ヨンサンハチロクの正統的後継者
Nikon seriesE Zoom 36-72mm F3.5
第九十一夜はNikon seriesE Zoom 36-72mm F3.5を取り上げます。ニコンレンズシリーズE初の標準ズームレンズはどんなレンズだったのでしょう。コンセプトやスペックを見たら、まさにヨンサンハチロク(Nikkor43-86㎜F3.5の愛称)の再来。そう思わせるこのレンズにはどんな物語があるのでしょうか。そして設計者はどんな人だったのでしょうか。
今夜はニコンレンズシリーズEとして登場した初めての標準ズームレンズの秘密を解き明かしていきましょう。
佐藤治夫
皆さんご存じのZoom NIKKOR Auto 43-86mmF3.5(愛称ヨンサンハチロク)は、1960年代初めての実用的標準ズームレンズとして長年愛された唯一無二のニッコールレンズです。しかしそのヨンサンハチロクも1980年代には店頭から姿を消し始めます。それではヨンサンハチロクの正統的な後継者はどのレンズなのか。ニコンファンは各々自説を説き始めます。ヨンサンハチロクの真の後継者は?…。Ai Zoom Nikkor 35-70mm F3.3-4.5Sがきっと正統的な後継者だ、いやいや35-105mmだ…と、ニコンファンは思い思いのレンズを頭に浮かべていました。それではヨンサンハチロク二世と言える正統的な後継者は、どのズームレンズなのでしょうか。私はこのニコンレンズシリーズE ズーム36-72mmF3.5(愛称サンロクナナニイ)こそヨンサンハチロクの正式な後継者だとここで宣言したい。その理由は第一にコンセプトの合致。私は真の標準ズームレンズとして最も大切なコンセプトが3つあると思っています。一つは携帯可能なサイズと重さ。二つ目は徹底的にコストダウンされた安価な価格。三つ目はもちろん十分な光学性能。その三つのコンセプトが、まさにこの ニコンレンズシリーズEの「サンロクナナニイ」には備わっているのです。このサンロクナナニイはまさに直系。ヨンサンハチロクのDNAを受け継いだ直系の標準ズームレンズだったのです。
日本の名設計者は一般に知られる事があまりありませんが、その足跡は報告書や開発履歴、特許公報等によって辿る事が出来ます。それではNikon seriesE Zoom 36-72mm F3.5の開発履歴を遡ってみましょう。もうニッコール千夜一夜物語の読者の皆様には耳に蛸だと思いますが、ニコンレンズシリーズEはニコンの光学設計者自身が設計開発したレンズです。したがって、他のニッコールと設計方法や開発方法は同様でした。さらに付け加えるならば、ニコンレンズシリーズEの開発においても歴代の名設計者が加わっていたのです。このサンロクナナニイの設計者は歴代の設計者の中でも奇才中の奇才(?)。とてもユニークな方でした。
光学設計は当時、光学部第一光学課に所属していた最上聡氏です。最上さんは特に天文学に精通していた理論家で、後記しますが在職は短期間でした。私が入社した頃(1985年)大型コンピューターを全社で使うような業務体制だったので、まるで通勤ラッシュ回避の如く研究設計部門では時差勤務が存在していました。私はむしろ早番が好みだったのですが、最上さんは昼12時45分スタートの最も遅い時間勤務を選択していました。きっと皆が帰って静寂になるこの時間帯なら、集中して仕事ができると考えていたのでしょう。まさに業務効率を重視していたに違いないのです。最上さんの設計した光学系は多岐にわたりました。特許や報告書を調べると、投影レンズからAF光学系、TV用ズームに関する特許まで出願していました。カメラレンズ関連では36-72mm F3.5の他にAi Nikkor 24mm F2やクローズアップレンズの商品化も手掛けていたようです。ニコンを旋風のように駆け抜けていった最上さん。その爪痕をしっかりと残していきました。そんな設計には、最上さんらしい特徴が盛り込まれていました。今夜はその足跡を追いましょう。
