富士山が見える我が家は「岳美・たけみ」という地名。
終の棲家としてこの地を選び、二十五年が過ぎようとしている。
朝は屋上に上がり、お山に向いて一礼する。
照る日も曇る日も挨拶を欠かさない。
「今日は見えるよ」と妻に報告してから、朝食の箸をとる。
新興のこの土地では、「今日はよく見えるね」「真っ白だね」と、山容を称えることが挨拶になる。
毎朝の散歩では、お山に合掌する人の姿を見ることもある。
ささやかな幸せを感じる光景である。
この世を離れるとき、私はどのような風景を思い描くのだろう。
低山の連なりとその稜線の向こうに見える富士の嶺が、まなこの裏に懐かしい気持ちで浮き立つのではないだろうか。
「お山が見える場所に眠りたいわね」
妻の希望である。
(鈴木 賢武)
1940年 静岡県生まれ。
1996年木村仲久氏(1999年歿)に師事し写真を始める。
・2004年 アサヒカメラ組写真の部年度賞一位受賞
・2016年 個展「観山十字路に末枯れていくこと」(銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン)
・2018年 個展「沼の婆さんの言い伝え」(銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン)
・2021年 個展「きょうもお山が見える」(ニコンサロン)
現在21の会、三の会静岡所属