限界への挑戦
new Nikkor 200mm F4
第八十七夜はnew Nikkor 200mm F4を取り上げます。定評あるオートニッコールをリニューアルし、全く異なるレンズタイプで新開発された望遠レンズ。今夜はnew Nikkor 200mm F4の秘密を紐解きましょう。
一見地味に見えるスペックの望遠レンズ。しかし、地味に見えれば見えるほど開発者の知恵が詰まっているものです。new Nikkor 200mm F4はまさにそんなレンズでした。今夜はニューニッコールの幕開けと共に企画し開発された、この小さな望遠レンズが生れた時代を辿ってみましょう。
佐藤治夫
望遠レンズの光学的特徴を探るうえで大切なキーワードがあります。1つはレンズの基本構造もある、特徴的なレンズタイプです。まずは、そのレンズタイプのテレフォトタイプ(テレフォトレンズ)について解説いたします。図1をご覧ください。現在の望遠レンズの多くが、図1にあるようなテレフォトタイプのレンズ構成になっています。それでは、このテレフォトタイプとは一体どのようなレンズタイプなのでしょう。new Nikkor 200mm F4の構成を例にとって見ていきましょう。
まず被写体側から凸レンズ(凸レンズ群)。この凸レンズ群がいわゆるマスターレンズだと思ってください。そしてその後方に凹レンズ(凹レンズ群)を配置します。このようなレンズ配置によって、凸レンズ群の焦点距離が凹レンズ群によって延ばされます。その結果、焦点距離が長くなる(=望遠になる)のです。その時、図1のようにレンズ群全体の主点が前に飛び出して、全長の短い望遠レンズができあがるというわけです。ここで、なにかに気がつきませんか。そうなんです。単焦点レンズ(例えば標準レンズなど)にテレコンバーターを付けた様子と同じなんです。そんなテレフォトレンズの性質と特徴を示すために定義されたのが「望遠比(テレ比・テレフォト比)」です。これは次のような単純な式で表すことができます。
望遠比T=レンズ全長TL/焦点距離f
望遠比は「レンズの全長TLを焦点距離fで割った値」で表します。したがって、一般的なテレフォトタイプの望遠レンズは、望遠比1より小さな値をとります。ちなみに遥か昔には、望遠比が1より大きいレンズを望遠レンズと呼ばずに「長焦点レンズ」と呼んで区別していた時代もありました。この望遠比(以下テレ比)は皆さんもザックリとは計算できますよね。注意が必要なのはただ1つ。レンズ全長TLは第1レンズの第1面の頂点から撮像素子面までの距離であるということです。レンズ全長TLは外見では正確には測れません。しかし数ミリの誤差をよしとすれば、大体の量は簡単に測定できます。早速、定規やノギスをご用意いただいてご自分の望遠レンズのテレ比を計算してみてはいかがでしょうか。
このテレ比ですが、小さければ小さいほどコンパクトな望遠レンズということになり、使い勝手が良くなるということはすぐおわかりになると思います。例えば1000mmの超望遠はテレ比が1なら全長が1mもある事になります。ところが、それでは使い勝手がとてつもなく悪いわけです。テレ比が0.5なら全長50cmの1000mmができるというわけです。しかし、世の中はそうそう上手くはいかないです。「テレ比が小さい=テレフォトタイプの凸凹群を強いパワーで使う」ということです。したがって、テレ比が小さければ小さいほど、収差補正の難易度がどんどん上がります。要は定性的に言って「テレ比の大きさと発生する収差量は反比例する」というわけなんです。極端に小さなテレ比を実現させるようなパワー配置では収差補正の難易度が激増してしまい、結果的にシャープネスに問題が生じるのです。特に顕著な変化は軸上色収差(正確には色の2次分散)の劣化です。まさにこの色収差が代表選手で、テレ比と反比例の関係にあります。小型軽量高性能の望遠、超望遠の設計が難しいのは、良好な色収差補正の実現が原因の1つになっているのです。初めにテレ比を無理やり小さく設定して設計始めると良好な収差補正を実現するためにどんどんレンズ枚数が増加しがちです。結局のところ元の木阿弥。レンズ枚数増加によって逆に大きく重くなってしまったなどという失敗は、新人設計者の誰もが体験することです。たとえばテレ比0.8と0.6の望遠レンズでは、設計難易度という点で全くの別物レンズを設計していると言っても過言ではないでしょう。それだけ望遠、超望遠の小型化は難易度が高いということなのです。
