第13回三木淳賞受賞作品展
添田 康平
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Not yet refugees
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11/29 (火)
~12/5 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休
写真展内容
タボサンは唐辛子の瓶を丸ごと口の中に入れる。それを見る度に僕は大きく笑う。
タボサンは汗をかき、涙を浮かべる。きっと、タボサンにとってもそれは大変な事なのだろう。ただ、僕を楽しませてくれているのかもしれない。
ある日、タボサンと連絡が取れなくなった。僕はタボサンの立場を知っているから不安になった。
僕とタボサンがあったのは二年前。ミャンマー人の友達のゾウが紹介してくれた。タボサンさん。ゾウはそう言って少し笑った。
タボサンは難民だ。正確には難民の申請中だ。でも、僕とタボサンの間柄にはあまり重要なことではない。ただ一緒にいたいだけなのだ。
タボサンは僕と会う少し前まで入管の収容所に8ヶ月収容されていた。僕達はその時出来た友達の所を訪ねに行く。神奈川や山梨、栃木に群馬。皆、仮放免という一時的な保釈状況にいる。何年も申請し続ける者も少なくない。そして、いつまた収容されるかわからない。
ガラスに仕切られた部屋にタボサンが来る。
「スリランカの家族に電話してる?」と聞くと、「してる」と答えた。「でも、収容所に入ったことは秘密にしてて普段と変わらない」と、答えた。タボサンは母親が心配するから、と嘘をついた。
タボサンが写っている写真を毎回差し入れた。タボサンはゆっくり写真を見て、ニコニコしている。「ありがとう」タボサンは僕に言う。
その内、家に入管から手紙が届くようになった。封筒の中には手紙の他に絵も添えられている。ヘンテコな絵だけど、毎回僕を楽しませてくれる。モノクロ30点。
授賞理由
作者、添田氏と難民申請中のタボサン氏の交遊の記録である。
現在日本政府に難民指定の申請を出し続けているミャンマーから出国してきたタボサン、しかし、タイトルにあるように「not yet refugee」である。
日本の入国管理局は、先進国の中でも厳格な制度を布いて、容易に申請を受諾しない。その、国内的状況を、表現対象としているのではないが、08年に作者は、偶然なことから、タボサンと交流を持つ関係になる。不定期に難民収容所の収監、出監を繰り返させられるタボサン。収容所内からの作者への手紙、解放されて友人を訊ね歩くタボサン、突然の再勾留。そんな経緯の中で、二人を取り巻く日常の関係を淡々と記録している。
しかし、作品内容は、単に二人の関係性に留まるものではない。核心は、今日的な制度のなかでは、「人」は、何処に所属するか? したいのか? 許されるのか? そこから疎外されることの怖れを提示していることである。
われわれは、日常的に国家という枠を意識することなく生きているが、タボサンが格子戸のむこうへと収監されてゆく後ろ姿を眺めながら、添田は「日本国」という抽象を収容所という物理的な空間の向こうに意識化している。タボサンが消えた向こうが日本なのか? 見送っている自分側が日本なのか? 己が立っている位置は、一体どこか? という自己相対化の想念にまで、彼は、行き当たっている。
人は、多くの枠に所属して生きている。家族に、会社、地域社会、そして国家に。そこから逸脱することで発生する困難と怖れを、「Not yet refugees」は淡々とした日常の記録で見事に表現している。
日本という特殊事情を背景に、添田のメッセージは、人は皆、地球人であると言うことであろう。
作者のプロフィール
1984年東京生まれ。08年日本写真芸術専門学校夜間部卒業。鈴木邦弘氏に師事。09年桑原健太と桑田企画を設立。同年桑田企画Magazineを創刊。
写真展に、09年「seifu show 2009」(清風荘)、10年「seifu show 2010」(武蔵野公会堂ホール)などがある。
三木淳賞奨励賞受賞作品展
吉原 かおり
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よびみず
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12/6 (火)
~12/12 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休
写真展内容
どうしてこんな写真を撮ったのか、自分でもわからないことがほとんどだ。
子供の頃にあった×××は、大人になった自分から、もうすでに遠くにあるイメージになってしまった。
あの頃とても怖かった×××に、もう一度出会えるかもしれない、というある種のこわいもの見たさからシャッターをきる。目の前に近づいてきては、すぐに過ぎ去ってゆく現実。目をつぶっても現実は消えることはない。それらは写真におさめることで、作者からも、日常からもほんの少しだけ離れて、子供の頃の×××を思い出させる。
すべてが消えてなくなる前に、シャッターをきり、イメージせよ。
作者は自分に言い聞かせる。
※「×××」は、作者が子供の頃にきっと見えていた、言葉に表せない何かである。
授賞理由
吉原氏の「よびみず」は、日常にあって己の無意識の底に封じられた感情や記憶を「写真を写し撮る」という行為で活性化させ、浮上させようとする試みである。
