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第八十夜 Nikon Lens Series E 100mm F2.8

軽さが魅力のEシリーズ望遠レンズ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8

今夜は、第七十六夜に続いてEシリーズのレンズをとりあげてみたい。日本国内でも発売された望遠レンズNikon Lens Series E 100mm F2.8である。

大下孝一

Lens Series E第一弾

米国で1979年に、そして国内では1980年に発売されたNikon EMとLens Series Eの開発の経緯については第七十六夜にお話ししたので、そちらも参照して読んでいただければ幸いである。このNikon Lens Series E 100mm F2.8はLens Series E第一弾のレンズで、Nikon Lens Series E 35mm F2.5と共にEシリーズレンズを代表するレンズといえるだろう。もちろん第四十二夜で紹介したNikon Lens Series E 75-150mm F3.5も、第七十六夜で紹介したNikon Lens Series E 135mm F2.8もEシリーズラインナップの1本で、さまざまなコストダウンの施策を経て誕生したレンズなのだが、ズームレンズだったり、焦点距離が長いこともあって、外観にも金属部品が使われ、ずっしりと重量感のあるレンズだった。一方このレンズは、外装や内部部品にエンジニアリングプラスチックが多用され、手に持った時に「おっ」と驚くほどの軽量レンズに仕上がっている。近い焦点距離のレンズにAI Nikkor 105mm F2.5Sがあるが、このAIレンズのおよそ半分の重さしかなく、リトルニコンEMにふさわしい小型軽量のレンズである。

Nikon Lens Series E 100mm F2.8

このレンズを設計したのは松井靖さんである。設計を着手した時期は定かではないが、1977年の初めから春頃だったと思われる。そして夏ごろには設計を完成させ、試作を行うことになったのである。ところが完成した試作品は期待したような性能が出ず、改良設計を行うことになってしまった。この試作レンズのデータは報告書として残っていて、その性能を再現してみると、軸上色収差で紫色の補正残りが大きい。そして、距離による性能変動が大きく、性能のピークを近距離寄りに設定していたため、特に無限遠描写がフレアっぽくなってしまっている。この2点が、期待した性能が出なかった原因と考えられる。そこで松井さんは改良設計に取組み、1978年初夏に設計をまとめ、再試作を経て完成したのが図1に示すNikon Lens Series E 100mm F2.8のレンズである。

図1 Nikon Lens Series E 100mm F2.8 レンズ断面図

このレンズも第七十六夜で紹介した4群4枚のエルノスタータイプの構成を採用している。というより開発時期からいって、このE 100mm F2.8をお手本にして第七十六夜のNikon Lens Series E 135mm F2.8が生まれたというべきだろう。

エルノスタータイプの特徴は、凸レンズ、凹レンズ、凸レンズで構成されているトリプレットレンズ先頭の凸レンズと凹レンズの間に、メニスカス形状の凸レンズを付加したことで、F値を明るくしても球面収差とコマ収差が良好に補正できることである。一方、距離による収差変動が比較的大きいという欠点がある。そのため開発時に性能バランスに苦心したのだが、このレンズでは最初の試作時より撮影距離による性能の変化を小さく抑え、かつ無限遠からポートレートのバストアップの距離でベストの性能となるように設計バランスを整えることで良好な性能を確保している。非対称性の高い光学系であるため、糸巻き型の歪曲収差の発生が懸念されるが、1%程度に抑えているので建物など直線のある被写体の撮影でも目立つことはないだろう。

レンズの描写

それではいつものように実写でレンズの描写をみてゆこう。今回もフルサイズミラーレスカメラZ 6にマウントアダプター FTZを装着して撮影を行った。Eシリーズのレンズは、Fレンズの形式でいえばAI-Sタイプのマニュアルフォーカスレンズである。FT-Zに装着時は実絞り測光の絞り優先AE撮影が可能である。ただしカメラ側にレンズ情報が伝達されないので、必ずボディー側で焦点距離やF値の情報を登録すること。登録することで、撮影した画像のExif情報に焦点距離情報が記録され、カメラ内VRが正しく作動するようになるのである。

作例1

Z 6+FTZ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8
絞り:開放
シャッタースピード:1/1600S
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例2

Z 6+FTZ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8
絞り:F4
シャッタースピード:1/800S
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例1は、距離2~3mで菜の花を絞り開放で撮影したものである。このような前後ボケの入った写真は100mmクラスの望遠レンズで撮ってみたいシーンの一つだろう。ピントの合った花はシャープで、大きな前ボケや背景の後ボケはなだらかにボケており、期待通りの描写である。ただ、子細に見ると少し手前にある花の輪郭がわずかに赤く色づきエッジが立って見える。これは残存する軸上色収差と補正不足気味の球面収差の影響である。

