2018年12月 4日(火) 〜 2018年12月10日(月) 日曜休館
2018年12月 4日(火) 〜 2018年12月10日(月) 日曜休館
【第43回伊奈信男賞 インベカヲリ★写真展「理想の猫じゃない」】※写真左から1・2・3点:撮影 インベカヲリ★
あなたはなぜ、あなたになったのか。それが知りたくて、私は被写体一人ひとりに話を聞く。子供時代のこと、今の生活、どんなことに悩み、どんなことに疑問を持っているのか。彼女たちの言葉を受容しながら掘り下げていくと、独特な言葉や価値観がふいに飛び出し、個人の存在が生々しく浮かび上がってくる。多くの女性は本音を出さずに生きている。たくさんある「私」のうち、もっともありふれた「私」を使って対話することに慣れてしまっている。だからこそ、全部を剥き出しにしたら生きていくのが困難なぐらいの「私」を持っている人に、出会いたくなる。それは本当は、私たち一人ひとりが秘めているものかもしれない。本作品は、2014年以降に撮影しました。(インベカヲリ★)
【第20回三木淳賞 田川基成写真展「ジャシム一家」】※写真左から4・5点:撮影 田川基成
2012年、あるきっかけから、日本に住むムスリム(イスラム教徒)のバングラデシュ移民家族と知り合い、親しく付き合うようになりました。家族の父、シクダール・ジャシムさんは日本社会がバブルの絶頂にあった時代に来日し、建設や解体の現場で働いてきた人です。ジャシムさんと妻のディパさん、三女一男の家族は千葉県の郊外にある団地で暮らしています。田園が広がるその地域は、水と緑にあふれた母国・ベンガルの風景とも似ているせいか、バングラデシュや南アジア出身のムスリムの人々がゆるやかなコミュニティをつくり、建設業や中古車の貿易などの仕事をしながら生活しています。
ジャシム一家の暮らしには、われわれがムスリムに対して連想しがちな、熱心に毎日必ず五回礼拝するような姿はありません。郊外に住む日本人の家族と同じように車でスーパーに行って食材を買い込み、自宅でカレーを作って食べたあと、Youtubeやテレビを見て過ごす。お盆には団地の公園の夏祭りに出かけ、花火を観て夕涼みしたかと思えば、断食月が明けた朝には、近くにある日本家屋を改築したモスクで礼拝し、大勢のムスリムと一緒に祭礼を祝う。イスラムとバングラデシュという2つのアイデンティティを大切にしながらも、日本の言語や文化・風習にも親しみ、ひょうひょうと生きている。私はそのことにかえって移民の生活のリアリティを感じます。
彼らと過ごした時間は、想像よりもずっと静かで、淡々と流れていきました。それはたしかに日本でありながらも、どこか知らない場所にいるような、不思議で豊かな時間でした。この国に根を張り伸ばそうとしている彼らは、これからどのような未来を迎えるのでしょうか。いまは期待と少しの心配を胸に抱いています。(田川基成)
カラー47点
大阪巡回展(ニコンプラザ大阪 THE GALLERY):
・第43回伊奈信男賞受賞作品展・・・2019年1月31日(木)~2月6日(水)
・第20回三木淳賞受賞作品展・・・2019年2月7日(木)~2月13日(水)
【第43回伊奈信男賞 インベカヲリ★写真展「理想の猫じゃない」】
インベさんの被写体はほとんど笑わない。日頃わたしたちが目にするあらゆる種類の写真のなかで、女性たちはたいてい静かに微笑んだり、元気に笑っているにもかかわらず。そうでなければ、彼女たちは少し開いた口元でこちらをじっと見つめたり、意思の強そうな視線を投げかけたりする(ように指示されている)。女性たちは、自分がいつも「誰かに見られている」ことを知っているかのようだ。
インベさんの写真にうつる女性は、鏡の中の自分を見ているか、部屋でひとり、誰にも気兼ねなく自分に集中している人がしそうな表情でそこにいる。もし、インベさんの写真があなたに違和感を感じさせるとすれば、それは被写体の女性たちがにこやかにあなたを見つめ返したり、あなたが見ているとわかったうえで自分を演出していないからかもしれない。
「理想の猫じゃない」展は、被写体とインベさんが話し合いを重ねて生み出したイメージで構成されていた。被写体の多くは自分が置かれている、どちらかといえば不思議な状況を驚くでもなく喜ぶでもなく、ただ、フレームの中でやるべきことを淡々と遂行している。写真の世界では長らく、クリエイティビティという意味において被写体は写真家の下位に位置づけられてきた。いっぽうで、写真という表現媒体も単なる「記録」とみなされて、アートの下位に位置づけられることがある。インベさんの作品はそのようなヒエラルキーの構造を撹乱し、創造する者とその対象、パフォーマンスする側と記録者のような二極対立的な役割分担では語れない、新しい写真行為の可能性を示唆するもののようにみえる。(選評・長島有里枝)
