Nikon Imaging
Japan
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大阪ニコンサロン


第9回三木淳賞受賞作品展
稲宮 康人 [「くに」のかたち HIGHWAY LANDSCAPES OF JAPAN]
奨励賞
元木 みゆき [息の結び目]
Eun-Kyung, SHIN [Wedding Hall]

1/31 (木)~2/5 (火)
10:00~18:00
会期中無休





<写真展内容>
日本初の高速道路が栗東~尼崎間に開通したのは1963年。わずか45年前には高速道路なるものは日本に存在していなかった。
戦前、内務省が長崎~樺太間を結ぶ5490キロの高速道路建設を計画したこともあったが、戦争の進行により建設はされなかった。そして現在の状況は、1966年の国土開発幹線自動車道建設法で計画された平野部の人口密集地を結ぶ7600キロの路線建設を終え、1987年に国鉄民営化と同時に策定された第4次全国総合開発計画で当初計画に付け加えられた(高速自動車国道)3920キロ+(一般国道自動車専用道)2480キロの、山間の過疎地域を結ぶ肋骨線の建設に入っているところであり、全予定路線14000キロの内8920キロが開通している(2006年11月末)。
日本列島を面積から見ると平野は少なく圧倒的に山が多い。山間部の交通不便な場所に住んでいる人々は、山や川を越えて高速道路がやって来た時、自分達を取り囲む厭になるほどの自然を技術が制圧したことに感嘆し、発展をもたらしてくれることを期待しただろう。
そう、確かに野菜や魚などを大消費地に出荷できるようになり、高速道路は生活水準を向上させてくれた。また、高速道路を使うことで誰もが気軽に都市に出かけられるようにもなった。しかし、よりよい暮らしを求める人々が続々と都市へと移っていくことにもなった。そして都市に人を奪われた地方は一層寂びれゆき、車の通行の多い道沿いにコンビニ、サラ金、パチンコ屋、等々の各種郊外型店舗ばかりが立ち並ぶ、何処に行っても同じような街が「くに」中に広がるようになった。
誰もがもっと豊かに、もっと便利になりたいと願っている。その衝動を無制限に追求してきた結果として今の「くに」がある。だが、「くに」中の誰もが、東京にいるかのように暮らしていく事は不可能だ。それでも今までと同じように「くに」中に物を溢れさせ、時間も人間も、無駄なく徹底的に使い切ることをただ一心に追求していく社会を続けていくのか? それとも違う方向にむかって舵を切るのか?
高速道路は出発地から目的地までを最短・最速で結ぶ便利なモノで、使う人はその間に横たわる土地を距離という数字に置き代えることで、高速道路の外側に広がる広大な土地を無視することができるようになった。では、この無視されてきた場所には何が在るのだろう? ここに在るのは、都市と地方、北と南、海と山、日本海と太平洋、等々の色々な条件によって大きく異なった様相を見せてくれる多様な「くに」の姿である。そして、その見過ごされてきた何気ない平凡な「くに」を注意深く眺めていくと、多様な環境に適応する中で人々が編み出してきた非凡な暮らしを読み取ることができる。また、この「くに」が本来的に均一な社会だという考え方に対しても、疑問を抱かざるを得ないように思えてくる。
自分が立っている「くに」とはどういう場所であり、あったのか? 今の上に築いていくこれからの時代をどうするのか? 作者は本展がそういったことなどを思う契機になってくれることを願っている。



<授賞理由>
現在、高速道路は、日本全国に網の目のように張り巡らされようとしている。その高速道路が国土を割るように延びる風景(北は北海道、南は鹿児島まで)を、モノクロームの精緻な描写で淡々と捉えている。それらの高速道路が、新しい「くに」のカタチをつくりあげ、利便な生活を約束するかのような風景として立ち現れてきている。一方、伸びやかにスロープする高速道路のラインは美しく優雅であり、人間の英知の見事さを表出するよう真摯に対峙している表現からは、高速道路のある風景をあくまでも美しさの対象としているかのように見える。しかし、そのような美しい風景を凝視していくと、道路が造られる前の美しい自然のかたちや人間の生活の営みまでが読み取れてくるよう仕組まれていることが判る。失われるモノの替わりに、我々が手にしようとしているモノは、一体なんなのだろうか? 作者は、風景に潜在するもう一つの喪失した風景を写し込むことに成功している。優しい風景の装いをとりながら、実は、最も今日的な課題「人と自然」をアクチュアルに表現している作品である。




<作者のプロフィール>
稲宮 康人(イナミヤ ヤスト)
1975年 兵庫県神戸市生まれ
1997年 中央大学文学部史学科国史学専攻卒業
2002年 日本写真芸術専門学校2部報道芸術科卒業

個展
2005年 「くに」のかたち HIGHWAY LANDSCAPES OF JAPAN
(Nikon Salon Juna21/新宿ニコンサロン・大阪ニコンサロン)