それでは開発履歴を見ていきましょう。このレンズの設計案と思しきレンズ設計報告書が二通存在します。一通は昭和54(1979)年8月27日付け、もう一通は昭和55(1980)年10月2日付けの設計案です。比較すると明らかに後者が改良案で本レンズの基本設計案であることがわかりました。本レンズの設計開始時期は不明ですが、二つの設計案には1年以上の時間経過があります。それを考慮すれば、1,2年の長い設計期間を要したことになります。以前にもお書きしましたが、今まで存在しない様な究極の光学系を設計することは無論難易度が高いです。しかしそれに匹敵するか、むしろ最も高い難易度を持っているレンズが、究極的に安価なレンズなのです。おそらくニコンレンズシリーズE用の標準ズームとなれば、今までに無いぐらいのコスト制約があったに違いありません。コストダウンの検討はいくら時間を掛けても足りないというのが常です。また、最上さんは、恐らく第一案完成直後に特許出願をしています。したがって、その時点で基本案はほぼ出来上がっていたと考えられます。試作図面は昭和55(1980)年7月に出図しています。そして順調に量産決定、発令になり昭和55(1980)年10月中旬に量産図面を提出しています。これで正式にEシリーズの標準ズームが生産開始になったのです。また、いつもの通り報告書は量産図面出図の後、繁忙なすべての業務がひと段落した後に書かれたものでした。そして1981年10月に満を持して発売されたのです。
それでは断面図(図1)をご覧ください。この光学系は典型的な負正(凹凸)2群ズームレンズです。ズームレンズとして最小の群構成であるのは当然ですが、元々レトロフォーカス型の群構成が基本になっていますので広角化に有利なズームタイプになります。また一眼レフカメラに必要なバックフォーカスを維持したまま小型化をする条件に最も適したズームタイプです。負正2群ズームレンズにおいては、まず負の前群が広角コンバータの役目をなしていて、マスターレンズの役割を持つ正の後群に倍率をかけて広角化するというように各群の役目を考えます。そして群間隔を変化させると結果的にマスターレンズに掛かる倍率が変化するので合成焦点距離が連続して変化すると考えれば理解し易いですね。この時の間隔変化が線形的では合焦位置がずれてしまいます。要はバリフォーカルレンズになってしまうのです。そこで合焦位置が変化しない様に、負の1群を非線形に動かして結像点を一致させます。この時の非線形関数が所謂ズームの解曲線になるわけです。
良い機会なので、ここでズームレンズの変倍について少し考えてみましょう。ズームレンズの合成焦点距離は以下のような、非常に分かりやすい式で求まります。
f0 = f1 × β1β2…βx ・・・(1式)
f0 :合成焦点距離
f1 :第1群の焦点距離
β1…x:2群以降各群の横倍率
この式は先の負正2群ズームとは、一見逆になっているように見えますが、1群の焦点距離に対してその後群の持っている横倍率を順番に掛けていけば合成焦点距離が求まるという非常にシンプルな公式です。2群ズームでも5群ズームでも10群ズームでも、各群の横倍率βをその群数の数だけ掛け合わせるだけで全体の焦点距離が出るという非常に単純明快で美しい式です。そう考えるとズームレンズって意外と簡単かもと思えてきませんか。
話はサンロクナナニイに戻します。図2をご覧ください。これはパワー(屈折力)配置図と言う図です。パワー配置図は各群の動きを表しています。
f1が負(凹)の1群、f2が正(凸)の2群を示しています。負正2群ズームレンズの場合、第1群が非線形の動きをするコンペゼータで、第2群が線形移動するバリエータになります。このコンペンゼータの移動軌跡が解曲線というわけです。2群ズームのようなコンペンゼータ1つの解曲線は通常横倍率が等倍(-1.0倍)位置でUターンします。たとえばAi Zoom Nikkor 35-70mm F3.3-4.5Sなどは、この等倍位置を焦点距離レンジの丁度真ん中になるようなパワー配置をとることで、完全にワイド端とテレ端の全長を同一にしています。実はこのパワー配置こそ全長変化が最小になる、最も小型化に適したパワー配置なのです。それでは本レンズはどうでしょうか。
