撮影時の工夫。
ところで、今カメラに付けているものは?
これはハレ切りです。自分でパーツを組み合わせて作りました。
縦位置・横位置の切り替えは、4×5だったらレボルビング機能でカメラを回転させずに撮影を行えますが、35mmの場合、どうしてもカメラ本体を90°回転させなければいけませんよね。そこでカメラにハレ切りを付けず、カメラに対してクリップオンフラッシュをいろいろな角度にセットできるブラケットを利用し、フラッシュの代わりに遮光板をつけてハレ切りにしたんです。これなら複数の光源がある室内の撮影時も、余計な光をブロックしながら、縦横自由に撮ることができます。特に今カメラにつけている14-24mmのレンズは非常に良いレンズなのですが、レンズが出っ張っている分、光の影響を受けやすいんですよ。
脚にもカバーを付けていらっしゃいますね。
室内の撮影、とりわけ畳などの部屋では、床に傷を付けないか神経を使います。そこでこのようなカバーを付けたのですが、実はこれ、犬用の靴下なんです(笑)。三脚のカバーにちょうど良い物はないか探して、ここにたどり着きました。滑り止めもついているので、一石二鳥です。
一概に建築物の撮影といっても、本当に状況はさまざま。どのような環境でもスムーズに撮影が進むよう、いつも自分なりの工夫をしています。
D800の気になるポイント。
ここまでD800の良い点を挙げていただきましたが、逆に気になった点はありますか?
建築写真を撮っている立場からあえて言うと、形状的な点でD800とPCレンズは相性が良くないですね。
横位置ではさほど気にならないのですが、問題は縦位置。例えばPCレンズを装着したD3Xで縦位置を撮る時は、縦位置にしたカメラに合わせレンズをレボルビングさせれば、同じ操作感で撮影できますよね。
ところがD800はフラッシュを内蔵しているため、ペンタ部が前に突き出しています。そのためD3Xを使っていた感覚でレンズを回転させると、レンズをシフトさせるつまみがフラッシュに当たり、90°回りきらないのです。それでも、全く使えないというわけではありません。レンズを反対側に回すとアオリ操作自体は可能なのですが、やはりフラッシュが邪魔してつまみを回しにくい。さらにつまみの位置関係が左右逆になるため、操作も非常にしづらいのです。
そう考えると、この内蔵フラッシュは本当に必要だったのか疑問に思えます。
建築写真を撮る人であれば、D4より高画素のD800を使いたいと思う人は多いはず。それだけに、何らかの対処法を考えた方が良いのではないでしょうか。
NPS 註記:
※ D3シリーズ/D4 以外のカメラでは、アオリ操作(シフト、ティルト、レボルビング)の組み合わせにより、カメラボディーと干渉しますので、充分ご注意ください。(PC-E24㎜の使用説明書より)
※NPS窓口、全国のサービス機関にてシフトノブの交換をさせていただいております。詳細はNPS窓口又は各サービスセンターにお問い合わせください。
確かにせっかく良いカメラだけに、これはもったいない気がしますね。
それから、あえてこのようなレベルのカメラが出たからこそ言うのですが、高画素のカメラというのは、広いエリアを高精細に記録できるというメリットがありますよね。ですが、例えばこのような部屋の中で手前にあるものと奥にあるものをきっちりピントを合わせて撮ろうとした場合、アオリ機構を持ったビューカメラでは比較的容易にそれができますが、35mmではPCレンズを使わないと撮れないんですよ。
つまり高画素の35mmの出現により、PCレンズの必要性はさらに増したと思うのです。少しシフトやティルトができるだけで、写真は変わります。カメラ自体は広いエリアを高精細に描写するポテンシャルがあるのに、それが手軽にできないのはもったいない。特にニコンには45mmや85mmの良いPCレンズもあるので、その技術をさらに活かす方向で考えて欲しいですね。
確かにPCレンズは「敷居の高いレンズ」という印象です。
特に広角レンズで写真を撮る時、レンズを少し上に向けると、とたんにパースがついて上部がすぼまった画になってしまいますよね。でも我々の目はそのようには見えていません。そんな時もアオリレンズを使えば、自然なパースの画を撮ることができます。
人の目の印象に近づくことが写真の理想の一つだと思うのですが、多くの方が「レンズの特性による歪みは仕方ない。アオリは特殊な技術」と思ってしまっているのが残念なんです。目で見たとおりに撮りたいと思うのは、自然なことだと思いませんか?ニコンには、ぜひもっとPCレンズのバリエーションを増やし、普及させてほしいですね。
PCレンズ以外に、よく使っているレンズはなんでしょう?
今カメラに付けている14-24mmの広角ズームレンズです。これは素晴らしいですよ。よくこんなものを作ったなと感心しています。
14-24mmという超広角のエリアでズームが効き、しかもどの焦点域でも非常に描写力が高い。単焦点レンズに近いくらいの描写力があるように感じます。こんなレンズ、いままでありませんでした。まさにD800の機動性が活かせるレンズです。できれば超広角の単焦点もあるといいなとは思いますが(笑)。
他に何か要望などはありますか?
