プロの視点から評価する、ニコン新ブランドカメラの実力。
加熱するミラーレスカメラ市場に、ニコンが新たな潮流を創るべく投入した、新世代プレミアムカメラ「Nikon 1(One)」。アマチュアからプロユーザーまで、その実力に注目されている方も多いことでしょう。
今回インタビューを行ったのは、発売と同時に「Nikon 1」を購入したという鉄道写真家・中井精也氏。
「ゆる鉄」「1日1鉄!」など、オリジナルな活動で人気の中井氏が、新プロジェクト「DREAM TRAIN」で早速本機を使用されたとのこと。
日本を縦断する旅の中、各地の鉄道風景やそこに暮らす人々を撮り続けて感じた、そのポテンシャルとは。プロの目から見た「Nikon 1」について、お話をうかがいました。
カメラや車両には興味がなかった。
中井さんは鉄道写真家としてのお仕事以外にも、「ゆる鉄」や「1日1鉄!」など、独自の活動でも注目されていますね。ただ、ブログなどで見られるこれらの写真は、一般的な鉄道写真とは印象が少し違う気がします。
「鉄道写真を撮る人」というと、まず鉄道そのものが好き。さらにカメラにもこだわっている。そんなイメージではないかと思います。
でも僕は列車にもカメラにも、それ自体にはさほど思い入れがありませんでした。小学生の頃から、「鉄道のある風景を撮ること」に興味があったのです。
ずいぶん趣向の渋い子供だったのですね(笑)。
最初は学校の友だちの間で話題になっていた、新型の車両を撮りに行ったことがきっかけではありました。ですがそのうちに古い列車を撮りたくなり、さらに周りの風景も撮りたくなり、というように徐々に被写体が広がっていきました。
普通の鉄道ファンは、車両をより鮮明に、魅力的に撮ろうとします。でも僕の場合は、ファインダーの中で逆に車両がどんどん小さくなっていき…。昔から、駅だけとか線路の周囲にいる犬など、そんな「車両のない鉄道写真」ばかり撮っていましたね。
それが「ゆる鉄」につながっているのですね。
そうではありますが、そればかりではありません。
例えば、わたらせ渓谷鉄道の駅で桜と列車を撮ったとしましょう。でも僕が撮りたいのは、「わたらせ渓谷鉄道の桜の風景」ではないんですね。「ローカル線」という言葉を聞いた時に、皆さんの頭の中に浮かんでくる「ローカル線のイメージ」を写真として表現したいと思っています。
僕の写真には、列車が小さく写っている作品が多いでしょう?現実の具体的な情報を極力カットすることで、特定の鉄道ではなく、見た方一人一人の中にある「どこかのローカル線」という心象風景に近づけていく。それを目指しているのです。
また、世の中には「どうだ!見てくれ」という自己主張の強い写真が少なくないですよね。もちろんそれはそれで良いのですが、でも僕は写真を見た方がのんびりしてくれたりほっこりしてくれたり、そんな写真を撮りたいと思っています。それが「ゆる鉄」というわけです。
原点に立ち返るために始めた「1日1鉄!」。
「1日1鉄!」も、大変な活動ですね。
2004年にスタートしたので、もう7年ですか。毎日鉄道を撮り続けています。
きっかけはカメラ雑誌の企画。他社のカメラを長期レポートする話が来たのです。
でも当時のデジカメは、今のようにプロが仕事に使うには十分な性能とは言いがたかったですし、まして600万画素ほどのカメラで通常の仕事は無理だと。ならばむしろ好きなものを撮ってみようと思い、大変なこととはわかっていましたが「1日1鉄!」を始めました。
仕事で鉄道を撮り始め、10年ほど経ったころでもありました。本来、先程話したような鉄道写真が撮りたくて鉄道写真家になったのに、仕事の依頼は列車のアップの写真ばかり。少し気持ちが萎えかけていたんですね。そしてそんなある日、九州の「ゆふいんの森」という特急を撮ってきて欲しいと言われ、「面倒くさいな」と思ってしまったのです。あれだけ好きだった鉄道写真なのに、自分の中でいつの間にか単なる義務になっていたことがショックでした。あらためて、「自分が本当に撮りたい鉄道写真を、自ら撮っていこう」と思ったのです。
最初は商売にならなくても、それを発表していくことで鉄道写真そのものの価値観みたいなものが変わっていけば、いずれこのような写真も仕事になるのではないかとも考えていました。
その通り「1日1鉄!」は本にもなりましたし、気軽に鉄道写真を楽しみたいという一般の方もずいぶん増えましたよね。
おかげで、今は鉄道100%で仕事ができています。
やはり楽しんで好きなものを撮っていないと、良い作品は作れないのかもしれません。
それに僕の場合、同じ「鉄道」という被写体で、依頼された仕事と自分の作品の両方を撮れたというのが、幸運だったかもしれないですね。
テレビやイベントでも話が楽しいと評判ですし、ニコンカレッジをはじめとした講習会もずいぶん盛況のようですね。
写真にはユーモアも必要だと思っています。僕自身があまりシリアスな感じのキャラクターではないので、楽しい話や楽しい作品が好きというのもあるんですが…。
それに人に対してオープンなことも、良いのかもしれませんね。講演の様子を写真に撮ってブログにアップしてもらうのもOKですし、写真展でも会場内撮影を許可しています。皆さんにより近い存在でいたい。そして多くの方に写真が楽しいということを伝えたいと思っています。
アマチュア時代。独学しながらいろんなことに気づき、ステップアップしてきました。「こんなちょっとしたことで写真は変わるんだ!」といった、かつて自分の実感を、本や講習に盛り込んでいるのが共感につながっているのかもしれませんね。
「旅情」を探求する、日本縦断の新企画。
そして、最新の活動「DREAM TRAIN」。これはどのようなものなのでしょう?