日本の名設計者は一般に知られることがあまりありませんが、その足跡は報告書や開発履歴、特許公報等によって辿ることができます。それではnew Nikkor 200mm F4の開発履歴を遡ってみましょう。光学設計は幾度も登場している綱嶋親分こと、当時光学部第一光学課に在籍されていた綱嶋輝義(つなしま てるよし)氏です。綱嶋氏は、以前、第九夜でご紹介した森征雄氏、第五夜でご紹介した清水義之氏と共にオールドニッコールの全盛期を支えた設計者の一人です。
今回調査して意外なことにまず驚きました。早打ち名人の綱嶋親分が、このレンズに対してはじっくり時間をかけて練りに練って設計していたのです。なんと量産までに首尾整った設計案が四案も存在しています。第一案は1971(昭和46)年3月に提出されており、最終案の第四案が1974(昭和49)年2月に提出されています。その間三年。石の上にも三年と言いますが、この時代としては十分すぎるほどの検討時間でした。それではなにが綱嶋さんをこれほどまでに追い込んでいったのでしょうか。それは最初の設計案の報告書にある綱嶋さんの書き込みからわかりました。綱嶋さんは最初の報告書に「FK52を使わずに現行200/4よりコンパクト化を図る」という書き込みをしています。要は安価な硝材のみ(≒ED硝子を使用せずに)で、今までにないほどテレ比が小さい、他が追い付いてこられないほど小型で、高性能な望遠レンズを実現するぞ、という強い意志の表れだったのです。綱嶋さんの強い決意は、設計限界への挑戦だったのでしょう。その殴り書きのように鉛筆で書かれた書き込みが、綱嶋さんの意気込みのすべてを物語ってくれました。
量産に向けた最終設計案の試作図面は1974(昭和49)年4月に出図されています。その後順調に試作が進み、量産移行したのが同年9月。待望の超コンパクト、高性能な望遠レンズnew Nikkor 200mm F4は1976(昭和51)年2月に発売されました。そして1977年3月にAi化されたAi Nikkor 200mm F4が発売され、さらに1981年12月にいわゆるAi-S化されたAi Nikkor 200mm F4Sが誕生します。そしてAi AF Nikkor ED180mm F2.8が発売されるころまで現役として販売を続けました。もちろん、光学系は基本的に最後まで変わることがありませんでした。Ai AF Nikkor ED 180mm F2.8の発売年の1986年までは販売していたと考えれば、10年以上販売を続けたことになります。やはりこのレンズも、ロングセラー・ニッコールでした。基本性能の良さが他の追従を許さなかった、そんなレンズなのです。
それではnew Nikkor 200mm F4の断面図(図2)をご覧ください。この光学系は典型的なテレフォトタイプの光学系です。
絞りより前方(前群)がいわゆる望遠鏡対物に由来する凸対物レンズです。テレフォトタイプの場合、この群がマスターレンズと考えるべきです。この群で十二分に軸上色収差を補正しておかなければなりません。したがってアポクロマート対物によく使われる、典型的な凸凹凸3枚の構成になっています。実に美しく教育的な構成とベンディング。しかも硝材は特殊なものでもなく、耐久性にも化学的にも優れているものばかりです。また絞りより後ろの群(後群)は全体で負のパワーを持っている凹群です。この群をテレコンバーターと考えていただければ理解しやすいでしょう。この凹群の存在自体がテレフォト構造を形成していると言っても過言ではないと思います。要は、この後群を使ってテレ比をかけていると考えれば理解しやすいです。したがって、この凹群でかけたパワーの分だけ色収差も球面収差も増大するわけなのです。更に色収差に着目すれば、後群をテレコンと考えた場合「後群テレコン部分による倍率の二乗で軸上色収差が悪化する」と言えます。考えてみてください、二乗ですよ。要は少しでも強いテレ比をかけると、軸上色収差が急激に増大するというわけです。さらに大口径化したと仮定すると球面収差の補正難易度も上がることはおわかりだと思います。したがってテレフォトレンズの設計上で最も苦労するのが色収差の補正であり、次に球面収差、コマ収差なのです。