
こうした作業は私にとってエキサイティングであり、何よりこの上ない充足感が得られる。指揮者として、すべてが正しく噛み合った瞬間には相乗効果が生まれ、惚れ惚れするような写真を手にできる。インターネットであれ、印刷物であれ、自分が撮った写真を見るたび、その車の魅力を存分に引き出せていると感じられたなら、最高の気分だ。
車の内装の撮影プロセスには驚きを禁じ得ないだろう。なにしろ詳細なインテリアの写真を撮るために、車を実際に切断してしまうのだ。様々なアングルが必要になるので、撮影の進行に合わせて車はゆっくりと解体され、細かいパーツに分解される。車をどこから切っていくのか決めるのは、フォトグラファーだ。カットする場所や順番を間違えたら、また新しい一台をスタジオに運び込んで撮り直さなければならない。こうしたミスは絶対に許されないから、撮影にあたっては入念なプランニングが欠かせない。
自動車の撮影ではカメラアングルや構図のチェック、それからライティングがまとまるまで、長いと2、3時間かかることもある。そしてすべての準備が整い、ライティングも完璧で、撮りたい画のイメージが固まった瞬間、私にとってのマジックモーメントが訪れる。車を正しくライティングすることは、デザインの特異性を際立たせる上で欠かせない。ライティング次第で写真は平凡にも、息を呑むほど美しくもなる。その点で、ニコンのカメラとレンズは裏切らない。自分の第三の目であるかのように感じ、撮影の最後には必ず私を満足させてくれる。
ひとつ強調しておきたいのは、どんな機材を使おうと、最終的に写真の善し悪しを決めるのは常に自分の目だということだ。私は頑固だが、クライアントたちは私の判断を信じてくれる。仕上がってくる写真が素晴らしく、あわよくば称賛や、車のセールスに繋がってくれることをいつも期待してくれている。
現時点でのメインボディーはNikon D800E。その画質は、私の高い技術的要件をすべて満たしている。欲を言えば、ニコンがD800EのセンサーをD4のボディーに搭載してくれたら最高だと思う事はある。
私が使っているNIKKORレンズは次のとおり。
AF-S NIKKOR 50mm f/1.4G
AF-S NIKKOR 85mm f/1.4G
PC-E NIKKOR 24mm f/3.5D ED
PC-E Micro NIKKOR 45mm f/2.8D ED
PC-E Micro NIKKOR 85mm f/2.8D
Ai AF-S Zoom-Nikkor 17-35mm f/2.8D IF-ED
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VR Ⅱ
主に明るい単焦点レンズで撮影している。最高の画質を引き出すためだ。また、アオリが行えるPC-Eレンズ群も欠かせない。PC-E NIKKOR 24mm f/3.5D EDは車の内装用、PC-E Micro NIKKOR 45mm f/2.8D EDは車の外装用だ。PC-E Micro NIKKOR 85mm f/2.8Dはマクロ性能を活かして、キーやノブなど、車のディテールの撮影に用いる。
ニコンのスピードライトSB-800と(かなり古いけど)SB-80DXも所有している。これらはあくまでもロケ撮影のバックアップ用で、車のインテリア撮影でライティング機材が不足した場合に使っている。
ニコン以外の機材は次のとおり。どれも重要な役割を担っている。
PRSボールヘッド付きGitzo 5561SGT
HPモバイルパソコンZBook
デドライト x5
1200ws DCストロボ x3
1500ws ACストロボ x2
Kinoflo 4バンク(1.2m) x2
Kinoflo 2バンク(2.4m) x2
カーボンファイバー製リグ(9m)
Aputure ラジオトリガー x9
ご想像どおり、自動車の撮影では大型のライトがたくさん必要になる。海外での撮影では手荷物料金を節約するため現地でレンタルすることが多いが、国内の撮影では自分のライトを使う。
私はだいたいひと月にコマーシャル撮影を2本、エディトリアル撮影を1本抱えていて移動が多いので、キャスター付きのカメラバッグは必需品だ。これがあると機材運搬の負担が減って腰にも優しいし、まさに私の移動スタジオと言える。
素晴らしい写真は、単に一度シャッターをきれば撮れるというものではない。実際には撮影の前後に途方もない時間が費やされている。これからこの業界を目指すフォトグラファーのために、私の典型的なワークフローを紹介しよう。
撮影依頼は通常、パワーポイントでのプレゼンテーションという形で私のデスクへ届けられる。このプレゼンテーションを通じて広告代理店のコンセプトやゴールなどを確認したのち、チームがアングルテストを行う。一台の車を、思いつく限りのあらゆる角度から撮影する。
クライアントが特定のアングルを承認したら、広告代理店が提案するコンセプトに合ったロケーションを探し始める。よい場所が見つからなければ、自分たちで作り上げる。プロジェクトは撮影の許可取りや広告代理店との承認プロセスのやりとりなど、数々のステップを踏みながら進んでいく。すべての段取りが整ったら、ようやく撮影が始まる。
例えば車がプロトタイプで外に持ち出せない場合は、スタジオで車を撮影し、後で背景を合成して1枚の写真を作り上げる。この場合、事前に行うべき作業がいくつも発生する。特にスタジオで撮影する車のアングルと屋外で撮影する際の太陽の位置には細心の注意をはらう。合成時にマッチングの精度を高めて、臨場感あふれるライティングを実現するためだ。
すべてのシーンをばらばらに撮影しパーツとして使用するので、最終的に合成された画像の長辺は12,000から15,000ピクセル辺りに収まることが多い。
上述のとおり、この仕事ではすべてのパートをひとつにまとめ上げる、指揮者のようなスキルが要求される。そのためフォトグラファーはプロジェクトの全体像とゴールを、頭の中で明確に理解していなければならない。
カメラはHP社のモバイルパソコンに接続。そこに、卓越した色再現性を誇るDreamColor液晶モニターをつないで色味の確認を行う。今は連続で撮影せずシングルショットが基本になりつつあるから、シャドーやハイライトなどのトーンは、すべて撮影時に決め込んで一発で仕上げる必要がある。ラップトップ型であっても色を正確に把握できる環境は必須だ。
すべてのパートについて、シャープネス、被写界深度、露出、ライティングのチェックが必要になる。車を丸ごと撮影することはなく、フレーム、タイヤ、フロントウィンドウ、サイドウィンドウ、エンブレム、フロントグリル、ヘッドライト、フォグライト、クロムパーツなど、すべてをパーツごとに撮影する。車のつくる影や、回転するタイヤでさえも、様々なアングルから個別に撮影する。とにかく徹底的にやらなければならない。何一つとして、偶然にまかせることはできないのだ。