髙木 賢治写真展
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似て非なり
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5/26 (木)
~6/1 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
写真を始めて三十数年、この間スナップばかりを作者は撮り続けてきた。身近な日常の何気ない人々の普段の生活。その人模様にひかれ、撮っているうちに、何となく似たものが多く存在することに作者は気がついた。
それらの似たものを組み合わせ、対比することによって「似て非なるもの」が明確になってきた。モノクロ40点。
作者のプロフィール
髙木 賢治(タカギ ケンジ)
1944年大阪府東大阪市生まれ。82年全日写連大阪支部入会。85年ニッコールクラブ入会。
2000年ニッコールクラブ東大阪支部設立。
受賞歴に87年全日本写真展金賞、92年第40回ニッコールフォトコンテスト ニッコール大賞(長岡賞)、94年第50回朝日写真展朝日大賞、07年第68回国際写真サロン審査委員特別賞がある。
大阪写真月間2016
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写真家150人の一坪展
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6/2 (木)
~6/8 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
写真文化の発展と普及に寄与することを目的に、毎年6月1日の「写真の日」を中心とした期間に東京と大阪で開催されるのが「写真月間」である。
「大阪写真月間」は2000年の暮れに「東京写真月間」(日本写真協会主催)の呼びかけに応じてスタートし、02年6月に初めて「大阪写真月間2002」を開催した。
今回で15回目の開催となる「大阪写真月間2016」では、大阪市内の複数のギャラリーで写真家約150人が1人一坪(1.8m四方)を使って展示する「写真家150人の一坪展」と、一般の写真愛好家が1人一枚を展示する写真展「私のこの一枚」の2つの写真展のほか、高校生による「ハイスクールフォトアワード2016」、「小学生のための写真教室」、記念シンポジウムなどを併催する。
メインイベントである本展の特色は、写真を表現手段として作品を制作している人なら、作品内容や方法はもちろんのこと、年齢、性別、国籍、職業などに関係なく参加できるところにある。また、展示するギャラリーや壁面の場所も抽選で決定するので、いっさいの審査や選別は行わない。写真展にポリシーやテーマを求める人は、この何でもありの写真展に「展としてのポリシーがない」という異論を唱えることもあるが、80歳を超える超ベテラン作品の横に、孫のような学生がはじけるような写真を並べる、そんなお好み焼き的「ごちゃ混ぜ感」が本展の魅力である。
この「写真家150人の一坪展」では、観客は内容も方法も異なる150の写真表現作品に出合うことになり、150の個性の中に、きっと気に入る作品があるはずである。
大阪写真月間2016
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ハイスクールフォトアワード2016
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6/9 (木)
~6/15 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
毎年6月に開催している大阪写真月間では、「写真家150人の一坪展」、「私のこの一枚」の2つの写真展のほか、「小学生のための写真教室」、「シンポジウム」など、さまざまなイベントを、6月1日の「写真の日」を中心とした期間に実施している。
本展は、この大阪写真月間のイベントのひとつとして開催するもので、全国の高校生を対象に作品を募集し、優秀な作品を顕彰することで高校写真部生徒たちのレベルアップにつなげたいと考えている。ゲスト審査員は写真評論家の飯沢耕太郎氏と大阪新美術館建設準備室研究主幹の菅谷富夫氏である。
昨年は30の高等学校から182点のエントリーがあり、その中から15作品が「ハイスクールフォトアワード・グランプリ」をはじめ各賞を受賞し、賞状と記念品が贈られた。
題材は身近な友人、家族を撮ったものから社会派スナップ、風景、ネイチャーなど多岐にわたり、表現技法も伝統のモノクロプリントから最新のデジタルフォトまで実にさまざまである。しかし、彼らが対象に向ける素直な眼差しと、対象と向かい合う真摯な態度は共通しており、展示する作品は、高校生たちの若い感性と情熱にあふれている。
PHOTO CULTURE WEEK CROSSING 企画展
東松 照明写真展
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光源の島
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6/16 (木)
~6/22 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