図3のように全長変化はワイド端が最も長く、Uターンすることなくテレ端に至っています。要はこのレンズの1群の移動軌跡は、非線型ではありますが線形に近い関数になっているのです。この各群の移動軌跡を選んだ場合、通常光学系全体が大型化するのですが、サンロクナナニイの場合は第2群を比較的強いパワーで使用しているため、全長短縮が出来ています。しかし、全長変化という点ではかなり大きな移動量があります。私も一瞬欠点と思いました。ところが、この解曲線を選んだ理由こそ鏡筒の大胆かつ大幅なコストダウンのためであった事に気が付きました。ここで注目するのは鏡筒の単純な構造です。なんと、このレンズの鏡筒では1群がリード(線形移動)になっています。そして2群がカム移動になっているのです。要は1群と2群の関数変換(座標変換)をしているのです。このことにより鏡筒のコストダウンができます。きっとこのパワー配置(結果的に解曲線)は、この鏡筒構造を念頭に置いたものだったのです。なぜなら通常1群が等倍を挟む解曲線では、1群と2群の座標変換が現実的に実現困難だからです。サンロクナナニイはパワー配置にまで制約を課し、徹底してコストダウンを行ったズームレンズだったのです。しかも、このパワー配置では前玉径が大口径化する可能性が高いのです。しかし、最上さんは頑張ってフィルターサイズをニッコール標準の52㎜φに収めています。このこだわりだけを見ても、サンロクナナニイがニッコールと遜色ない設計思想を持っていたことが分かるのです。
それでは第1群、第2群それぞれの構成を少し見ておきましょう。第1群は凹凹凸で負正2群ズームとしてはスタンダードな構成です。それに比較して第2群は標準的な凸凸凹凸構成の最も後ろに凸を加えた形になっています。一般的にも凸凸凹凸凸構成は在り得る構成なのですが、最終レンズが前例の少ない、物体側に凸を向けた独特のベンディング形状の厚肉レンズになっています。最上さんの設計には計り知れないところがあります。このレンズは望遠側でもF3.5の明るさを維持しています。この構成が明るさに対する収差の補正のための構成だったのかもしれません。
F の時代から語り継がれ、カメラ関連本にも書かれている品質保証部門(弊社では「品証」と略す)のお話です。当時の日本光学工業(現ニコン)の「品証」はまさに「鬼」。と言うか、品質保証というものは鬼に成らなければならない仕事なのです。完全に顧客側に立ってこそニコンの品証なのです。設計者とは「宿命のライバル」と思われるかもしれません。しかし皆が「良いものを作りたい」という思いは一緒で、ベクトルの方位は完全に一致しているのです。ところが今回の取り上げたニコンレンズシリーズEは、その完璧を求める鬼の思いが仇になった一例かもしれません。商品企画としては、お世辞にも成功とは言えなかったニコンレンズシリーズE。もともとのコンセプトは徹底的なE化(=Economy化)と軽量小型化でした。光学系も兎に角安価に作れる設計が条件でした。しかし、頑として品証部は品質基準(規格)を下げません。とくに光学性能はニコンの要。光学性能はニッコールとなんら変わらぬ規格でした。わざわざニッコールの名前を捨て去ったのに。それなら初めからニッコールと名乗った方が良かったのではないか!皆が口を揃えて言いました。開発を進める中、商品企画が足元から徐々に崩れていきます。光学性能規格が高いままなら、設計はニッコールと同じ。それならどこで安くするのか、皆が知恵を出し合ったのです。そしていくつかの案を試すことにしました。1つは鏡筒構造の単純化と鏡筒材料のコスト見直し。光学系は安価な硝材選択や構成枚数削減。さらに最高レベルの製造親和性の達成。要は製造組み立てが容易で、どこでも作れる設計にすることで製造コスト削減する。また協力工場に製造協力をお願いするなど、設計性能を下げずに出来ることは何でも考えたのです。しかし皆に泣いてもらったのに、光学設計だけが無傷ではいられるはずがありません。光学系も少しだけ我慢する予定でした。それは多層膜コーティングを使わないことでした。ところが、この策も徐々になし崩しになっていきます。