解像感だけではない、超高画素機が生み出す新基準のクオリティ。
カメラグランプリ2012「大賞」を受賞したD800。
しかしユーザーとして気になるのは、その実用性。35mmであえて3000万を越える画素数にした意味と効果は?大判・中判デジタルカメラにどれほど迫っているのか?D800とD800E、どちらが良いか?など、巷ではさまざまな声が聞かれます。
そこで今回は、フォトグラファー・佐藤振一氏に、これらの疑問に答えていただきました。
仕事で使用する中から見えてきた、真の実力。さらには独自のメニュー設定まで、実践に基づく具体的なお話もうかがっています。
「高精細な描写が生むリアリティ」がテーマ。
佐藤さんはお仕事として、主に建築物の撮影をされていると思いますが、もともと建築に興味があったのですか。
最初から建築物を撮ろうと思っていたわけではありません。大学では写真を専攻していたのですが、学生の時から大判カメラが好きで、よく4×5で街の風景などを撮影していました。卒業後も4×5を使って仕事ができないかと考えていたところ、建築写真が良いのではというアドバイスがあり、それがきっかけで商業施設の設計施工会社に就職。撮り続けているうちに建築雑誌などにも名前が載るようになって、今ではすっかり建築写真家と言われることが多くなりました。
ご自身の作品制作に4×5を使われていたのはなぜでしょうか?
明確に伝えるのは難しいのですが、「当たり前の風景を、当たり前のように撮りたい」ということかもしれません。
私の作品は、特殊な被写体ではありませんし、奇抜なアングルで撮ってもいません。ありふれた日常的な風景をいたって普通のアングルで撮っています。でもそれを超高精細で撮ることで生まれる、独特の面白さやリアリティの追求がテーマといいますか…。その意識は学生の頃から変わりません。
佐藤さんのサイトの作品を拝見しましたが、通常の35mm写真とはやはり雰囲気が違いますね。例えばビル群を俯瞰した写真では、連なるビル一つ一つにピントが合っていて、画面全体からさまざまな物語を感じました。
人間の目というのは非常によくできています。写真のように特定の場所をきっちりと切り取っているわけではありませんよね。風景の中の部分部分を常にキョロキョロと見ていて、その情報を組み合わせ、全体として把握しているように思います。
また人の目は、特に注目するものに対して一瞬そこだけ高精細にズームすることもできますが、その際も写真のように被写体の背景をぼかしたりはしません。特定のものを注視しているので意識には入らないかもしれませんが、隅々までかなり細かく見えているはず。
実際はそのように、一般的な写真で表現されたものとはかなり違う見え方をしているわけです。
大判のカメラで広いエリアにピントを合わせて撮った写真を見ると、やはり写真の中のさまざまな部分に目がいくじゃありませんか。つまり隅々までしっかりと描写することで、実際の人の視線により近づくのではないかと思うのです。
ニコンのカメラとの出会いはいつ頃だったのでしょう?
中学生の頃です。風変わりな理科の先生がいて、その先生の研究室と化した理科準備室に入り浸っていました。その先生が、化石の標本などを撮るのに使用していたのが、ニコンのF2。銀色のボディに、小気味良いシャッター音。とてもかっこ良かったですね。
さらにその先生は、理科準備室の中に暗室を作っており、そこで写真の焼き方なども教わりました。
そして高校生の時、ついに憧れのF2を中古で手に入れ、晴れて私もニコンユーザーに。しかし大学で4×5の魅力にはまってからは、ずっと4×5で作品を作り続けていました。
ところが時代は急激にデジタルへ移行。気に入っていたフィルムも製造中止になるなど、次第にフィルムでの仕事がしにくくなってきます。結局そのような流れが、皮肉にもまたニコンに戻ってくるきっかけになりました(笑)。
デジタルカメラでは、まずはD3を導入。その後、当時35mm最高クラスの画素数・2450万画素のD3Xに切り替えました。
解像力だけではないD800の魅力。
今回発売されたD800。D3Xと比較していかがでしたか?
