位置調整が難しい撮影も、無線LANで効率UP。
雑誌のお仕事ではさまざまな被写体や現場での撮影があると思いますが、どのように無線LANを活用されていますでしょう?
例えば時計やアクセサリなど、位置あわせが大変な被写体の撮影時。僕はニコンのCamera Control Pro 2というソフトをよく使います。これはデジタル一眼レフカメラの機能をパソコンからコントロールしたり取り込んだ写真の閲覧をするためのソフトなのですが、無線LANにも対応しているので、これをインストールしたUMPC(Ultra Mobile PC)を使い、カメラから離れて撮影しています。
どのように使われるのですか?
UMPCは被写体のすぐ横に置き、先に紹介したWT-4とCamera Control Pro2で使用します。そしてカメラの設定はLiveViewが見られるPCモードで使用します。これによりUSBコード接続の時と同じように無線で実際に映るイメージを確認しながら、被写体の微妙な位置合わせも行えるのです。
これなら一人でもブツ撮りができますね。
通常はアシスタントに頼む被写体の位置調整も、自分で位置調整をしながら撮影できますから、効率よくイメージ通りの撮影を行うことが可能です。あわせてブツ撮りのライティングには、ワイヤレスストロボなども使ったりします。手元のリモコンで3灯までコントロールできますから、カメラの操作からライティングまでいちいち動かずに行えるのです。実際に一人で撮影しなければならない時もあるので、大変助かります。
モデルとのコミュニケーションも向上する撮影術。
モデル撮影の時などはどうでしょう?
無線LANによって、効率化はもちろんクライアントやモデルとのコミュニケーションも向上しましたね。撮影しながらパソコンで確認してもらえるというのは当たり前ですが、最近スタジオ撮影時には、撮影写真の確認にトレーシングペーパーを使うという方法も行っています。
撮影の確認にトレーシングパーパーとは、初めて聞きました。
これも僕が考えた方法です。パソコンと無線LAN対応プロジェクタをネットワークし、取り込んだ写真をスクリーン状に張った大判のトレーシングペーパーに映し出すのです。クライアントには常時撮影結果を見てもらえますし、モデルには自分のポージングを、スタイリストには洋服の見え方をそれぞれ確認してもらえます。さらに映すだけでなくチェック点を画面に書き込んだり、前回撮影したデータを映し出して直接アタリを書き込んで同じシチュエーションを再現する、などと言ったこともできます。導入してからというもの、ずいぶん皆さんには好評なんです。これも無線LANがあればこそなんですよ。
オープンロケの撮影テクニック。
ところで、オープンロケでパソコンを使うのは大変ではないですか?
そうですね。砂浜などデジタル機器を持ち込みたくない場所での撮影は、結構気を遣います。でもそのような時は、撮影場所から少し離れた安全な場所に遮光テントを張り、そこにパソコンをセッティング。さらに撮影場所との中間地点に無線LANアクセスポイントを設置することで、屋外でも安全な無線LAN環境を構築できます。
カメラからパソコンまで、どのくらいの距離がとれるのですか?
確実に通信を行うために安全な距離は30m程でしょう。アクセスポイントを使えば理論上は100m以上の通信が行えるのですが、撮影現場では電波の障壁となる人の行き来が激しいですから、この程度と考えていた方が良いと思います。
その際、電源はどうされていますか?
電源を確保しづらい場合、ポータブル電源を使うこともありますが、僕はよく車のシガーソケットからポータブルインバーターをつかってAC電源を確保しています。天候などのコンデションが悪い場合は、カメラを表に置き、車の中からコントロールすることもあります。
今後活用してみたい撮影法などはあるでしょうか?
先ほど紹介しましたCamera Control Pro 2を使い、昨年インターネット経由で大阪から東京のカメラを遠隔操作し撮影する実験も行い、見事成功しました。このようなケースは殆どないと思いますが、応用の仕方で野鳥などの撮影にも使えるかも知れませんね。
他にも業務用のアンテナを使い数十km先のカメラをコントロールするなど、今後も遠隔地からのカメラ操作はいろいろと応用ができるかも知れません。
ネットワークの活用が、仕事の質の向上と信用の拡大につながる。
ここまでうかがってきて感じたのですが、デジタルカメラはパソコンとのネットワークによって利用範囲がどんどん広がるものなのですね。
まさにそうです。でも単に繋げるだけでは得られるメリットは限られています。ここに様々な周辺機器も絡めながら、いかに仕事全体を効率よく進める環境を作れるかが重要でしょう。
具体例などよろしいでしょうか?