■最終選考に残った候補作品は次の通りです。
池田 勉「潜伏 長崎かくれキリシタン今昔」
インベカヲリ★「理想の猫じゃない」
兼子裕代「APPEARANCE -歌う人」
佐藤信敏「『つばくろ』みんなの知らないツバメの世界」
【第20回三木淳賞 田川基成写真展「ジャシム一家」】
「そこに写っているのは、確かに日本の典型的な光景である。一寸異なっているのは、写真に写る人々が女性はサリーを男性はサロワカなどの伝統衣装を来ていること」。逆にそれは、「バングラデシュの家族を取材したドキュメンタリーである。しかし、その背景には典型的な日本の郊外が写っている。」と見ることも可能だ。日常の中に少しの違和が溶け込んだ日本の今をドキュメントした写真群であるが、どちらを中心に見るかによって、その違和の意味や位置付けが変わることを教えてくれる。
田川氏は学生時代からイスラム圏を旅行し、ムスリムの人達に接し関心を持つようになる。そして昨今の世界情勢から、日本における移民の問題に興味を持つようになった。そんな中、ムスリムのコミュニティにてバングラデシュ人の家族ジャシム一家に出会った。2012年からは、彼らの撮影が始まる。ステートメントには「この国に根を張り伸ばそうとしている彼らは、これからどのような未来を迎えるのでしょうか。いまは期待と少しの心配を胸に抱いています。」と書く。
「ジャシム一家」にとっては平凡な日常も、典型的な日本の社会の中では少し違和を感じさせる。同時に、それは日本社会の典型的な側面を浮き彫りにして止まない。日本は小さな島国であり民族の単一性という神話が根強い。今後はグローバリズムとローカリズムの狭間で様々な軋轢が生じる可能性もある。シリアの問題もロヒンギャの問題も、日本からは距離があるので切実さは無いが、今後そんな潮流も同じように話題に上る日が来るのかも知れない。
田川氏は、真っ直ぐな眼差しで、余り目立たないがしかしグローバルな世界に焦点を当てた。その、社会を等距離に見つめる視線には優しさも感じる。今後我々が目指すべき未来はダイバーシティを受け入れる社会であり、それを体現していて、また新人賞としての三木淳賞に相応しい新鮮さがある。全員一致でその評価を得た。(選評・佐藤時啓)
■最終選考に残った候補作品は次の通りです。
黑田菜月「わたしの腕を掴む人」
関 健作「OF HOPE AND FEAR」
田川基成「ジャシム一家」
インベカヲリ★
1980年、東京都生まれ。写真家。
一般人女性の人生を聞き取り、その心象風景を写真で表現するポートレート作品を撮影。国内外で個展を行っている。事件ノンフィクションをメインに、ライターとしても活動。
2008年、三木淳賞奨励賞受賞。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎)、共著に『ノーモア立川明日香』(三空出版)、忌部カヲリ名義のルポ『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?-』(新潮社電子書籍)など。2018年、赤々舎より写真と言葉から成るニ冊目の写真集を出版予定。
田川 基成(タガワ モトナリ)
1985年生まれ。長崎県の離島出身。
これまでに暮らしてきた土地と旅を通して、移民や文化の変遷、宗教に関心を持つ。日本のイスラム社会のほか、故郷である長崎の海とキリシタン文化、日本のベトナム難民、北海道などをテーマに撮影している。現在、東京を拠点に活動中。
【経歴】
2018年 三木淳賞受賞(第20回)
2015年 東川町奨学生として第10期 International Summer School of Photography
(ラトビア)に派遣
2014年 ブラジル・南米に1年間滞在
2013年 フリーランスとして独立
2011年 東京で編集者・記者として働く傍ら、写真作品を撮り始める
2010年 北海道大学農学部森林科学科卒業
2006年 陸路と船でユーラシア大陸を横断。イスラム圏に長期滞在する
【写真展】
2018年「ジャシム一家」(札幌市教育文化会館) 個展
2017年「ジャシム一家」(銀座/大阪ニコンサロン) 個展
2016年「Between the Rivers」(北海道・東川町国際写真フェスティバル) グループ展
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