また、写真レンズは使用倍率が変化する光学系です。したがって、撮影距離変化に対する収差変動も抑え込む必要があるのです。その点、テレ比が極端に小さくなれば小型にはなりますが、非対称性が高まることを意味しますので、近距離収差変動は増大します。片や天体望遠鏡では、元々無限遠を観察する光学系ですから、いくら大口径で優秀な色消し対物レンズになっていると言っても、変倍に対する耐性は高いとは言えません。ところが写真用望遠レンズは、近距離収差変動に対する耐性も持たなければならないのです。そこも写真レンズが他の対物レンズに比べ、設計難易度が高いところだと思います。
まずは設計データを参照しましょう。以前お書きした通り、評価については個人的な主観であり、相対的なものです。参考意見としてご覧ください。
このレンズは教科書に載せておきたいほど理想的なテレフォトレンズの基本型レンズ構成と言えるでしょう。先に書きましたが、凸凹凸3枚構成の前群は天体望遠鏡で良く使われているアポクロマート対物に近しい構成です。この3枚構成は、良好な球面収差と色収差を補正しつつコマ収差の良好な補正が実現できる基本形と言えます。さらに超アポクロマートのように色収差、特に二次分散を抑え込むには、二枚の凸のうち一枚をEDガラスのような特殊部分分散ガラスを使う方法や中央の凹レンズにクルツフリント系(KzF系)の特殊部分分散ガラスを用いる方法があります。しかし注意が必要なのは、これらの特殊部分分散ガラスは屈折率が相対的に低いことです。したがって、色収差補正には断然有利ですが、逆に単色収差である球面収差、コマ収差等の補正が少々難しくなります。綱嶋さんは、高価で化学的にも物性的にも扱いづらいこれらの硝材を避けて設計したのです。綱嶋さんは、収差補正上のメリット・デメリットを天秤にかけて、最良の判断をしたのだと思います。次に後群ですが、凹凸構成の凹群になっています。この群もセオリー通りの構成です。この凹凸構成を取ると後玉径が大きくなりますが、その反面、上方コマ収差の補正と非点収差および像面湾曲の補正自由度が増します。この5枚構成の基本構成はAi Nikkor ED180mm F2.8と同様のレンズ構成になっています。また古くは NIKKOR-H 300mm F2.8のレンズ構成にも近しいレンズ構成になっていることがわかります。もしかしたら、綱嶋さんはこれらのニッコールをお手本にしたのかもしれません。
それでは収差補正上の特徴を各撮影倍率でつぶさに観察していきましょう。まずは無限遠物点結像時の収差特性です。初めに軸上色収差ですが、他のニッコール同様、俗に言うd-g色消しになっています。したがってF-c線幅がダイレクトに二次分散として現れる補正方法です。次に球面収差に目を向けますと、基準線は球面収差の輪帯の膨らみが少ないフルコレクションで、模範的な形状に補正されています。ただしg線の球面収差が少しオーバーコレクションになっています。要は色ごとの球面収差のコレクションフォームが異なるというわけです。この現象は色の球面収差と言われることが多いですが、値の大小はあるものの一般的な写真レンズでは良く起こる現象です。設計コンセプトによっては、このg線をさらにプラスに追いやって放置し、見かけ上の二次分散を少なく見せる補正方法を採用する設計解も存在します。この色収差補正方法では見かけ上MTFは向上しますが、その代償で常に青紫色(g線色)の色付きを誘発させてしまうという厄介な現象も漏れなく付いてきます。ニッコールレンズの設計思想としては、この青紫の色付きを好みませんでした。この色収差のまとめ方を積極的に採用せず、d-g色消しを正として採用していたのです。
しかし、それにはもう1つ大きな理由がありました。それはフィルムの分光感度の問題です。ニューニッコール創成期では、まだまだ白黒フィルム全盛時代でした。実は白黒フィルムの主成分であるハロゲン化銀の固有感度が短波長側にある事から、g線近傍の感度も十分高かったのです。したがって、g線だけを大きくプラスに補正する設計手法を用いると、白黒写真において短波長光線起因のフレアーによりシャープネスが低下したのです。また、カラーフィルムでは先に説明したように、赤青黄色の発色は良いのですが、全体的にうっすら青紫のベールが掛かったように写るのです。真っ白なドレスがうっすら青紫に写るわけです。また、いわゆる木漏れ日撮影時のパープルフリンジと言われる現象の犯人でもありました。したがってこれらを総合的に考え、綱嶋さんも「d-g色消し」補正方法に落ち着いたと言うことだと思います。オールドニッコールの時代には、もうすでに「d-g色消し」補正方法を見出して、この時代にはさらに最適化されたニッコール式の色収差補正方法を確立していたと思います。