やっぱり鬼の品証が我慢できなくなったのです。ゴーストテストでダメ出しを連発。単焦点レンズはまだしも、ズームレンズはレンズ枚数も多く、全面単層膜コートでは品証の要求性能を達成できません。「このままでは許さん!」と言うわけです。ここでもまたコンセプトが音を立てて崩れていったのです。とうとうサンロクナナニイは多層膜コーティングを随所に採用することになります。余談ですが第四十二夜で大下氏が書いたニコンレンズシリーズE 70-150mm F3.5に至っては、レンズの空気接触面の全ての面に多層膜コーティングを施し、ニッコールレンズと同様どころか、まさに下克上品質になってしまいました。これではニコンレンズシリーズEの商品企画は成り立たない。その後、遂にニコンレンズシリーズEは消滅してしまいます。
ところが最上さんの設計はもっとすごかった。鬼の品証を跳び越えていました。鬼も降参です。私は試作履歴を見てびっくり仰天。当時のニコンには、今で言うなら神レベルの特別な多層膜コーティングがありました。詳細な説明は控えますが、このコーティングの社内名称を「Kコート」と言います。この「K」は「König(king)」のK。Kコートは当時の薄膜技術の粋を集め、ニコンの薄膜設計部門が最高性能を目指して、性能最優先で開発した最高の多層膜コートだったのです。したがってKコートは、高コストなうえ、製造難易度も高かったのです。ニッコールレンズでも、安易に多用乱用できるようなコーティングではなかったのです。ところがなんと最上さんは、しれっとサンロクナナニイに使っていたのです。当然、試作でばれて問題勃発です。さすがに見逃してもらえず、ニコンで一般的に使われている多層膜コートに変更して量産となりました。その時のゴースト試験結果報告書が残っています。さすがに鬼の品証も「性能に遜色なし。変更可能」との結果。さすがに最上さんの超過剰品質作戦は叶いませんでした。
私を含め兎角技術者という者は「最高」を狙いたくなるものです。誰がわざわざと性能の悪い商品を開発してやろう思うでしょうか。しかもすぐ目の前に問題解決可能な改良方法があれば、必ず手を伸ばして掴もうとするものです。それが一点豪華主義でも、過剰品質でも。しかし広義の目をもって商品を見れば、過剰品質は無駄な大型化、高コスト化を必ず生む悪策です。その被害者はだれあろうお客様なのです。今回のニコンレンズシリーズEは、まさに顧客最優先の商品。安価で小型、すぐ手に取っていただける商品開発を志したのです。これは、まさにニコンのコストダウンに対する挑戦の記録でもありました。昔から皆さまには、ニコンとニッコールが最高を目指す姿勢はご理解頂いているのではないでしょうか。しかし安い物を大量に、しかもオンタイムで作ることが最も下手なメーカーと言われてきました。ところが先人をはじめ今の若き設計者に至っても、これら苦手と思われていたことも、間違いなく絶間ないチャレンジを続けているのです。きっとこれからも「お客さま第一」の顧客に寄り添う気持ちを持ち続けて製品を生み出し続けていくことでしょう。
まずは設計データーを参照しましょう。以前お書きした通り、評価については個人的な主観であり相対的なものです。参考意見としてご覧ください。
それでは収差補正上の特徴を各焦点域でつぶさに観察していきましょう。初めにワイド端f=36mm時無限遠の収差補正状態を確認します。
まず球面収差ですが、若干アンダーコレクションになっています。しかし輪帯のふくらみは小さくシャープな結像を予感させます。非点収差は無限遠で最も少なく像面湾曲も小さく最周辺でもプラスに流れることなく良好です。広角レンズとしては理想的なバランスと言えます。歪曲は標準ズームレンズとしては少なめの-3.79%でした。また倍率色収差は下方コマ収差の色コマ収差とのバランスをとって若干マイナスに残しています。実に良く考えられた収差バランスです。
