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第八十六夜 AI Nikkor 24mm F2.8

新世代の近距離補正方式
AI Nikkor 24mm F2.8

今夜は、AI Nikkor 24mm F2.8をとりあげてみたい。このレンズは、第十四夜で紹介したNikkor-N Auto 24mm F2.8の後継機として1977年に発売されたレンズである。前モデルからどのように改良されたのかみてゆこう。

大下孝一

AI Nikkor 24mm F2.8

1967年に世界初の近距離補正方式を搭載したNikkor-N Auto 24mm F2.8が発売されて以降、Nikon F用の広角レンズの開発が着々と進められた。その翌年にはNikkor-UD Auto 20mm F3.5(第二十夜で紹介)、1973年にはNikkor Auto 15mm F5.6、1974年にはNEW Nikkor 20mm F4(第二十夜で紹介)と発売され、1970年代半ばには広角系レンズのラインナップがほぼ完成する。その後はラインナップの拡充とともに、既存レンズの改良設計が進められてゆく。そんな中、Nikkor-N Auto 24mm F2.8発売から10年後、AIニッコールレンズの第一弾として登場したのがこのAI Nikkor 24mm F2.8である。光学設計はこの千夜一夜物語で度々登場する森征雄さんである。森さんは、上に紹介した15mm F5.6や20mm F4、長らく最大画角の一眼レフ用広角レンズとして君臨したNew Nikkor 13mm F5.6(第九夜で紹介)など、当時のNikkor広角レンズのほとんどを設計した広角レンズ設計のスペシャリストである。

Nikkor-N Auto 24mm F2.8で改良すべき点は大きく2点あった。1つは、フィルター装着時にわずかに周辺光線がケラレる点、そしてもう一つは周辺性能の改善である。第十四夜で実写していた時には気にならなかったのだが、周辺のコマフレアが多くフレアっぽい点と、像面湾曲が大きく、画面中間部と画面周辺部で解像が低下する弱点があったのである。これらの弱点を克服すべく、New Nikkor 13mm F5.6の設計が一段落した1974年ごろから設計がはじめられる。この時、森さんの頭にあったアイディアは凸先行タイプのレトロフォーカスレンズだったと思う。第二十夜で紹介したように、超広角といわれる20mmでもアタッチメントサイズ52mmのレンズが設計できたのだから、これを応用すれば、24mm F2.8も設計できるに違いない。こうして設計された最初の試作レンズは、性能は良好だったもののゴーストでNGとなったが、ここであきらめず、翌年の試作では後群の形状を変更しゴースト対策を行ったことで量産OKとなったのである。そして1977年、レンズがAIシリーズへと切り替わるタイミングで、AI Nikkor 24mm F2.8として発売されることになった。

レンズの構成

AI Nikkor 24mm F2.8のレンズ断面図を図1に示す。

図1  AI Nikkor 24mm F2.8 レンズ断面図

第十四夜に紹介したNikkor-N Autoの構成とは大きく変わっており、レンズの先頭に凸レンズを配置した凸先行型のレトロフォーカスタイプとなっている。この凸先行タイプは、前玉レンズの直径は凹先行タイプより大きいのだが、前玉の曲率がゆるく、フィルターを接近して配置できるため、アタッチメントサイズを小さくするためには凹先行タイプよりも有利になるのである。森さんも凸先行タイプのこの特性に着目して設計したに違いない。また、第4レンズ、第5レンズとして配置された厚肉レンズも小型化に貢献している。

第二十夜で紹介したNew Nikkor 20mm F4のレンズ断面図と比較すると、かなり似通った構成であることがわかる。おそらくこのレンズをお手本に設計を進めていったことが想像できる。ただ、ここで問題が発生する。New Nikkor 20mm F4のレンズ構成では、レンズがぎっしり詰まっていて、近距離補正を導入できる空気間隔がないのである。そこで森さんが考えたのが、厚肉レンズを分割してこの間隔を近距離補正に使おうというアイディアである。そしてその間隔に絞りを設ければ、第6凸レンズと第7凹レンズ(従来はこの間に絞りを配置していた)の間隔を接近させることができて、強い曲率をもつ第6レンズ像側面と第7レンズ物体側面で発生しがちな高次のフレアを抑制できるだろう。この狙いは見事にはまり、像面湾曲とコマ収差をはじめ諸収差を大きく抑制した24mmレンズが完成したのである。

またこの新しい近距離補正方式は、距離による収差変動もさらに小さく抑えられており、近距離性能も向上している。さらに、このレンズには、当時高価だったランタン系の新種ガラスが全く使われていないことも特筆すべき点で、サイズ面でも、性能面でも、コスト面でも隙のないレンズに仕上がっている。

レンズの描写

それではいつものように実写でレンズの描写をみてゆこう。今回もフルサイズミラーレスカメラZ 6にマウントアダプター FTZを装着して撮影を行った。AIタイプのマニュアルフォーカスレンズは、FT-Zに装着時は実絞り測光の撮影となる。ただしボディー側にレンズ情報が伝達されないので、ボディー側で焦点距離や開放F値の情報を登録する必要がある。登録することで、撮影した画像のExif情報に焦点距離情報が記録され、ボディー内手振れ補正が正しく作動するようになる。ただし絞り環を操作してもボディーに伝達されないため、絞りのExif情報が変わらない点は注意が必要である。