内なる深層に向かうために、外へと向かう身体的写真行為が「よびみず」となって、内なる基層の意識構造をも引き出せないかというあがきにも似た行為。現れたものは、期待を裏切るものになったのではなかろうか。写真に現れるものは、あくまでも具体で断片、構造として現れることはないからである。
作者はそれに絶望することなく、それらの断片を繋ぎ、写真展という空間の中に解き放す。断片としての一枚のイメージを大サイズ(タテ200cm×ヨコ150cm)、ピンナップ形式という展示構成することで、イメージを相互に浸透させ構造化することに成功した。結果として、目的とした過去のイメージや記憶を具体として何かを見いだしたのだろうか。逆説的だが、見出せないことを見出したということかもしれない。
写真に繰り返し使われている暗いディテールの平面は、深層に向かおうとする意図を阻止されたという証か? それとは対照的に、空に広げるパラボナアンテナ、闇に赤く輝く電波塔等は、遠くの他者から未知なる信号を受納したいという意識を表徴としているように見える。阻止と願望の葛藤を空間をかりることでイメージとして結んでいるのがよい。
かつて作者には「カプセル アパート」(07年ニコンサロンJuna21)という社会学視点に立った作品がある。「よびみず」は、そこから大きく逆に揺れた作品。その振幅には、豊かな才能を確認することが出来る。
作者のプロフィール
1980年兵庫県生まれ。
写真展に、03年「カプセル アパート」(PLACE M/東京)、07年同(新宿ニコンサロン・大阪ニコンサロン)、08~09年7回連続展「吉原十景」(PLACE M/東京)、10年「晴天乱気流」(TAP/東京)、「カプセル アパート」写真集出版記念展(TAP・PLACE M/東京)、11年「#1」(TAP/東京)などがあり、写真集に「カプセル アパート」(2010年・TAP刊)などがある。
小川 照夫
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メッセージ
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12/13 (火)
~12/19 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休
写真展内容
ある人が言った「これは遺言書である」と。
病気知らずの作者が、ある朝突然襲いかかる病魔に生と死の狭間に遭遇し、そして誰も見たことのない死の世界を覗いた。
その後も次々と襲ってくる難病との格闘は病気のデパート化した自分の身体との戦いの毎日である。一方では新しい命の誕生に立会い、我が子孫の繁栄を喜び、健やかな成長を願う。
まさにこの写真は、闘病記録とその子達に伝える「メッセージ」である。モノクロ50点。
作者のプロフィール
1939年岐阜県羽島市生まれ。小学6年の時父親の暗室で初めて現像を経験。その感動に打たれて写真を始める。その後独学で学び現在に至る。57年県立岐阜工高卒同年日本軽金属入社。92年子会社を経て、2003年退社。写真歴は50年。72年「日本カメラ」年度賞、73年「日本カメラ」「フォトアート」年度賞・招待作家、04年(財)国際文化カレッジ「フォトマスターEX」認定。1989~2009写団「玄」主宰。1993~2009日本写真作家協会員。現在ニッコールクラブ千葉支部長。写団モノクロ主宰。
写真展に、74年「青春」(大阪サンフォトギャラリー)、77年「縁日の人々」、86年 「両国相撲村」(以上新宿ニコンサロン)、02年「千葉の風」(柏の葉公園ギャラリー)、03年同(千葉市民ギャラリーいなげ)、05年「迥眺窓景」(銀座ニコンサロン)、06年「迥眺窓景」「奇跡の生還」(千葉市民ギャラリーいなげ)、07年「電車にみる都市風景」石元泰博、長野重一、小川照夫他5人展、09年「房総を駆け抜けるSL」(こみなと稲毛ギャラリー)、10年「フィバー2」(ペンタックスフォーラム)などがあり、写真集に「迥眺風景」(文芸社)がある。
大坪 晶
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Shadow in the Mirror
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12/20 (火)
~12/29 (木)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休
写真展内容
ホテルの鏡の中の影を撮影した作品である。
ホテルは毎日滞在者が入れ替わる場所だ。今日鏡を見つめた人は、明日は別の誰かに入れ替わっている。鏡は日々滞在者を目撃しているのではないか、そして、個々の人の情報ではなく、情動を記憶しているのではないかと作者は考えた。
ホテルに滞在する人は、様々な想いを抱き、その想いは誰にも話す事なく失われてゆく。失われた情動の痕跡を鏡が目撃しているとすれば、どのような形になるのかを考えながら制作した。
鏡は、太古の昔よりたましいを映し出すと考えられてきた。鏡の語源は影見であり、影は霊魂の現れであると考えられていた。
無機質な部屋であるホテルの中で、鏡は有機的な存在として、能動的に人間を見ているのではないだろうか。
本展では、鏡の中の気配と痕跡を現すことによって、人間の意識と情動について鑑賞者に 提示したいと考えている。カラー16点。
作者のプロフィール
1998年京都文教大学人間学部臨床心理学科入学。2004年須田一政塾参加。06年写真表現大学研究生コース入学。07年写真表現大学ゼミI入学。08年写真表現大学ゼミII入学。09年東京芸術大学修士課程先端芸術表現科入学。11年プラハ工業美術大学(AAAD)チェコ共和国政府国費留学。