それでは中間焦点距離域ではどのように収差変動が起きるのでしょうか。f=50mm時を観察してみましょう。まず歪曲ですが0%を越えて+1.14%でした。ということは36から50mmの間で歪曲が0%になる焦点距離があるということです。球面収差はフルコレクションになります。像面湾曲は若干マイナスに変化します。その時非点収差も若干発生します。しかし無限遠時において三次元的な被写体の場合、プラス方向と比較してマイナスの像面湾曲はあまり悪影響を及ぼしません。なぜならピント面が無限遠の場合、前方には被写体があることが多いのですが、自然界で超無限遠は存在しないからです。倍率色収差の変動は若干ゼロ方向に変位します。
最後にテレ端f=72mm時です。歪曲は+1.58%。歪曲の変動量としては良好だと言えます。像面湾曲は若干プラスに変位し、横収差で見たとき若干内コマ方向に変化することが見て取れます。倍率色収差、下方コマ収差の色コマはほぼ無くなります。この収差変動の傾向は、まさに小型化された凹凸2群ズームレンズの特徴そのものです。なお有限距離においては球面収差、像面湾曲、倍率色収差ともにプラス方向に変位し、歪曲はマイナス方向に変位します。これも凹凸2群ズームレンズの1群繰り出し方式のフォーカシングでは標準的な変化でした。
次にMTF特性を簡単に触れます。太陽光前提の白色時の30本/mmを観察した結果を書きます。
まず広角端無限遠では、センターが高いのは当然として、周辺までの全域で35~40%のコントラスト再現性を保持しています。中間焦点距離域ではセンターが約70%程度に落ちるものの、最周辺までの全域で45~50%の高いコントラスト再現性を保持しています。そしてテレ端では、やはりセンターが約71%程度に落ちるものの最周辺までの全域で48~60%の高いコントラスト再現性を保持しています。
次に遠景実写結果を見ていきましょう。今回はニコン Z7にFTZを用いて撮影し評価をいたしました。
それでは、各絞り別に特徴を箇条書きに致します。評価については個人的な主観によるものです。参考意見としてご覧ください。
F3.5(開放)
第一印象はコントラストが良好なこと。問題になるような大きなフレアーは存在しない。ただし、解像力はさほど高くない印象で、周辺に色にじみがある。倍率色収差と色コマの影響が考えられる。
F5.6
一段絞って、ほのかに取り巻いていたフレアーと色付きがほぼ消え去る。コントラストがさらに向上したが、解像力はさほど改善されていない。
F8
均一で全面最良な画質になる。解像力が上り画質的にも一段向上する印象。申し分ない画質。
F11
F8からさらに解像力が改善したように見える。均一で全面良好な画質。最良の画質を得られた。
F16
ボテツキが出てきて若干解像力が低下する。回折の影響が出始めている。
F22~32
明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。通常撮影ではやはりここまでは絞らないほうが良い。
F3.5(開放)
センターから周辺まで比較的解像力が良い。しかしセンターから周辺まで若干フレアーが発生している。中心から周辺にむかうにつれて解像力が徐々に低下する。全般的には解像力が比較的良く、淡いフレアーが取り巻いているので、使いようでは活きる画になるかもしれない。若干色にじみが発生している。
F5.6
一段絞ってフレアーがかなり改善される。シャープネスが向上した印象。特にコントラストが向上した。しかし中心から周辺に向かうにつれて解像力が徐々に低下する現象はまだ残っている。
F8
画質が一段向上する。特にフレアーが完全になくなり、コントラストは申し分ない。中心から周辺までの解像力変化は若干残るものの、総合的にみれば良好な画質と言えよう。
F11
均一で全面良好な画質。中心から周辺までの解像力変化は解消されベストな画質になった。実用的にもシャープネスを望むのならF11で撮影することを推奨する。
F16
ボテツキが出てきて若干解像力が低下する。回折の影響が出始めている。
F22~32
明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。通常撮影ではやはりここまでは絞らないほうが良い。
F3.5(開放)
