人間と自然の営み、ひそやかに——。
激しい日照りの下、わたしは古来の製鉄技術「たたら」の文化が残る島根の山あいを歩いていた。不意に心地よい風が、肌にまとわる汗をなでる。気づけばそこは集落の入り口。なるほど、ヒトの野性で地の利を生かした社会の発生を想像させる瞬間だった。
ここにいると、自然は人間が操るものではなく、コミュニケーションの対象という認識がしっくりくる。今でも、半夏生に刈った笹で巻く餅がふるまわれ、神在月のころ、杜に藁蛇が供えられゆっくり土へ還っていく。
豊かな風土の流転は、一方で人間に厳しさも教える。ツタが空き家を覆い、過疎地に残された果樹が獣を呼び寄せる。生物の多様性や復元力が育まれるのは、土(守る力)と、風(変える力)が摩擦する場所なのだから。
止まらない少子高齢化に無力さを覚えたら、この視点に立ち返りたい。老いと若きが擦れ合う中で、農村と都市、双方の論理をわかり合い、課題を乗り越えられるのは、まさにこの地からであろうと。
(紀 成道)
1978年愛知県生まれ
京都大学工学部物理工学科卒。人、もの、場所、時間、思考の「接点」でものごとは起こり、異質間の相互作用こそ我々に気づきを与えることをテーマに制作を行っている。島国である日本が直面する課題に人々がどう取り組むかに焦点を当て、何が日本を日本たらしめているかを探る。
森にある精神科病院を舞台に、自然を介した患者と健常者との関わりを「Touch the forest, touched by the forest.」(2017年)、製鉄の現場から高度経済成長期と現在の世代のつながりを「MOTHER」、「Hands to a Mass」(2019年)としてまとめた。展示や写真集ならではの表現で発表を続ける。
https://kinoseido.jp/