軽くて安い本格的超広角ズーム
AF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VR
今夜は、第八十八夜に引き続いてDXレンズをとりあげてみたい。2017年に発売された超広角ズームAF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VRである。このレンズはどのように誕生したのだろうか。
大下孝一
DXレンズは、第八十八夜で紹介したように、DXフォーマットで不足する広角域のレンズを充足するため、2003年に発売したAF-S DX Zoom-Nikkor 12-24mm f/4G IF-ED(第六十八夜で紹介)で開発を開始する。しかしその後はD70などのボディー用の標準ズームの開発が主で、AF-S DX Zoom-Nikkor 12-24mm f/4G IF-EDより広角のレンズはなかなか発売されることがなかった。それにはデジタル一眼レフカメラのボディー戦略の変更が大きく関わっていた。それまでニコンはD1、D2とDXサイズのセンサーを使ってデジタル一眼レフカメラを開発してきた。これは当時、非常に高価だった大型イメージセンサーの撮像エリアを小さくすることで、比較的低価格で高性能なデジタルカメラを実現する上で効果的な戦略だった。しかし、他社からより大きな撮像エリアをもつデジタル一眼レフカメラが登場したことで、ニコンもハイエンドモデルはフルサイズイメージセンサーを搭載することに方針を変え、2007年に満を持して発売されたのがD3とAF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDおよびAF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDであった。
このことで広角DX NIKKORの開発方針が定まり、2009年にAF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G EDが発売となったのである。
AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G EDは、比較的高級路線だったAF-S DX Zoom-Nikkor 12-24mm f/4G IF-EDから方向性が変わり、広角端を12mmから10mmに大きく広げながらも価格を抑えたレンズに仕上がっている。これはターゲットを、D1、D2系ユーザーから、D300やD90、D5000ユーザーに変更したためであった。
そして時代は下り2010年代半ばになると、DXボディーはD3300、D5500の世代となる。この世代になると、DXボディーの多くは中級機~普及機となっており、DXレンズも一層の低価格レンズが求められるようになってきた。そしてその頃、DXのキットレンズをAF-Pレンズ(Pはフォーカス駆動にステッピングモーターを搭載したレンズの呼称)としてリニューアルする計画が持ち上がった。この時、標準ズーム、望遠ズームだけでなく、広角ズームも10-24mmからリニューアルして、超広角から望遠までをカバーする「トリプルズーム」として売り出そうという機運が高まり、ついに廉価な超広角ズームの開発がスタートするのである。「安価で手軽に持ち歩け、本格的な超広角撮影が楽しめる3本目のレンズ」。それがこのレンズのコンセプトであった。
このレンズの設計担当は山本浩史(やまもと ひろし)さんである。山本さんは私のかなり後輩にあたる設計者だが、今は次世代のニッコールを担うベテラン設計者として活躍している。山本さんの設計で私が思い出すのは、AF85mmF1.4の改良設計だ。当時85mmF1.4をAF-S化するにあたって、より高速にフォーカスするためにフォーカス群の軽量化を模索していた時期である。彼の設計案は、光学系のサイズが大きかったため採用にはならなかったが、今までにない斬新なレンズタイプに感心したことが思い出される。
このレンズの設計は2015年初頭からはじめられた。最大の課題は製造コストの低減である。AF-S DX Zoom-Nikkor 12-24mm f/4G IF-ED、AF-S DX NIKKOR 10-24mm f/3.5-4.5G ED両レンズとも10万円を超える価格のレンズになっているが、その主な原因はG1非球面レンズの製造コストである。どちらのレンズにもG1には大口径ガラスモールド非球面レンズが使われている。ガラスモールド非球面レンズは非球面製造の自由度が高く、またレンズ両面を非球面化できるメリットがあるが、口径が大きくなるほど成形が困難になり、製造コストが跳ね上がってしまう。そこで彼は高価なガラスモールド非球面をすべてやめ、複合型非球面レンズで設計を開始する。複合型非球面レンズは、ガラス球面レンズ上に非球面形状の樹脂を成形することで非球面レンズをつくりだす技術で、大口径の非球面レンズを、ガラスモールド非球面より安価に製造することができる特徴がある。しかし非球面形状の自由度はガラスモールドほど高くないため、その制約の中で設計を行う必要があった。