日本を代表する写真家・東松照明は、1969年に初めて沖縄を撮影した後、1971年を沖縄本島と波照間島で過ごす。翌1972年は那覇で沖縄復帰を目撃し、以後一年あまりをその地で暮らした。
さらに1973年には宮古島に移住して半年ほど滞在し、その年の秋には台湾、フィリピン、マレーシア、インドネシア等の東南アジアの島々を回り、日本写真史の名作『太陽の鉛筆』(1975年)を発表する。以降も東松は繰り返し沖縄を訪れ撮影を継続し、晩年の2010年には再び沖縄へ居を移し、その地で生涯を終えている。東松の沖縄は自己の写真表現の方向を決定づけた特別な場所だった。
この度、東松にとって思い出深い島である宮古島で発見された百枚を超えるオリジナル・カラープリントは、今から四半世紀前に東京で初めて発表された、当時の雰囲気を瑞々しく伝える意味深い写真群である。時代的には1973年から1991年までの間に撮影された、デジタル写真へ移行する以前の東松の光と色のヴィジョンを直接伺い知ることのできる貴重な写真群となっている。沖縄の島々を広範囲に渡り歩きながら、それらの境界を超えてゆく海と空への感性の瑞々しさがそこには溢れ出る。
その死から四年が過ぎ、ますますその重要性と存在感を増す東松照明の写真は、私たちの現在と未来を投影する光源のような役割を果たしつつあるように思う。東松が沖縄の島の宇宙に張り巡らした新たな想像力の跳躍をこれらの写真から再び蘇らせてみたい。(展覧会企画監修・伊藤俊治/石川直樹)
カラー69点。
※当初、文中で「1995年に那覇市民ギャラリーと宮古島・平良市公民館で開かれた「東松照明 戦後日本の光と影」の一部であり、東松の沖縄での初個展で発表された」と記載しておりましたが、その後の調査により、1990年代に東京で発表された事実が判明しましたので、該当箇所を「今から四半世紀前に東京で初めて発表された」と訂正致しました。
作者のプロフィール
東松 照明(トウマツ ショウメイ)
1930年愛知県生まれ。愛知大学経済学部卒業後、岩波写真文庫を経て写真家として活動。ニューヨークのメトロポリタン美術館で「20世紀の傑出した日本人写真家」として初めて個展を開くなど、日本を代表する写真家として世界写真史に多くの業績が刻まれている。代表作に『太陽の鉛筆』『光る風 沖縄』『廃園』『時の島々』など多数。独立写真集団VIVOの設立に参加、WORKSHOP写真学校開校など時代を画する写真活動を行った。沖縄の島々を愛し続け、数多くの沖縄シリーズを撮影し、2010年には沖縄に移住。12年那覇市内の病院で死去。
大森 千秋写真展
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cinema walk
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6/23 (木)
~6/29 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
いろいろな街を気ままに歩く中で、何気ない風景の中に、きらりと光る瞬間を見かけることがある。
決して完璧に整えられている訳ではないのに、不思議と惹きつけられるその魔法のような瞬間は、まるで映画の中のワンシーンのようで、小さい頃から映画に影響を受けてきた作者は、それが見たくて旅に出るのかもしれない。
そうして出会った、様々な人や街の日常の一コマを切りとらせてもらい、つなぎ合わせてみたら、作者自身の一つの映画になっていた。
カラー約45点。
作者のプロフィール
大森 千秋(オオモリ チアキ)
1979年山梨県生まれ。2002年青山学院大学を卒業し、映画会社に勤務。09年に休職してイギリスに渡り、10年にロンドン大学ゴールドスミス・カレッジを卒業。11年から再び映画会社に勤務。
ノエ リサ 写真展
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ナイト・ソーダ
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6/30 (木)
~7/6 (水)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休
写真展内容
日常を生きる中で感じる不安や焦燥感は、夜になると独りになった作者を激しく襲う。
そしてこの世界に二度と戻って来れないと思うくらい落ち込む。そんな時、作者にとって唯一の救いは写真を撮りに行くことだった。写真を撮るうちに、それは自分と向き合う術となった。
夜に外を出歩くことはとても憂鬱だった。誰もいない怖い道を一人で逃げ回り、賑
やかな街ではせわしない人の流れに翻弄され、撮ることもできずに憔悴した。
それでも毎晩作者は探し求めた。見たことがないようなわからないものは新鮮に感じ、鮮やかな瞬間は、不安定な心を真っすぐにひきつけてくれた。
手元に増えてゆく夜の瞬間たちに駆り立てられ、臆病なはずの作者が夜を切り開いていく。
夜が来ることはもう怖くない。
もがきながらも、少しずつだが、自分らしくなって生きてゆけるのだから。
カラー約20点。
作者のプロフィール
ノエ リサ
1991年福岡県生まれ。2010年筑陽学園高等学校デザイン科卒業。同年京都造形芸術大学情報デザイン学科入学、11年同校中退。12年九州産業大学芸術学部写真映像学科入学、16年同校卒業。