例えばブツ撮りなどの際、僕は現場にパソコンなどと共にカラーマネージメントツールを持って行きます。まずは無線LANを使ってクライアントにリアルタイムで画像を確認してもらいながら撮影を進めます。そしてOKが出た写真に対し、そのツールを使って実物の色を計測し、作業用CMYKでプレビューしながら実際に印刷される色に近づけます。さらに、調整した色をその場でまたクライアントに確認してもらいます。そこまで現場でやってしまえば、後は印刷に回すだけ。この段階でデータは手から離れ、後処理に追われることはありません。
フォトグラファーとしての基本的な仕事を、撮影現場で完了させてしまうのですね。
そうです。それにここまできちんと処理、確認ができているデータは印刷会社にとっても印刷しやすいデータなんです。一度印刷会社と工程について確認を取り合えれば、以降は特に細かな指示を出さなくても、モニタやDDCP(デジタルダイレクトカラープルーフ)とほぼ同じ印刷結果となります。
直接クライアントの目の前で調整をし、承認をもらえれば、仕事は早く進みますね。
実際にクライアントからは「ポパイは色が合う」と言われました。結果、これまで年1~2回の出稿だったクライアントに、毎号広告を入れていただけるようになったケースが何度もあります。このように、撮影→調整→確認→印刷といった工程にスピード化と確実性をもたらし、さらには信用をも勝ち得る作業工程も、無線LANなどの通信システムを有効活用することで可能になるのです。加えてこのことが、作品のクオリティ向上にも繋がっていきます。
フォトグラファーとデジタルの、より良い関係構築のために。
「無線LANで作品のクオリティが上がる」とはどういうことでしょう?
まずなにより「コードがない」ということが、フォトグラファーの創造性を解放します。オープンロケの際なども、いろんな角度からモデルを撮影したいのに、ケーブルに制限されて撮影できないとなっては本末転倒でしょう。デジタルの即時性を活かしながら、制約されずにイメージを追求できる。これは重要なことです。
バックアップなどの心配もせずに仕事に集中できる点も、大きなメリットですね。
もちろん。そしてクオリティの点でもう一つ。僕はよりイメージに近づけるため、撮影したものを必ず画像加工しています。ですがそういった加工は、撮影後しばらく時間を置いてから行ってはダメなんです。撮影した時の気持ち、感じ方を忘れないうちにきちんと処理に持ち込まないと作品としてのイメージが弱まってしまう。撮影の時間は限られています。タイトなスケジュールの中で撮影から加工までを行うには、わずかな時間でも惜しいのです。気持ちが醒めないうちに撮影した写真を一気に完成品へ昇華するためにも、今では無線LANの活用は必須となっています。
デジタルをきちんと理解し、このような無線LANをはじめとするシステムを活用することで、本来の一番重要な部分に時間が取れるということですね。
そうです。逆に、デジタルカメラやデジタル機器、処理ソフトなどは何となく使えてはしまうけれど、漠然と使っているとかえって時間もコストも大幅にロスし、作品のクオリティにも影響する可能性があります。
僕らは雑誌がメイン。だから特定の被写体ばかりを撮っている訳ではありません。もちろんジャンルによって得手不得手はありますが、それを言い訳にはできません。仕事とした以上、全てにおいてクオリティの高い写真を提供するのがプロの仕事と考えています。そのための大きな力となってくれるのが、デジタルカメラと無線LANをはじめとするさまざまデジタル機器です。
とはいえWT-4にしても、その他デジタル機器にしても、みな決して安い物ではありませんよね。その点で躊躇されている方も多いと思います。でもプロとして設備投資は必須。またそれらを活用することで仕事の効率とクオリティがアップし、クライアントの信用の得、結果仕事が増えればむしろ安い買い物ですし、実際に僕もそのように仕事を増やしてきました。
でもここで忘れてほしくないのは、単純にデジタル機器を導入するだけではダメだということ。「自分の仕事のクオリティと効率を上げるためにはどうしたら良いか」という命題から逆算し、自分にあった作業手順や技術の組合せ方を見つけていくことが、これからのフォトグラファーには必要なのだと思います。
無線LANに留まらず、ご自身の持つ様々なノウハウを惜しげもなくご披露下さった茂手木氏。曰く、「いつも新しいアイデアを考えているので、構わないのです」。
常に最新の技術に目を向け、より良いメソッドを模索、研鑽し続ける茂手木氏と、そんな氏の仕事をサポートしているWT-4に今後も要注目です。
茂手木 秀行 もてぎ ひでゆき
東京都出身。
(株)マガジンハウス勤務、ポパイ編集部スタッフフォトグラファー。
APA会員、雑誌写真記者会会員
2003年/2005年雑誌写真記者会ファッション部門賞、2004年雑誌写真記者会優秀賞、2005年個展「Tokyo湾岸」、2007年個展「道の行方」。
2007年「Hello,Monochrome!」2008年「Hello,Monochrome!2」プロデュース。
2008年Kodakカレンダー、2009年にも個展開催予定
その他、レタッチ、カラーマネージメント関連の記事執筆、セミナー多数
無線LANシステムを中心にした自動処理システム作りに熱中する傍ら、モノクロフォト復権を目指し写真雑誌各紙に作品発表している。
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