設計は当初10-18mm f/4.5-5.6というスペックでスタートする。これは18-55mm標準ズームとシームレスにつなげるという要求からきたものだったが、幾度かの設計改良で2倍ズーム化する目途が出てきたため、設計提案で10-20mm f/4.5-5.6というよりアップグレードした仕様のレンズとなり、設計がリスタートする。そして、その後もアタッチメントサイズのφ77→φ72への小型化、各種ズームタイプの得失検討、より安価なプラスチック非球面レンズの搭載など、設計完了まで20種以上の設計を行い、比較を行いながら、これ以上ない小型で低価格、しかも高性能な超広角ズームに仕上げることができたのである。
低価格を実現するためのメカ設計者の活躍も忘れてはならない。このレンズの外観をよく見ると、DX標準ズームAF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VRに似ている部分が多いことに気づくだろう。そう、先行するDX標準ズームと極力機構部品が共通になるように設計されており、光学設計も機構を共通化するための工夫をしている。こうした努力によって、2017年6月、圧倒的な低価格を実現した超広角ズームが誕生したのである。
AF-P DX NIKKOR 10-20mm f/4.5-5.6G VRのレンズ断面図を図1に示す。
このレンズは凹先行4群ズームレンズで、それぞれの群の間隔を変えることによって焦点距離を変化させる。また2群と4群をズームで一体的に移動させることで、メカ機構の簡素化を図っている。この凹先行4群ズームの光学的はたらきは、標準ズームや広角ズームで広く用いられている凹凸2群ズームとほぼ同じだが、2群ズームでいう後群の凸レンズ群を3つの群に分割することで、より少ない移動量でズーム比を拡大でき、かつズーム全域でより高度な収差補正を実現することができるのである。
そしてこのレンズの特徴は、六十八夜で紹介したAF-S DX Zoom-Nikkor 12-24mm f/4G IF-EDと同様に、1群の凹レンズ2枚に非球面レンズを使うことで、非球面レンズ1枚だけでは補正しきれない、広い画角にわたる像面の平坦性を確保している。ただ、G1に比較的廉価な複合型非球面レンズを使っているため、広角端の歪曲収差が少し大きい。広角端では画面の四隅で樽型歪曲収差が目立つことがあるが、気になる場合は、ボディーで自動ゆがみ補正をONにして使用していただきたい。
このレンズの特徴は、超広角ズームでありながら小型であることと、至近距離が非常に短いことである。ズーム全域で最短撮影距離は22cm、最大撮影倍率は0.17倍と超広角ズームとしては寄れるレンズを実現している。そのため、広角側至近距離では像面の平坦性の悪化、望遠側至近距離では球面収差と軸上色収差の悪化、ズーム全域で倍率色収差が発生しているが、広角ズームなら出来るだけ寄って撮りたいという山本さんの想いがここにつまっていると感じる。大いに活用してほしいこのレンズの特徴である。
それではいつものように実写でレンズの描写をみていこう。今回もDXレンズということでD3300と組み合わせて撮影を行った。このレンズ自体、D3000系、D5000系ボディーにマッチするよう小型に作られているため、組み合わせた時の外観も操作感も良好だ。フォーカスにステッピングモーターを使うAF-Pレンズのため、D3000系だとD3300以降、D5000系ではD5200以降の製品にのみ対応する点は注意が必要だ。対応機種の詳細はホームページを確認してほしい。
作例1は、広角端絞り開放で撮影した遠景画像である。いつもの通り、以下の作例はRAWで撮影し、自動ゆがみ補正、倍率色補正やビネッティング補正をOFFで現像している。絞り開放ながら、画面中心部はシャープで、画面周辺ではやや解像感は低下するものの良好な結像性能を維持している。また画面左隅の光源像をみると少し形状がゆがんでいるものの、広角レンズにつきもののサジタルコマフレアは認められない。このあたりは山本さんがこだわった点だろう。ただ、画面周辺の建物のエッジに着目すると、赤紫と緑に色づいていることがわかるだろう。これは倍率色収差という収差で、ボディー内の画像処理やNX Studio搭載の倍率色収差補正で画面の大部分で目立たなくなるが、画面隅ではわずかに青紫色の色にじみが残り目立つことがある。このレンズの数少ない欠点の1つである。また空に着目すると少し画面隅が暗く、周辺光量の不足が感じられるが、超広角レンズとしてはそれほど顕著ではなく周辺光量は豊富な部類である。