話を戻します。全体的に残存収差が極めて少ないのですが、他の特徴として特記すべきは非点収差が非常に良く補正されていることです。また、コマ収差の対象性の良さと画角差の無さにも感服いたしました。ピント面のシャープネスだけではなく、三次元的描写力の高さが大いに期待出来るレンズに仕上がっています。蛇足ですが、歪曲も1%以下ですし、欠点は見当たらないと言いたいところですが、テレ比の影響で、ごく周辺の下側の光線で若干色コマが発生します。要はd、c、F線に対してg線のみマイナス方向に残存した補正になっているのです。しかし、値の大小はあれ、定性的にほぼ全てのテレフォト型望遠レンズに見られる傾向です。逆にこのテレ比で良くこの量に収まっているな、と思うほどでした。
次に有限距離物点に対する収差性能を見ていきましょう。撮影倍率-1/30倍(撮影距離約6.5m)においては球面収差と像面湾曲がマイナスに変位しますが、収差変動量としては極わずかです。また下方光線が微量だけプラスに変位します。しかし近距離収差変動としてはほぼ変動していないと言っても良いレベルです。色収差の変動もわずかで実写で差が出ないレベルです。それでは至近距離2m撮影時の収差特性はどうなるでしょうか。やはり近距離収差変動は200mmの望遠レンズとは思えないほど少ないです。まず球面収差と像面湾曲が、撮影倍率-1/30倍時にはよりマイナスに変位します。また下方光線がさらに少量だけプラスに変位していわゆる外コマ気味になります。また軸上色収差の基準線に対する二色色消しは驚くほど変化しません。しかし二次分散は撮影倍率が高まる分だけ増します。これはある意味、設計起因ではないのでやむを得ません。また倍率色収差は徐々にg線がマイナスに変位しますが、基準線がプラスに変位するため、むしろ実像ではあまり目立たなくなります。
次にスポットダイヤグラムを見てみましょう。まず無限遠のセンターですが、点像のまとまりが非常に良く、マクロ的に観察すると、中心に核があり周辺に若干のフレアーが取り巻くような強度分布になっています。また若干フレアーは赤系色が大きめになっていますので、状況下によってはピント面に若干ではありますが、うっすら赤系の色着きが出るかもしれません。点像再現性は周辺部分も中央と同じ傾向を持っていますが、最周辺ではヴィネッティングの影響もあり、点像のメリジオナル方向が小さくなっています。近距離ではどうでしょうか。近距離収差変動では、大まかにいえば球面収差が微妙に補正不足方向に変化し、かつ若干外コマ状態になります。特にポートレート撮影領域の撮影倍率-1/10~-1/30倍はこの効果が非常に良い方向に働いて、後ボケが美しいレンズにできあがります。完全な無限遠では前ボケが綺麗に写り、有限距離では後ボケが綺麗に写る。これは設計者があえて選んだ収差変動であったのかは今となってはわかりません。しかし、なんと絶妙な収差バランスではないでしょうか。
それではMTF特性を簡単に触れます。太陽光前提の白色時の30本/mmを観察した結果を書きます。まず無限遠ではセンター、周辺までの全域で65%以上のコントラスト再現性を保持しています。最周辺のコーナーですら最低でも57%を維持していました。撮影倍率-1/30倍のちょうどポートレート領域でもこの傾向を維持しているばかりか、むしろ最周辺のコーナー部分が59%に向上しています。
それでは至近ではどうでしょうか。撮影距離が2m(撮影倍率は-1/7.4倍)では、センター近傍では62%のコントラスト再現性を維持していますが、周辺は外コマ収差の影響で徐々に低下し最周辺では22%程度まで低下します。しかし10本/mmのコントラスト再現性は十分高く最周辺でも65%程度を維持しますので、撮影倍率を考えれば十分シャープに写ることが推測できます。