作品掲載
世界(岩波書店)2003年10月号


作品収蔵
清里フォトアートミュージアム



<元木みゆき展内容>
作者が長年撮り続けてきた北海道・牧場一家。ケミカルカメラから機動性の高いデジタルカメラに持ち代えた作者は、まるで呼吸をするようにシャッターを押し、牧場一家の日常を切り取っていく。
牧場一家が織り成す日常は、決して牧歌的な生活や営みだけで成り立っているわけでも自然の風景だけが満ち溢れているわけでもない。機械音がもたらす雑音もあれば、メディアの喧騒、都市的な風景、消費文化に侵された光景もある。むしろ、作者が切り取ってみせた牧場一家の日常は、自然・風土といった地理的空間と文化・社会的空間が重なり、絡み、擦れ合う、現代社会の軋みのようなものである。
考える前に、あるいは考えるスピードを超えて切り取られた光と知覚のざわめき。作者はさまざまな事物や人との出会いのなかで、自らの息遣いとともに、“生のざわめき”のようなシンフォニーを奏でてみせる。



<授賞理由>
作者、元木が長年撮り続けてきた北海道の畜産農家のルポルタージュである。元木は、カメラを手にした座敷童の如く、牧場一家の中を神出鬼没に走り回り、日常の様々な断片を切り取っている。その断片をギャラリーの壁面に、自在に、撮影と同じ速度でインスタレーション構成して展示することで、撮影現場の臨場感を再現することに成功している。この撮影から展示までのアクティブな身体反応力が、労働と生活(生産と消費)が同一空間にあるこの畜産農家のめまぐるしい暮らし振りをライブ中継の如く表現することを可能にしたのであろう。そんな写真展示空間に身を置くとき、消費側にいる者として、無節操な消費に淫する己を発見した方も多かったのではなかろうか。確かに、誠に得難い写真的身体の持ち主である。今後、多彩に大きな進展が期待される才能である。




<作者のプロフィール>
元木 みゆき(モトキ ミユキ)
1981年千葉市生まれ。2001年東京造形大学デザイン学部デザイン学科視覚伝達専攻入学。05年同校デザイン学部写真コース(高梨豊ゼミ)卒業。07年東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻入学。03年第21回ひとつぼ展入選、05年第22回ひとつぼ展グランプリ受賞。
主な個展:03年第21回ひとつぼ展入選受賞展「mother farm」、05年第22回ひとつぼ展グランプリ受賞展「学籍番号011145」(いずれもガーディアン・ガーデン/東京・銀座)、「わ・る・つ」飯沢耕太郎企画展(表参道画廊/東京)、「光を嗅ぐ」Declinaison+GalleryIMAGO共同企画展(GalleryIMAGO/東京・千駄木)。
主なグループ展:03年「造形・D-style」(node gallery/神奈川・相模原)、04年「現場」(web collaboration)、「Continue Art Project 2004」(新潟・大島村)、「phos 7つの変調」(ニコンプラザ新宿マルチファンクションルーム)、05年「New Digital Age 2」(クラスノヤルスクミュージアム/ロシア)、「平和・進歩」(平遥国際写真フェスティバル/中国)、06年「aniGma-2006」(ノボシビリスクミュージアム/ロシア)



<Eun-Kyung, SHIN展内容>
結婚とは夫と妻の関係を作り出し、ひとつの家族を構成することになる社会的な体系である。
結婚式は神聖な儀式であるはずなのに、わが韓国では社交上の儀礼、それも味気ないものになりがちだ。結婚式場は至る所にあるものの、もとからあるこの国の建造物と調和するものはきわめて少ない。わが国の結婚式場は本物のヨーロッパ建築ではないし、内装も単なる真似や見せかけにすぎない。しかし、結婚しようとする人々は結婚式場を探しまわり、結婚式はそういう本物ではない空間で執り行われてきている。
結婚式場を通じてわが国の異国文化を表現してみた。



<授賞理由>
韓国の結婚式場の内部空間をタイポロジーの手法で撮り進めた作品である。それらの多くは、ナショナル アイデンティティとはほど遠く、東西の“幸せ”らしき記号を剥離し、寄せ集めた無国籍な装飾に彩られている。そのような空間を大型カメラで精緻に、且つ色調をうまくコントロールした表現の完成度は見事である。そのあまりにも丁寧で、美しい、精緻な表現が一転し、事物のリアリティを喪失させ、仮想性を肥大し、作りモノの底の浅さ露呈させることに成功している。結婚式という人生の大事に虚構空間を借り、自らを欺瞞までして挙行している時代の流行に、作者は鋭い疑問を差し挟んでいる。こと、日本に於いても事情は同じようなことではある。さらにいえば、結婚は、かくも虚飾化しなければならないほど男女の不幸の入り口なのだ!? というアイロニーへと、大きくテーマ展開していく面白さもある。




<作者のプロフィール>
Eun-Kyung, SHIN
1973年韓国生まれ。Chung-Ang大学美術修士号(写真学)。現在フリー写真家と教職を兼ねる。
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