作例2は、広角端絞りF8で撮影した。F8に絞り込むことで、周辺光量不足や画面周辺のシャープネスの低下も解消されている。ただ、作例1でみられた倍率色収差は、絞り込んでも改善されない収差なので依然として残存しており、この作例のように明暗差の大きい被写体では、エッジの色づきが気になることがあるだろう。ただこれもボディーやNX Studioの倍率色収差補正で画面の大部分で目立たなくなる。また、画面隅では樽型歪曲によって少し歪んでいることがわかるだろうか。
作例3は、広角端、撮影距離1mくらいで撮影したアジサイの花である。立体的な被写体のためF8に絞り込んで撮影している。このように明暗差の小さい被写体では、倍率色収差が目立たないことがわかるだろう。
作例4は、広角端、開放で寄って撮影した花の写真である。焦点距離10mmで開放絞りがF4.5のレンズなので、絞り開放でも被写界深度は深い。後ボケに着目すると、ピントの合ったところからボケのはじまる部分で像の流れが認められ、少しうるさく感じられることもあるが、完全にボケた背景に着目すると素直なボケで悪くない。
作例5は、焦点距離14mm、絞り開放で撮影した遠景写真である。広角端で撮影している作例1と比べると、倍率色収差がかなり減っていること、また周辺光量も増えていることがわかるかと思う。ボディー内で生成されるJPEG画像では倍率色収差はほとんど目立たないだろう。また中間焦点距離から20mmでは歪曲収差が激減するため、像のゆがみが目立つことはない。サジタルコマフレアもなく、全域整った結像性能である。
作例6は、焦点距離13mmで撮影した花畑の写真である。被写界深度をかせぐためにF11まで絞り込んで撮影している。このような順光写真では、倍率色収差も目立たなくなっている。
作例7は、焦点距離14mm、絞りF11で撮影したノウゼンカズラの花である。この花が咲きだすと夏の訪れを感じさせる。画面左下の葉や花が深度から外れピンボケになってしまったが、ほぼ画面全域シャープな像である。
作例8は、焦点距離11mm、絞りF8で撮影したチョウジソウの花である。小さな花なのでかなり接近して撮影しており、背景が美しくボケている。このような写真が撮れるのも最短撮影距離が短いおかげである。
作例9は、望遠端、絞り開放で撮影した遠景写真である。周辺光量不足や歪曲も目立たない均質な描写となっている。画面左下の光源像のくずれも少なく、コマフレアが良好に補正されていることがわかる。また望遠端では倍率色収差補正OFFでも倍率色収差はほとんど目立たない。
作例10は、望遠端、絞り開放で撮影したイヌヌマトラノオの花の写真である。初夏に動物の尾のような長い花序から白い小さな花を咲かせる。このレンズの特徴の1つが中間焦点距離から望遠端での描写の柔らかさと、後ボケの美しさだろう。これは、中間焦点距離から望遠端で、近距離にフォーカスするに従って球面収差が補正不足に変動するよう設計されているためだ。そのため、ピントの合った被写体もわずかにベールをまとい、人物や花の写真に適した柔らかい描写となるのである。また同時に軸上色収差も近距離になるにしたがって増加するため、花のエッジがやや青く色づいていることがわかるだろうか。
作例11は、望遠端開放で撮影したアジサイの花である。作例10に比べて心もち遠い距離の撮影なので、背景のボケは小さめだが、ピントの合っているところ(画面左のアジサイ)から後ボケにいたるつながり(画面右のアジサイ)も自然で、美しいボケ味である。
作例12は、望遠端開放で、さらに近寄って撮影したヒメリンゴの果実である。ここまで近距離になるとフレアが顕著に増加しコントラストが低下していることがわかるだろう。球面収差は絞り込むことによって減少するため、よりハイコントラストでシャープな描写を求めるなら、1~2段絞り込んで撮影することをお勧めしたい。
このレンズは、2017年5月31日に発表され、6月30日に発売となり、今も継続販売されているレンズである。DXレンズで10-20mmといえば、FXレンズに換算すると15mmから30mmをカバーする本格的な超広角ズームである。FXの超広角ズームといえばAF-S NIKKOR 14-24mm F2.8G EDが高性能レンズとして有名だが、このレンズに対して明るさや広角端の焦点距離が足りないものの、DX標準ズームと大差ないサイズを実現したこのレンズは、「安価で手軽に持ち歩け、本格的な超広角撮影が楽しめる」というコンセプトを具現化したものといえるだろう。社内でも愛用者が多く、手軽な超広角レンズとしてFXボディーに装着して使っている人もいる。ダブルズームキットを購入した方にも、高倍率ズームを愛用している人にも、ぜひ使って超広角の魅力を味わってみてほしい。