ニコンは、ハードは素晴らしい。だからこそ、ソフトにももっと力を入れてほしいと思っています。もちろん私も現像や加工にはCaptureNX2を使っていますが、正直少し使いにくい。
すでに写真は、レンズとカメラ本体だけで成り立つものではありませんよね。フィルムの時は、カメラメーカーはカメラだけに注力していればよかったでしょう。でもデジタルカメラは、いわばフィルム付きカメラみたいなもの。フィルムメーカーが行なっていた仕事まで、トータルで請け負わなければなりません。大変なことだとは思いますが、頑張って欲しいと思います。
D800の実用性。
総括的なことをお尋ねします。
3600万という画素数を聞いたとき、おそらく多くの方が中判や大判のカメラとの比較が頭に浮かんだと思いますが、その点はいかがでしょうか。
確かに中判機にも匹敵するような画素数ではありますが、あくまで画素数はカメラの性能のうちの一つ。でき上がった写真を比べてみたとき、総合的にはまだ同レベルというわけではありません。そもそもカメラの構造からいっても、大判や中判とは別物なので、D800があれば大判や中判はなくても良いということではありません。
でも、全てが中判機には及ばないかというと、決してそんなこともないのです。
例えば先ほども触れました、中判カメラのライブビュー表示の反応速度の遅さ。また中判のバックタイプは、センサーの特性により広角で撮影すると周辺部の色むらが激しいので、絵柄ごとに必ずキャリブレーションショットを撮影しておく(白いボードを撮影しておく)必要があります。実はそれが結構面倒。余計な手間はないほうがいいはずです。さらに機動性においては、中判・大判と比ぶべくもないですよね。
佐藤さんのように建築物を撮影されている方で、自身の仕事にD800を使えるかどうか気になっている方も少なくないと思います。佐藤さんの実感としてはいかがですか。
仕事の内容にもよりますが、もちろん使えます。この2年程、それまで大判でやっていた仕事のうち、D3Xでも可能な撮影は切り替えてやってきました。D800であればさらに切り替えの幅は拡がるはずです。ただし、今お話ししたようにすべての撮影をD800でカバーできるわけではありません。「D800は中判や大判カメラの廉価版」と考えるのではなく、それぞれの特性を理解した上でシーンやイメージに合わせチョイスするといったスタンスで使うと、さらに自分の作品の幅が拡がるし、またそれを可能にしてくれるカメラだと思います。
ご自身の活動で、今後考えていることはありますか?
何か新しいことというより、これまで続けてきた、都市を中心とした風景を高画素・高精細で撮るということを、フィルム・デジタルにこだわらずやっていきたいと考えています。
デジタルが普及し始めた頃が、フィルムの技術は絶頂期だったように思います。そんな長年研究と改良を繰り返してきたフィルムに比べると、デジタルはまだ黎明期というか、これから発展していくものでしょう。だから当然、私がフィルムの時にこだわっていた感じに、まだ追いついていない点も多々あります。でもそれは現段階で言ってもしかたのないこと。ニコンにも頑張ってもらいたいし、我々フォトグラファーも工夫し、フィルムでできていたことをまたデジタルでもできるようにしていかねばならないのではないでしょうか。
だから最近では、あまり不平不満を言わないようにしています(笑)。それでも現場で直に感じたことは、カメラをより良くするための意見として、これからもニコンに伝えていきたいと思っています。
撮影協力:神奈川県 鶴巻温泉 旅館 元湯・陣屋
大正7年創業の由緒ある旅館。今回の撮影場所としてご協力いただいたこの「松風の間」では、将棋・囲碁の歴史に残る名勝負が今も行なわれています。
D4のサブ機でも、D700の後続機でもない、むしろ新ジャンルの35mmとも言えるD800。
そのスペックを十分に活かすことを考えると、必ずしも手軽に使いこなせるカメラとは言えないかもしれません。しかしそれゆえに、撮影時の新鮮な高揚感と新たなカメラの可能性を、キャリアの長いユーザーにも再び感じさせてくれる、そんな機種なのではないかという印象を受けました。
大型のカメラでは撮り得なかった、思わぬアングルからの写真にもどんどんチャレンジしたいと語ってくれた佐藤さん。誰も見たことのない都市の風景が、今後もD800によって切り取られていくことでしょう。
佐藤 振一 さとう しんいち
インテリア・建築
1966年大分県大分市生まれ。1988年日本大学芸術学部写真学科卒業。商業施設設計・施工会社で写真撮影を担当した後1995年にフリーランスとなる。インテリア・建築写真をベースに、大型カメラの持つ精緻な描写と独特な透明感を生かしたルポルタージュを得意とする。デザイン・建築誌のほかドキュメンタリー系の媒体にも作品を発表。ライフワークとして都市の日常をテーマにした作品作りを続けている。
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