建築物からモデル撮影まで、すでに仕事でも使用していますが、私の実感としてD3Xを超えていると思います。
まず、ダイナミックレンジが広い。明らかに白飛びや黒つぶれしにくくなっています。またD3Xはとても良いカメラなのですが、以前から撮影した写真に若干硬い印象がありました。それに比べD800は、滑らかで柔らかい感じがします。もっともD800とD800Eとでも、また印象が違いますが…。
D800に対し、D800Eはローパスフィルターの働きをなくし、解像力を最大限に引き出しています。このことをご存知の方もすでに多いかと思いますが、佐藤さんご自身はどう感じましたか?
確かに解像感はD800Eが優れていると私も感じました。ただし、一般的にどちらのカメラが良いかという話になると、難しいですね。
建築写真を撮る上で、解像感は重要な要素です。でも写真はそれだけではありませんよね。今ダイナミックレンジの話もしましたが、中判デジタル(以降「中判」と略)を使っている多くの方は、解像感だけでなく階調表現も重視しているのではないかと思います。
私もやはり、階調の豊かさは常に気にしています。私が4×5や8×10を使うのは、シャープさを追求するためだけではなく、深い奥行きと滑らかなトーンが生み出すリアリティに惹かれるからです。
そのような観点から考えると、意外とD800も悪くない(笑)。
いずれにせよ、D800もD800Eもまずその画素数が注目されていますが、従来の35mmに比べ階調が豊かになったことを、私は評価しています。
これまでの一般的な認識からすると、画素数が増えた分、撮像素子の画素ピッチが狭くなり、その結果階調も出にくくなるのではという気がしてしまうのですが…。
そうですね、実は私も、センサーの大きさを変えずに35mmのまま画素数を上げれば、階調が出にくくなると思っていました。ところがニコンに確認したところ、最近ではさらに技術が進み、必ずしも画素数と階調の幅は反比例するとは限らなくなってきているとのことでした。
3630万画素の意味。
それから気になるのは、画素数。撮影した写真を雑誌に使用したりWEBにアップしたりする場合には、3630万画素も必要はありませんよね。そのように撮影しても結局解像度を落とすことになると思うのですが、それでも高画素で撮影する意味はあるのですか?
よく聞かれる問題です。確かに理屈から言えば必要ありませんよね。中判の場合、8000万画素といったカメラもありますが、よほど大きく引き伸ばさない限り、そこまで解像度は必要ないはず。通常はせいぜいA3までの使用ですよね。でもサイズを落としても、高解像度で撮影したものと必要最低限の解像度で撮影したものを比較すると、やはり違って見えるのです。おそらく総合的な情報量の差は、サイズを落としても現れてくるのでしょう。
すでに多くの方が、通常の印刷物の撮影には1000万画素台があればいいという認識になっているときになぜ3630万画素なのかと疑問に思っていたのですが、通常の印刷物においても画素数の多さはアドバンテージになるということですね。
そう思います。極端に言うと例えばWEBなどの場合、モニタのサイズが2880pixelだからといって、幅2880pixelで撮影すれば良いということにはならないでしょう?
フィルムでもそうです。A4見開きの建築雑誌の場合、昔は6×9で撮るケースも多々ありました。6×9というと4×5の1/4ほどのサイズしかありませんが、画質としては十分。だから6×9でも問題なかったのですが、それでも4×5で撮影した印刷物に比べるとやはり印象が違いましたよ。単純に数値が足りているかどうかということではないのです。
ところで、よく雑誌やWEBのカメラの性能比較で、部分的に拡大した写真を並べて掲載していますよね。カメラの性能を見る上では、そういう評価の仕方もあるでしょう。でもpixel等倍で比べても、実際にその大きさで鑑賞するわけではないので、実感が湧きません。私にとって重要なのは「実際に鑑賞するサイズで写真を見たときの印象がどうか」です。最近D800で撮影した写真が建築雑誌に載り始めましたが、A4ページ大(A4サイズ)で比較してもD3XとD800の差は分かりました。
これは私にとって非常に重要なポイントで、3630万画素は現実的に意味のあるものだと思います。