作例1 F2.8

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞り開放
1/1600S
ISO100
NX Studioにて現像

作例1 F8

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF8
1/320S
ISO100
NX Studioにて現像

作例1は、遠景画像で、絞り開放で撮影したものと絞りF8で撮影したものを並べて掲載している。絞り開放で撮影した左の作例では、画面中央部はシャープであるが、周辺7割あたりからフレアがかかりコントラストが低下している。しかし画面周辺まで解像はしっかりしている。また画面周辺では、被写体のエッジにわずかに倍率色収差が認められるが、以下の作例ではRAWで撮影し、倍率色補正OFFで現像しているためで、多くの場合ボディー内またはNX Studioの倍率色補正機能で目立たなくすることができるだろう。さらに空のグラデーションに着目すると、画面四隅で光量が低下していることがわかる。この周辺光量低下は、F5.6まで絞り込むとほぼ解消されるだろう。

右の絞りF8で撮影された作例をみると、開放で発生していた周辺のフレアや光量低下が解消され、画面四隅までほぼ均一な描写となっている。

作例2 F2.8

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞り開放
1/1.3S
ISO100
NX Studioにて現像

作例2 F5.6

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF5.6
2S
ISO100
NX Studioにて現像

作例2は、夜景写真を絞り開放と絞りF5.6で撮影してみた。左の絞り開放の作例では、画面周辺の光源に鳥が羽を広げたようなサジタルコマフレアがみられ、これが作例1で認められた画面周辺部のフレアの原因だったことがわかる。右のF5.6に絞り込んだ作例では、サジタルコマフレアは画面の大部分で消えているが、子細にみると画面隅の光源像が三角に歪んでおり、この解消にはさらにF8まで絞り込む必要がある。

作例3 F2.8

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞り開放
1/400S
ISO100
NX Studioにて現像

作例3 F5.6

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF5.6
1/125S
ISO100
NX Studioにて現像

作例3は、距離1mくらいでアジサイの花を、絞り開放と絞りF5.6で撮影したものである。左の絞り開放で撮影したアジサイの花も近距離補正の効果でピントの合っているところはコントラストよく描写されている。注目してほしいのは背景のボケ像で、特に画面右上がわかりやすい。ボケ像がCあるいはV字状に変形して、放射状に流れたようになっているのがわかるだろう。これが第八十四夜に解説した近距離補正機構の弊害というべきもので、近距離補正を行うことで、背景の被写体に対して非点収差が発生してしまうため、像が流れてしまうのである。また、V字のエッジを形成しているのは、作例2で指摘したサジタルコマフレアによるもので、近距離撮影ではこれを解消するために少し絞り込んで、二線ボケの傾向を減らして撮影したい。右の作例はF5.6に絞り込んで撮影したもので、画面隅でボケが放射状に伸びる傾向は残っているものの、二線ボケはなくなり、やわらかいボケになっている。

作例4

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF11
1/200S
ISO100
NX Studioにて現像

作例5

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF5.6
1/1000S
ISO100
NX Studioにて現像

作例4は、西大井のニコン新社屋の建設風景である。絞りF11で撮影した。F11まで絞り込むことで、手前の被写体から、クレーンの鉄骨やワイヤーに至るまで克明に描写されている。エッジに倍率色収差が認められるので、通常は倍率色収差補正ONで現像したい。

作例5は、かなり寄って絞りF5.6で撮影したカシワバアジサイの写真である。広角レンズでの花の写真は、花のアップだけでなく、周囲の情景まで写し取ることができるため、アジサイのようにまとまって咲いている花の写真には特に有効である。F5.6に絞り込んで撮影したのは前記の通りボケを素直にするためだが、さらに絞り込んで背景の花もはっきりさせた方がよかったかもしれない。

作例6

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞り開放
1/500S
ISO100
NX Studioにて現像

作例7

Z 6+FTZ
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF 5.6
1/200S
ISO100
NX Studioにて現像

作例6は、絞り開放で撮影したイヌヌマトラノオである。動物の尾に似たおもしろい形状の花序がチャーミングな花だ。撮影したのが曇りの日で、背景のコントラストがそれほど高くなかったので開放絞りで撮影してみたが、背景の二線ボケが少しうるさく感じられるかもしれない。

作例7は、梅の花を最至近、絞りF5.6で撮影した。このような半逆光の撮影で注意したいのはゴーストである。このAI Nikkorレンズはマルチコートなので、ゴーストはそれほど多くない。ただ、画面内長辺隅(短辺方向なら画面外)に光源があるときに光源内側に出る青色ゴーストは、開放では拡散されておりそれほど気にならないが、F8、F11と絞り込むにつれて形が小さくなり強度が増すため、主要被写体に重なり目障りに感じることがあるかもしれない。光源が画面外の場合はハレ切りをしたり、また画面内の場合は少しアングルを変えるなどして対処していただきたい。