センターから周辺まで均一に解像力が良い。しかし、センターから周辺まで均一にベールがかかったようなフレアーが発生。解像力が良いので細かい被写体まで解像している。したがって、使いようではかなり魅力的な画質になると思われる。色にじみは確認できない。
F5.6
一段絞ってほのかに取り巻いていたフレアーがほぼ消え去る。シャープネスが向上した印象。特にコントラストが向上した。申し分ない画質になる。
F8
均一で全面最良な画質。画質がさらに一段向上する。特にフレアーが完全になくなり高コントラストな申し分ない画質になる。総合的に見てベストな画質と言えよう。
F11
均一で全面良好な画質でF8時とほぼ変化なし。しかし気のせいか、微小量だけシャープネスが落ちてきたようにも思える。しかしほぼ同じ画質と考えてよかろう。実用的にも風景等ではF8~F11で撮影することを推奨する。
F16
ボテツキが出てきて若干解像力が低下する。回折の影響が出始めている。
F22~32
明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。通常撮影ではやはりここまでは絞らないほうが良い。
それでは、作例写真で描写特性を確認してみましょう。今回もすべての焦点距離においても絞り開放F3.5で撮影しています。
毎度の事ですが、作例はレンズの素性を判断して頂くためにポートレートモードやナチュラルモードと言ったできる限り輪郭協調の少ないピクチャーコントロールモードを使用しております。また、あえて特別な補正やシャープネス・輪郭強調の設定は行わないようにしています。被写体は一般ユーザーがこのレンズを使用することを想定して選びました。
作例1は広角端36mm無限遠時の撮影例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5です。豆粒のように映っている飛行機を見れば、十分な解像力を持っていることが分かります。ニコンレンズシリーズEの安価な標準ズームレンズでもこれだけ写るのです。まさに光学性能においては、ニッコールと寸分たがわぬ設計思想であったことが理解できます。
作例2は望遠端72mm無限遠時の撮影例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5です。望遠端でも豆粒のように映っている飛行機を見れば、十分な解像力を持っていることが分かります。
作例3は中間焦点距離約50mmで撮影したスナップ写真です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ピント位置は道路上標識「830」です。コントラストも解像力もデジタルで使用しても十分な描写力です。
作例4は広角端36mmにおけるスナップ写真です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。丁度5~8mぐらいの撮影距離でしょうか。手前の道路を観察すると、前側のディフォーカス領域の連続性を確認できます。癖のないオールマイティーで素直な描写が読み取れます。
作例5は広角端36mm至近時の撮影例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ピント位置のシャープネスは文句ありません。また、後に写り込んでいるボケも二線ボケの傾向が少なく、なにが写っているのかきちんと判断が出来ます。写真レンズとしては、これは非常に重要な性能です。なぜなら三次元の描写性能が良いという意味に等しいからです。
作例6は中間焦点距離約50mm時の比較的近距離時の撮影例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ピント位置のシャープネスは文句ありません。また、後に写り込んでいるボケもギリギリ二線ボケになっていない状態です。ボケ味に関しては可もなく不可もないところでしょうか。
作例7は望遠端72mm至近距離における作例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ピント位置では良好な解像力、コントラストを持っていることが理解できます。ボケ味は一般的なレベルです。若干二線ボケも見てとれます。
