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第七十八夜 AI Nikkor 45mm F2.8P

Nikon FM3Aの標準パンケーキレンズ
AI Nikkor 45mm F2.8P

今夜は、一眼レフカメラNikon FM3Aの標準レンズとして開発されたAI Nikkor 45mm F2.8P をとりあげてみたい。

大下孝一

Nikon FM3A

Nikon FM3Aは、メカニカルシャッターを搭載したNikon FM2と絞り優先オート一眼レフNikon FE2の後継として、電子制御の絞り優先オートを搭載しながら、バッテリー消耗時にはメカニカル動作をするハイブリッドシャッターを搭載した、まさにFM2とFE2のいいとこ取りを企図して開発されたカメラである。発売された2001年といえば、デジタル一眼レフD1Xが発売された年であり、フィルムカメラもオートフォーカスカメラが当たり前となっていた時代である。しかし、写真の基礎を一から学びたいというマニュアル志向の写真学生の需要は根強くあって、その期待に応える決定版のカメラをつくりたいという想いを結実させたのがFM3Aなのである。開発リーダは、第六十夜で紹介した中野良幸さん、メカ設計リーダは、第五十二夜で紹介したおもしろレンズ工房に登場する塚本雅章さんであった。

彼らにはもう一つ、このカメラに対する想いがあった。交換レンズあっての一眼レフだが、交換レンズはほとんどAFレンズにモデルチェンジされていた。せめて標準レンズだけでもこのカメラにマッチした新しいレンズがつくれないだろうか?そこでFM3Aにマッチする小型軽量の標準レンズの開発が提案されたのである。

パンケーキレンズ

重厚長大のイメージのあるニッコールレンズだが、パンケーキレンズのような薄型一眼レフ用レンズの開発は昔から行われてきた。例えば、Fの頃発売されたGN Nikkor 45mm F2.8や、EM用の標準レンズとして開発されたAI Nikkor 50mm F1.8S(第六十夜で紹介)などである。

また、1980年代から90年代にかけて、他社から焦点距離40mm~50mmの薄型レンズが発売され、携帯に便利な「パンケーキレンズ」ともてはやされていた。それに呼応するようにニコンでも80年代後半に薄型AFレンズが企画・試作されたが残念ながら量産には至らなかった。その後プロネアSにマッチする薄型レンズも計画されたが、これも日の目を見ることなく立ち消えとなってしまったのである。

このようなわけで、FM3A用の標準レンズは、レンズ設計部門として今度こそ製品化するぞという意気込みに満ちたレンズだったのである。

AI Nikkor 45mm F2.8P

このレンズに対する要求は、開放からよく写る高性能レンズであること、小型のFM3Aにマッチする薄型レンズであること、外観が金属で高級感があることであった。光学設計を担当したのは私である。実は計画が中止されたプロネアS用の薄型レンズ担当だったことで、設計を任されたのであった。

設計は2000年の1月初旬にスタートした。極力レンズを小型にすることと、GN Nikkor45mm F2.8へのオマージュもあり、焦点距離は45mmとした。FM3Aにつけっぱなしでスナップ的に撮るには、少し広角に寄せた45mmの方が使い勝手がよいだろうと考えたからでもある。レンズ構成もGN Nikkor 45mm F2.8と同様に3群4枚構成を中心に検討をはじめた。

凸レンズ、凹レンズ、凹凸の接合レンズからなる3群4枚構成のレンズをテッサータイプというが、このテッサータイプには2つの弱点があった。1つは球面収差が大きいこと、そしてもう1つは像面の平坦性がガウスタイプに比べると良くないことである。

テッサータイプは、ゾナータイプと同様に、トリプレットの発展形とみなすことができる。トリプレットの最終凸レンズを凹凸の接合レンズとし、凹レンズの屈折率を凸レンズより低くすることで、トリプレットより像面の平坦性を向上させているのだが、この接合レンズが球面収差やコマ収差を悪化させる方向に作用するため、球面収差を小さく抑えることが難しいのである。また、像面を平坦にするには、接合面や2番目の凹レンズの曲率が強くなってしまうため、非点収差が発生しやすいことがもう1つの課題である。そのため、非点収差の影響で画面中間部と画面最周辺で像が崩れがちなのであった。

1週間くらいの検討で、構成の違う2つの設計データを作成した。1つは開放のコントラストはやや落ちるが像面の平坦性を追求したパターンで、もう1つは球面収差やコマ収差を低減することで開放のシャープネスを追求したパターンである。どちらのタイプを元にまとめるか悩んだが、開放でも絞り込んでもテイストの変わらない写りのレンズが標準レンズにふさわしいだろうと、後者のタイプを選択して設計を進めた。

そして設計完了したのが図1のレンズである。

図1 AI Nikkor 45mm F2.8P  レンズ断面図

典型的なテッサータイプのレンズだが、特徴の1つが先頭の凸レンズの直後に絞りを配置していることである。これは絞りをこの位置にするよう鏡筒設計者から指示されていたためである。そしてもう1つは各レンズの曲率半径が比較的大きいことである。

テッサータイプの特徴は、2番目の凹レンズの像側の面と、接合レンズの接合面の曲率半径を小さくして像面の平坦性を担保することだが、上に述べたように接合面の曲率半径を小さくすると球面収差が大きくなってしまうことと、特にこのレンズのように先頭レンズの直後に絞りがある場合、非点収差やコマ収差の補正に悪影響を及ぼしてしまうのである。そこでこのレンズでは、凸レンズに当時開発されたばかりの高屈折率ガラスを使うことで、接合レンズの曲率半径を大きくし、像面の平坦性と球面収差やコマ収差の補正を両立させたのである。