作例8

Z 6+FTZ+BR2A
AI Nikkor 24mm F2.8
絞り開放
1/13S
ISO800
NX Studioにて現像

作例9

Z 6+FTZ+K1+BR2A+K4+K5
AI Nikkor 24mm F2.8
絞りF8
1/5S
ISO100
NX Studioにて現像

読者のみなさんは、リバースリングBR2Aというアクセサリーをご存じだろうか?このニッコール千夜一夜物語でも第四夜のZoom-NIKKOR-AUTO 43-86mm F3.5で一度紹介している。片側がレンズ側Fマウントになっていて、もう一方がφ52のオスねじになっている薄いリングである。アタッチメントサイズ52mmのレンズの先端にこのBR2Aをねじ込んで、カメラボディーにレンズを逆向きにとりつけるアタッチメントである。このようにレンズをとりつけると、レトロフォーカスタイプの広角レンズでは等倍以上の撮影ができたり、マイクロレンズではレンズを逆向きに取り付けることで、等倍以上の撮影で画質が向上したりするという効果がある。作例8はこのBR2Aを使って拡大撮影をしたポインセチアの花である、BR2AでそのままFマウントボディーに取り付けると、倍率2.5倍の拡大撮影ができるので、1cmほどの小さな花が画面いっぱいに撮影できるのである。この作例では幻想的な雰囲気を出すため絞り開放で撮影しているが、画面中央部は意外にしっかりした描写をしている。ちなみに、BR2A装着時は、フォーカスリングを回してもピント合わせができないので、レンズと被写体の距離を変化させてピント合わせを行う必要がある。またこの時フォーカスリングは最至近距離0.3mの位置にしておくのが望ましい。この方が近距離補正の効果がかかって、周辺の非点収差が改善されるからである。

作例9は、BR2Aを使い、さらに接写リングK1、K4、K5を取り付けて、ボディーとレンズの間隔を40mm延長して撮影したメノウ板である。この状態で撮影倍率は約4倍である。このメノウ板は、第七十四夜の作例5と同じもので、倍率の違いが実感できるだろう。このようにレンズとボディーの間隔を拡大すると、実効F値が暗くなるため、回折の影響で像のシャープネスは低下するが、収差バランスはよくなり、特に周辺性能が改善される。これはどういうことかというと、レンズ先端からボディー撮像面の間隔を20cm程度まで延ばせば、被写体から像面までの距離(撮影距離)が30cmとなり、このレンズの最至近の状態で被写体と像面を逆転させた状態になるからである。レンズの結像性能は、被写体と像面を逆転させても同等であるため、至近距離性能が良好なレンズであれば、レンズを逆転させても良好な性能が得られるのである。ただし、実効F値が暗いため回折による解像低下が大きいことと、倍率色収差が拡大されるため、普通の撮影で期待するほどの解像性能は得られない点は注意が必要である。拡大撮影では、絞りによる被写界深度の拡大はほとんど期待できないが、収差の改善のため絞り込んで撮影した方がよいだろう。しかしあまり絞り込みすぎると回折による解像低下が顕著になるため、個人的には絞り指標でF5.6~F8あたりが良好に感じた。この作例では絞りF8に絞り込んで撮影している。撮影倍率4倍なので実効F値は40である。

近距離補正方式の進化

1977年発売されたこのレンズは、1981年にAI Nikkor 24mm F2.8Sにモデルチェンジされ、さらに1986年にはAI AF Nikkor 24mm F2.8SでAFレンズに生まれ変わり、1993年にはAI AF Nikkor 24mm F2.8Dとなり、光学系は同じままでごく最近まで継続生産され、愛用されたロングセラーレンズである。また、このレンズの近距離補正方式をお手本として、第五十七夜で紹介したAI Nikkor 28mm F2.8S(1981年発売)やAI Nikkor 20mm F2.8S(1984年発売)などの高性能広角レンズが開発され、その設計思想は脈々と引き継がれている。その意味で、このAI Nikkor 24mm F2.8は新世代の近距離補正レンズの第一弾となったレンズだといえるだろう。

ちなみに、このレンズ開発の前後、森さんはレトロフォーカスタイプの近距離補正のタイプを盛んに検討し、特許の出願を行っている。その1つがレトロフォーカスレンズの最後の凸レンズのみをフォーカスで移動させるリアフォーカスタイプである。結局この設計は商品化に至ることはなかったが、1994年にこのアイディアを基に佐藤治夫さんの手によりAI AF Nikkor 18mm F2.8Dが開発されている。小さなレンズの移動でフォーカスを行なうAFレンズの嚆矢といえる研究といえるだろう。

今は24mmレンズといえば、標準ズームの中に包括される焦点距離のため、使用頻度は下がってしまったが、かつては広角レンズの標準として私の撮影のお供に欠かせないレンズの1つだった。久しぶりに触って撮影してみると、F2.8単焦点レンズならではの軽量小型さと、歪曲収差の少ない描写で改めてこのレンズの実力を実感した。ズームレンズとは一味違う小型単焦点レンズのフィーリングを楽しんでみてはいかがだろうか?

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