作例8は広角端36mmにおける逆光の作例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ゴーストフレアーも発生していないクリアーな写りです。ピント面が逆光時でもシャープです。暗部にフレアーも感じさせません。
作例9は中間焦点距離約50mm近傍における逆光の作例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。ゴーストフレアーも発生していないクリアーな写りです。ピント面が逆光時でもシャープです。暗部にフレアーも感じさせません。
作例10は望遠端72mmにおける逆光の作例です。勿論絞りは開放絞りのF3.5。光源に向けて撮っています。しかし、ゴーストフレアーの発生はほぼ確認できません。とてもクリアーな写りです。ピント面も逆光時でもシャープです。暗部にフレアーも感じさせません。最上さんがコーティングを最高のものにしたかったのが、今回の作例撮影で十分理解できました。
いかがでしたか、このレンズの素直で自然な描写がお分かり頂けましたでしょうか。どの焦点距離においてもニッコールと遜色のない満足できるレンズだと思います。最上さんは自然で真面目なニッコールらしいレンズを開発してくださいました。奇をてらったような凄いスペックのレンズではありません。一般のユーザーが容易に手に取れる安価なズームレンズだからこそ、沢山の眼による厳しい審判が下るのです。まさに設計者のスキル次第で秀作にも愚作にもなりえる商品なのです。機会があれば是非お試しください。最上さんの思いが伝わるはずです。
私が入社した時の最上さんは、いつも笑顔で大人しく言葉使いも優しい長身の紳士でした。怒ったところを見たことがないほど温和な方でした。最上さんは大学時代に天文学を専攻されていたそうです。非常に優秀な方で、将来を有望視されていました。ところが最上さんは学問探求への道をスッパと止めてニコンに入社されたのです。先にふれましたが、私は朝8時出勤の早番勤務。最上さんは昼の12時過ぎに開始する遅番勤務でした。そのために一日の中で顔を合わす時間は限られていました。そんなすれ違いもあって、ゆっくり話を伺う時間は殆どありませんでした。今思えば残念でなりません。そんな最上さんですが、実はニコンの光学設計者としてはとても珍しい人生を歩んでおられるのです。
私が入社して何年経った頃でしょうか。急に最上さんが会社を辞めると言い出しました。皆が「なぜだ、なぜだ」と最上さんに詰め寄ります。その時最上さんは、私たちに「新たな志」を語り出したのです。最上さんは、光学に対する興味からニコンに入社して光学設計に従事されてきました。しかし、なにか漠然とした違和感を持っていたそうです。そこで思い切って人生を再スタートさせることを決心。キッパリ会社を辞めて大学に入り直す。そして医学を学ぶと。幼少期からの夢でもあった医学の道を目指すことにしたというのです。皆びっくり仰天。最上さんは既婚者で年齢も決して新人とは言えない年齢でした。今から大学を受験するのであれば、合格してから最短でも6年間の学生生活。そして正真正銘の医者になるまでには最低でも8年はかかる。その間はもちろん無収入。しかも相当な学費が必要。皆の心配は、本当に生活していけるのか?の一点。仲間内のみんなが、最上さんなら医学部合格は心配ないと内心思っていたのでしょう。みんなの心配は「医者になれるのか」ではなく「生活ができるのか」でした。しかしそこは、奥様やご家族が支えてくれるとのことでした。
そして時は経ち、最上さんは卒業後は大学の医局に入ります。そして、なんと15の病院で様々な診療科目を経験されました。その後最上さんは、内科、小児科、皮膚科を専門とした総合医として都内にクリニックを開院しました。とうとう志を貫いた最上さん。毎日毎日、病気の子供たちや患者さんのために日々忙しく診療にあたっておられます。そして今もニコン愛を持って数々のニコン製品を愛用してくれているそうです。