作例2は、距離5m程度、絞りF4で撮影した桜の花である。この作例では前ボケはほとんどなく、後ボケをみるために撮ったものだが、1絞り絞り込んだこともあり、作例1にみられたボケのエッジの色づきもほとんど目立たなくなっている。ただ高輝度輝点のボケに7角形の絞り形状が出てしまうのは好みの分かれるところかもしれない。

作例3

Z 6+FTZ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8
絞り:F8
シャッタースピード:1/500S
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例4

Z 6+FTZ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8
絞り:F4
シャッタースピード:1/640S
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例3は絞りF8で撮影した遠景に近い風景写真である。このレンズは無限遠から3mくらいまでの距離では、画面中心から周辺まで均質な描写をする。ただし絞り開放では軸上色収差や球面収差がわずかに残っているため、よりシャープな描写を求めるには2絞りほど、F5.6まで絞り込んで撮影するほうがよい。また、開放絞りでは周辺光量の低下があり、光量を均質にするためにもF4~F5.6に絞り込むことをお勧めしたい。この作例では、近くの桜から奥の桜まで深度に入れるために、F8まで絞り込んで撮影している。

作例4はほぼ至近距離1mで撮影した半八重咲の桜である。ニッコール千夜一夜物語でも何度か取り上げたが、このレンズでも採用されているエルノスタータイプは、距離による収差変動が比較的大きく、至近距離では球面収差は補正不足に、また画面周辺では像面がマイナスに、コマ収差は外コマ収差になる。そのため近距離の撮影では、特に画面周辺でフレアっぽい描写になる。そのため、この作例ではF4と少し絞り込んで撮影しているが、画面周辺の桜の描写にはフレアがみてとれるだろう。このフレアを低減させるにはF5.6~F8に絞り込んで撮影することが望ましいが、前景や背景がその分ボケなくなるので、撮影意図に応じて絞りを選んでほしい。花の撮影の場合は、多少フレアがあったほうが光や花のみずみずしさが感じられるので、個人的には好きな描写である。

作例5

Z 6+FTZ
Nikon Lens Series E 100mm F2.8
絞り:開放
シャッタースピード:1/1000S
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例5は、同じく1~1.5mの近距離で撮ったチューリップの写真である。この作例では絞り開放で撮影しているので、画面中心の花びらのエッジにもわずかにフレアがとりまいていることがわかるだろう。また画面左右の花に着目すると、ピントの合った画面中心の花より少し手前にある気がしないだろうか?これがレンズの特性で、近距離で像面がマイナスに変動する影響である。平面被写体では気になるが、このような立体物ではそれほど気になることはないだろう。

E 100mm F2.8との出会い

このレンズとの出会いは、40年ほど前、大学の天文サークルの後輩が、Nikon EMとともにこのレンズを購入したことにはじまる。EMのボディーと、このレンズのサイズと軽さにも驚いたが、そつのない写りの良さにも感心した。

そしてニコン(当時は日本光学工業株式会社)に入社後、100mm前後の中望遠レンズを購入するにあたって、職場の備品にあった色々なレンズを借りて試したり、仕事の空いた時間にそのレンズの性能をシミュレーションで確認したりして吟味をしたものである。入社当時から友人だった佐藤治夫さんは、自身が昔から愛用していたNikkor 105mm F2.5を勧めてくれたが、同じレンズを買ってもつまらないので、このE 100mm F2.8を購入したのだった。その後押しとなったのが、AI 105mmレンズとのシミュレーション比較と、実際に使った時のフィーリングだった。実際AI 105mmとの性能比較では、無限遠から中間距離までボケ味をふくめ非常に似た性能だったのである。もちろんレンズの性能は、こうした机上の収差検討だけでは語れない。コーティングを含めたレンズ作りこみを考えると、逆光時など厳しい撮影条件ではAI 105mm F2.5の方が色の乗りが濃く美しい描写が得られるだろう。とはいうもののこの収差性能の良さに、普及レンズでも光学性能に手を抜かないLens Series Eの矜持を感じたのである。

さて、購入してからは旅行写真やポートレートなど大活躍してくれた愛用のレンズだったが、マイクロレンズの購入を機に手放してしまった。やはり至近距離1mまでしか寄れないのは作例4のようなシーンでは使いづらく、同じような焦点距離のマイクロレンズがあれば要らないと短絡的に考えてしまったのである。しかしいざ手放してみるとあの小型で軽量な感触が忘れられず、数年後カメラ店で、たまたまあったデッドストックを再購入してしまった。そして今はまた、このレンズも手放してしまったのだが、機会があれば中古で買い直して手元においておきたいと秘かに思っている。そんな、何度手放してもまた手元におきたくなるこのレンズの魅力は、小さく、軽く、そしてそつなく素直に写るということに尽きるだろう。荷物をあまりもって行きたくない旅行にも、このレンズならかばんの片隅に入れられる、そんな妄想の膨らむ、かわいいレンズなのである。

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