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第22回(2020年度)三木淳賞受賞作家新作展
飯沼 珠実
機械と心 ―白くて小さな建築をめぐり

会期

2023年11月21日(火)~2023年12月4日(月) 日曜休館

10:30~18:30(最終日は15:00まで)

開催内容

私が養蚕・製糸に興味をもったきっかけは、長野県松本市出身の父の実家が、かつて養蚕農家を営んでいたことにあります。父の思い出話は、都心に生まれ育った私にとっては、映画の中の出来事かのように感じるくらいの距離があり、しかしながらそこに吹く風や滴る汗が、いままさに自分の肌に感じられるような、生き生きとしたものでした。そして同県岡谷市に現在も続く現場に通うようになりました。

それを知り学ぶ手がかりとして、養蚕・製糸の「建築らしさ」に注目しました。この背景には、これまで「建築」を被写体に作品制作に取り組むなかで、自分の関心が建物そのものには留まらず、建築物を起点として、都市や土地固有の歴史、個々人の営みの痕跡やその集積の広がりも、「建築」として捉えるようになったということがあります。

まず、蚕種〜蚕〜繭〜生糸〜織物〜衣服という形状の変化には、点から線、線から面、そして立体物へ、という建築的な展開が感じられます。とりわけ生糸の原料である蚕が、自らの住処としての「繭」を、自分の身体からつくり出すという点は特徴的です。また養蚕・製糸は、近代日本の産業形式のひとつとして、大きな屋根となり、多くの人々の暮らしを守りました。さらに繭や生糸の輸送を目的として鉄道網が開通し、生糸輸出で稼いだ外貨は紡績業や製鉄業のみならず、重工業や自動車産業の重要な資金源として、日本の経済・技術発展の礎となりました。

よりよい品質の生糸を生産するために、蚕の生態は人為的に操作され、「家畜化された昆虫」と語られる場面もあります。事実、蛹から羽化した蛾は、その羽をせわしなくばたつかせるものの、空を飛べません。いっぽう養蚕・製糸に関わる人々は、蚕のことを「お蚕様」と言います。また蚕や繭を外敵から護る猫を「猫神様」として崇め、蚕の健全な成長を祈る気持ちや製糸に際する蚕の殺生に係る行き場のない気持ちを「蚕玉様」に祈ります。岡谷市・照光寺には、製糸所の労働力となった女性たちの寄付により、「蚕霊供養塔」が建立されました。

私がみた養蚕・製糸の世界は、その経糸に合理性や利便性を追求する機械時代、緯糸に人間の個性や心が織り込まれた織物のようでした。人間が機械の主人なのではなく、あるいは機械が人間を追いやるのでもない。機械と人間が、共に生きられる日常を創造してきたようなのです。心が機械にみえること、機械に心を感じること―カメラを通して現場をみつめてみると、歴史の織物は少しずつほつれ、その隙間に立ち現れる景色からは、不思議と写真表現の歩みのページをめくるような感覚が湧いてきました。見ることと見られること、モノのナラティブ、全体ではとくに目立たない存在の「存在」、日常の連続と不連続など。このような経験を手がかりに、「白くて小さな建築」をめぐる景色の断片を掬いたいと思いました。

(飯沼 珠実)

プロフィール

飯沼 珠実(イイヌマ タマミ)

1983年、東京都生まれ。「建築の建築」をテーマに、人々の記憶の集積としての建築物、建築物の住処としての都市や風景を被写体として写真撮影に取り組む。2008年から一年間、ライプツィヒ視覚芸術アカデミーに留学、2013年までライプツィヒに在住(2010年度ポーラ美術振興財団在外研修員)。2014年から一年間、シテ・アンテルナショナル・デ・ザール・パリに滞在。2018年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。現在は東京を拠点に活動。主な個展に、「JAPAN IN DER DDR―東ドイツにみつけた三軒の日本の家」(ニコンサロン、2020)、「建築の瞬間」(ポーラ美術館アトリウムギャラリー、2018)、「建築の建築」(POST、2016)など。主な企画展に、「Von Ferne. Bilder zur DDR」(ヴィラシュトゥック美術館、ミュンヘン、2019)、「Requiem for a Faild State」(HALLE 14 ライプツィヒ現代アートセンター、ライプツィヒ、2018)など。第22回 (2020年度) 三木淳賞受賞。

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