鉄道で旅をする中で出会った人たちにポートレート撮らせてもらいながら、その人の夢をうかがうという企画です。日本最北の駅・稚内駅(北海道稚内市)から最南端の駅・枕崎駅(鹿児島県枕崎市)まで、19日間かけて鈍行列車を乗り継ぐ、約7,000kmの旅です。
先程僕が撮りたいものについてお話ししましたが、結局僕は「鉄道から感じる旅情」を撮りたいのではないかと思い至ったのです。
多くの方がよく、僕の写真から旅情が感じられると言ってくださいます。でも僕自身は、旅先でふと胸の中で湧き上がる感傷、その臨場感をまだ表現しきれていないと思っていました。
ローカル線の線路を見た時、「あ、懐かしいなあ」「田舎に帰りたいなあ」といったような郷愁を感じたりしませんか?かつて僕の師匠・真島満秀先生は、「鉄道は人が動かし人を運ぶものなので、線路の上にはたくさんの人の想いが移動している。その想いが線路には帯びているんじゃないか。」といったことをおっしゃっていて…。それを聞いた当時はピンとこなかったのですが、最近先生の言葉がなんとなくわかるようになってきました。
そこで鉄道という舞台で、もっと人にカメラを向けてみたら「旅情とは何か?」が見えてくるんじゃないか?そう考えたんですね。
でもお忙しい中、スケジュール調整が大変だったのではないですか?
企画を十分に練る時間がなく、正直見切り発車といった感はあります。もともと休みもないのに、なぜ19日間もスケジュールを空けて鈍行列車で旅をするのか。そして、なぜこんなにストイックにやるのか。きちんと気持ちの整理がつかないまま、なんだか駆り立てられるように始めてしまいました。
このことには、東日本大震災も影響していると思います。震災後、様々な報道や現地の方々に会って感じた、「普通の人」の凄さ。それを引き出し、まとめ、一気に見せることで、大変なパワーを表現できるのではないか。そんなことを考えました。
普通の人の凄さ、ですか?
例えば街や旅先ですれ違う、名前も知らない多くの方たちにも、それぞれが抱える人生の物語や夢がある。当たり前のようですが、その重さをあらためて感じてしまったんですね。
鈍行列車にこだわったのは、そんな「普通の人」のありのままを撮りたいという思いがあったからでした。
もちろん、離れた距離をあっという間に移動する特急電車でしか出会えない、魅力的な人・個性的な人たちもいることでしょう。大きなチェロを持っているような方であれば、はっきりとした夢や目標をお聞きするのは難しくない気もします。でもそうではない、僕たちと同じ「普通の人」の、おそらく普段は胸の奥にしまっているであろう夢をお聞きし、日常の姿をカメラに収めたかったのです。
そして、そんな出会いを撮るのに、Nikon 1こそ最適のカメラでした。
Nikon 1、「DREAM TRAIN」では早速使われたのですね。
「DREAM TRAIN」のメインビジュアルは、すでにD700とAF-S NIKKOR 24mm f/1.4G EDのレンズで撮るということを決めていました。この組み合わせが映し出す空気感というか、背景のボケ方がすごく好きで。
でもそれ以外のスナップは別のカメラで撮りたかったんです。それには、レンズを向けられた方が撮られていることを忘れるような、できるだけ小さくて風のように撮れる、そんなカメラがいいなと思っていて…。
最初はD5100とWズームキットで撮ろうかなと考えていたのですが、ちょうど良いタイミングでNikon 1が発売され、よかったです。