図2 専用フード

また厚さ17mmという薄型レンズでありながら最短撮影距離は45cmを確保している。薄型レンズだけど標準レンズなんだから、ちゃんと寄って撮れないと、という鏡筒設計者のこだわりである。加えて特徴的なのが標準で付属する専用フードである。社内ではその外観からフジツボフードと呼ばれているが、この外観デザインを担当されたのは、Ai AF DC Nikkor 135mm F2Sの光学設計をされた方なのである。彼は光学設計部門からデザイン部門に異動となり、このレンズのデザイン担当となったのである。

レンズの描写

それではいつものように実写でレンズの描写をみてゆこう。今回もフルサイズミラーレスカメラZ 6にマウントアダプター FTZを装着して撮影を行った。

外観は金属で、フォーカスや絞りの作動はしっとりと高級感がある。マニュアルフォーカスレンズだがCPU内蔵のPタイプレンズなので、焦点距離や絞り情報もExifデータに記録される。またデジタルカメラでは、AF NIKKORレンズと同様に絞りを最小絞りにして使う必要がある。

作例1

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:開放
シャッタースピード:1/2000sec
ISO:100
NX Studioで現像

作例2

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:F8
シャッタースピード:1/400sec
ISO:100
NX Studioで現像

作例1と作例2は、それぞれ絞り開放と絞りF8の遠景写真である。作例1では周辺減光によって画面四隅が暗くなっていることがわかるだろう。この周辺減光は絞り込むことによって改善され、F5.6から8に絞れば解消される。また、画面を拡大して子細に見ても画面中心から7割あたりまでは絞り開放から非常にシャープで、作例1と2を見比べてもほとんど違いがわからないほどである。違いが出てくるのが周辺部の描写で、次第にフレアっぽくコントラストが低下し、そして非点収差の影響で画面のごく四隅で像が流れている。画面周辺部のフレアはF4からF5.6でほぼ解消されるが、ごく四隅の像の流れを解消するにはF8からF11に絞り込む必要がある。このごく四隅の像の流れがこのレンズの弱点といえるだろう。一方ビルの描写からわかるとおり、歪曲収差は極めて小さく抑えられている。

作例3

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:開放
シャッタースピード:1.3sec
ISO:400
NX Studioで現像

作例4

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:F5.6
シャッタースピード:3sec
ISO:400
NX Studioで現像

作例3と作例4は同じシーンの夜景を絞り開放と絞りF5.6で撮影したものである。作例3で開放の描写を見ると、日中の写真では見えなかった青色や白色のフレアが画面中心付近から出ていることがわかる。夜景や星の写真が「レンズのテストチャート」といわれるゆえんである。このフレアは作例1、2の説明にあるとおりF4で改善され、F5.6でほぼ解消されるので、F5.6に絞った作例4ではフレアのないクリアな画像となっている。

作例5

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:F8
シャッタースピード:1/250sec
ISO:100
NX Studioで現像

作例6

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:F4
シャッタースピード:1/1250sec
ISO:100
NX Studioで現像

作例5は、満開間近の桜並木を絞りF8で撮影した。45mmレンズの特徴は何といっても広角的作画にも望遠的作画にも使える「標準レンズ」という点にある。50mmでは少し狭く感じるシーンでも、より開放的に撮影することができ広角感が増して感じられるだろう。ただし、被写界深度は広角レンズに比べて浅いので、パンフォーカス的に撮影するならF11より絞ることをお勧めする。

作例6は、望遠的にアップで撮影し背景をぼかして撮影したシダレザクラである。絞りはF4で撮影している。望遠的に撮るには絞りを開放で使うのが定石だが、このレンズは開放では後ボケがリング状にエッジの強度が強くなっているため、このようなシーンではボケがうるさくなる恐れがある。そのため1段絞って撮影している。絞り込むことでボケのエッジ部分が消えるため比較的なめらかなボケになっている。

作例7

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:F5.6
シャッタースピード:1/25sec
ISO:720
NX Studioで現像

作例8

Z 6+FTZ
AI Nikkor 45mm F2.8P
絞り:開放
シャッタースピード:2.5sec
ISO:400
NX Studioで現像

作例7は至近距離近くで撮影した切り花である。F5.6に絞って撮影した。パンケーキレンズでは薄型に設計する都合上、レンズの繰出し量を小さく抑えているものも多いが、このレンズは、至近距離も妥協することなく45cmを確保している。また光学設計上も近距離での性能低下が少ないので、テーブルフォトなどにも積極的に活用していただきたい。

作例8は、絞り開放、至近距離で撮影した夜景の写真である。作例6で説明した通り、このレンズは絞り開放で後ボケのエッジの強度が強いが、このような夜景の光源ボケでは印象的なボケ形状となっているのではないだろうか?バブルボケといえるほどエッジの強度は強くないし、焦点距離が短いため寄らないと大きなボケが得られないが、作画に使ってほしい特徴の1つである。

短命なレンズ

Nikon FM3Aとともに2001年に誕生したこのレンズだが、当時のデジタルカメラの急激な台頭の中、FM3Aの生産終了と共に姿を消してしまった。FM3Aは、当時欧州で発令されたRoHS指令に対応することが困難だったことで生産を終了し、その標準レンズだったこのレンズも同時に生産終了となってしまったのである。交換レンズとしては比較的短命なレンズであった。本体、専用フィルター、専用フードとポーチのセットでおよそ5万円と比較的高価だったことも短命に終わった原因の一つかもしれない。設計者としては残念である。

今回はZ 6に組み合わせて使ってみたが、気分的にはやはりFM/FE系のフィルムカメラやシルバーのDfなど、小型の一眼レフに装着して軽快に使ってほしいレンズである。

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