ある日突然、私は味覚も心も無感覚になり、外出さえできなくなった。それは子育てを終えた母親が陥る「空の巣症候群」だった。一年が経った頃、そんな自分を受け入れ、老いていくことを恐れず、日々生きる姿をとどめることで前に進もうと、セルフポートレートを撮り始めた。
その過程で徐々に知ることになったのだ。
母親は子供を「内なる他者」として受け入れて初めて「親」となること。しかし、成長し巣立った子供が不在となった後、喪失を埋めるかのように常に輝くような真新しさで幻影は甦り、その度に不在の痛みが鋭く心を刺しつらぬことを。それは無情にも「親」である私の心を引き裂く。さらに、私と私の母との関係もそうだったのかと腑に落ちたのだ。
やがて、写真の中の私は、暗い部屋から、空の下へ、街へ、人の中へと、再び踏み出していくだろう。写真を撮ることが、私を世界へと解き放っていくと予感する。喪失感も血肉となって、自分を生きていくのだ。
(飯田 夏生実)
■飯田夏生実写真展「in the picture」記念トークショー 日高優(立教大学教授)×飯田夏生実
<自画像が重い鎧を脱ぐとき〜セルフポートレートをめぐって〜>
1954年、東京都生まれ。現在、フリーランスの編集者。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、建築関係の雑誌記者を経て、映画書専門の出版社に入社。映画関係の書籍の編集を通じて、取材撮影を経験、また映画のスティル写真を大量に扱う。2012年に写真教室に入り、2013年より作品制作に取り組み始める。数年のブランクを経て、2020年より写真作品の制作を再開。
2014ー2016年:六甲国際写真祭レビュー参加。
2014−2015年:2年連続で「KAWABA NEW-NATURE PHOTO AWARD」ファイナリスト選出。
2015年:「横浜御苗場Vol.16レビュアー賞(池田修氏セレクト)」ノミネート、「HUNGRY ISSUE 4in Basel(Bjane Bare氏 /ギャラリーMELK)」セレクト。
2017年:kyotographyレビュー、東川町赤煉瓦フォトレビューなどに参加。
2014年:二人展「Chaos--Tingle, Entangle, and Wave」(ブライトフォトサロン)
2015年:グループ展「Photographers Obscure」(Ricoh Imaging Square GINZA)ほか多数参加
2021年:「写真学校10校合同選抜展」(品川キヤノンオープンギャラリー2)。