また、以前触れましたが、至近時は撮影倍率が増加するにつれて被写界深度が浅くなります。そのため、同一平面内の被写体があるとするなら、それは新聞などの複写以外に見当たりません。立体物を撮影する場合は、各像高における合焦部分のMTF値が重要で、画面全域の平面性を極端に重視すべきではないと私は思います。その点においても、このレンズもまた、実に匠な設計がなされていると感心致しました。
次に遠景実写結果を見ていきましょう。今回はニコンZ 7にマウントアダプター FTZを用いて撮影し評価をいたしました。
それでは、各絞り別に特徴を箇条書きにいたします。評価については個人的な主観によるものです。参考意見としてご覧ください。
F4(開放)
まず特記すべきは、解像力が非常に良い点。センターからごく周辺まで非常に細かい被写体まで解像している。コントラストも良く、問題になるような大きなフレアーは存在しない。ただし、やはり望遠レンズである。予想とおり若干マゼンタ色の色付きが確認できる。しかし、これはいわゆる等倍拡大時の観察であり、通常では意識できないレベルであった。望遠レンズとしては非常に優秀だという印象。
F5.6
一段絞ってほのかに取り巻いていたフレアーと色付きがほぼ消え去る。さらにシャープネスが向上した印象。特にコントラストが向上した。申し分ない画質になる。
F8
均一で全面最良な画質。画質がさらに一段向上する。特にフレアーが最周辺まで全くなくなる。さらに申し分ない画質。総合的に見てベストな画質と言えよう。
F11
均一で全面良好な画質でF8時とほぼ変化なし。しかし気のせいか、微小量だけシャープネスが落ちてきたようにも思える。しかしほぼ同じ画質と考えてよかろう。実用的にも風景等ではF8~F11で撮影することを推奨する。
F16
ボテツキが出てきて若干解像力が低下する。回折の影響が出始めている。
F22~32
明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。通常撮影ではやはりここまでは絞らないほうが良い。
それでは、作例写真で描写特性を確認してみましょう。今回もすべて絞りは開放F4で撮影しています。
毎回の事ですが作例はレンズの素性を判断していただくため、できる限りピクチャーコントロールは輪郭強調の少ないモードを使っています。また、あえて特別な補正やシャープネス・輪郭強調の設定は行わないようにしています。被写体は一般ユーザーがこのレンズを使用することを想定して選びました。撮影距離の遠近が網羅できるように心掛けました。
作例1は比較的遠距離域の撮影例です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。ピント位置のシャープネスは文句ありません。また、前後に写り込んでいるボケも二線ボケの傾向が少なく違和感のない良い描写だと思います。
作例2はもう少し近距離側を使用した撮影例です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。深度がさらに浅くなり、ピント面をより明瞭に見ることができます。シャープネスは高く、ボケ味も良好です。写り込んだ玉ボケをご覧頂いてもボケ味の素直さを確認できるのではないかと思います。
作例3はさらに近い距離です。ほぼ最至近による撮影例です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。花の解像感、おしべの先端や花びらの質感、とてもきれいに再現されています。また、ディフォーカス部分の描写を観察してください。ボケ味が上質で美しく自然です。
作例4はちょうど5~8mぐらいの撮影距離における作例です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。ピント面の先鋭さ大きくディフォーカス部分の玉ボケ描写がみてとれます。ピント面は端でも高い解像力があります。いわゆる玉ボケはヴィネッティング形状が現れます。端ではいわゆるラグビーボール型になりますが、見苦しくない形で良好な部類だと思います。また、実はこの玉ボケの輝度分布形状からダイレクトに収差補正状態が予想できます。そのような見方をしたとき、玉ボケ内に大きな輝度差がなく均一なところから、このレンズが素直で良好な収差補正がなされていることがわかります。
作例5はさらに遠景の撮影時の作例です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。ピント位置のシャープネスは文句ありません。また、後に写り込んでいるボケも二線ボケの傾向が少なく、なにが写っているのかきちんと判断ができます。写真レンズとしては、これは非常に重要な性能です。なぜなら三次元の描写性能が良いという意味に等しいからです。
作例6は点列の夜間撮影をしてみました。ここから何がわかるでしょう。ピント面は無限遠近傍の遠景です。もちろん絞りは開放絞りのF4です。ピント位置のシャープネスは文句ありません。徐々に前ボケが変化する様子が見て取れます。微ボケから中ボケ領域の変化で二線ボケの傾向が判断できますし、中ボケから大ボケ領域でヴィネッティングの影響がわかります。
作例7はピント面を極力平面に合わせて撮影した作例です。もちろんF4の絞り開放における作例です。この作例を見れば中心から端まで均一で高解像力を持っていることが理解できます。また、望遠レンズでありがちな色にじみもほとんど発生していません。また周辺減光も気にならないレベルです。
作例8は光源を写し込んだ作例です。距離はほぼ至近距離です。もちろん絞りはF4の開放絞りです。ゴーストフレアーも発生していないクリアーな写りです。ピント面が逆光時でもシャープです。またボケ味も癖がなく実に美しい描写です。
いかがでしたか、このレンズの素直な描写、繊細で緻密な写り。どれをとっても満足できるレンズでした。綱島さんは、実に誠実で真面目なニッコールらしい望遠レンズを開発してくださいました。奇をてらったような凄いスペックのレンズではありません。しかし、一般のユーザーが容易に手に取れる平凡なスペックのレンズほど、設計思想や設計者のスキルが光るものです。ズームレンズ全盛で安価なズームレンズが幅を利かせているなか、この愚直なまでも真面目な作りの小型望遠レンズは、今では非常に安価で入手可能です。機会があれば是非お試しください。綱島さんの思いが伝わるはずです。
先にご説明しましたテレ比ですが、実際に計算して他のレンズと比較してみましょう。new Nikkor 200mm F4のテレ比はちょうど0.8です。それでは先代のNikkor Auto 200mm F4のテレ比はどのくらいでしょうか?実はテレ比は約1(0.99)なんです。要はほとんどテレ比のかかっていないレンズだったのです。しかしニッコールオートの発売当初では、コンパクトで画期的にシャープな望遠レンズと評判だったんです。(第四十八夜参照方)。しかし時代を考慮しても、今となってはやはり大きい印象は拭えません。綱嶋さんはこのレンズを限界まで小さくしたかったのだと思います。ちなみに同世代の他社レンズもいくつか調べてみました。まずは小型の望遠レンズというコンセプトで1965年に発売されたトプコール20cm(200mm)F5.6です。実測してざっくり計算したところ、テレ比は約0.83倍でした。1960年代にこの小型化が達成できたのはある意味すごいことなのですが、いかんせん開放F値がF5.6。1絞り分も暗いのです。発売時期や開放F値が違いすぎますから、さすがに比較はできないですね。それではもう1本。私の記憶が正しければ、本レンズとほぼ同年代の1974年に「世界一の小さい200mm」と銘打って発売されたZuiko 200mm F5です。資料のデータを基に計算しました。テレ比は約0.76倍。世界一かどうかはわかりませんが、確かに小さいですね。しかし如何せん開放F値がF5。F4より半絞り以上暗いですから、収差補正の自由度向上分をテレ比縮小に充てたといっても過言ではないと思います。口径の違いは、焦点距離が大きくなればなるほど、収差補正上では圧倒的な差になります。したがって、このレンズも直接比較することは難しいと思います。
このように各レンズのテレ比を考慮しても、綱嶋親分の作り上げた200mmF4がどれだけ小型で高性能なのか、おわかりいただけたのではないでしょうか。綱嶋親分は今回もいい仕事をしてくださいました。おそらく200mmF4クラスでは最も小さい、クラス最小の望遠レンズの一つではないだろうかと思います。まさにこのレンズは「小さな巨人」と呼ぶにふさわしい。みなさんそう思いませんか。