内容:
Shadow in the House シリーズは、複雑な歴史を持つ家の室内に影を配して撮影している。場所は、チェコ共和国のプラハと奈良の大和郡山で、二つの家は所有者が重層的に入れ替わり、現在は公共施設として使用されている。
影は心理学的には生きられなかった自己の中に存在する他者であり、哲学者プラトンは、われわれが現実に見ているものはイデア(姿)の影に過ぎないと仮定した。
作者は、写真に長時間露光によって影を写し込むことにより、記憶の重層性について考え、個と社会、記憶と記録の関係性について提示している。
「Shadow in the House #01」
チェコ共和国プラハにあるBehal Fejér Institute(べトナ・ホラー・インスティチュート)は、1928年に個人の邸宅として建設された。第二次世界大戦中は軍事的に占領され、戦後の共産主義体制の元、政府から教会に貸与された。所有者のべトナ・ホラーは、政府により全ての私有財産を奪われ、家族とともにアメリカに亡命した。ホラーはその後故郷プラハに帰ることはなかった。1989年のビロード革命により、共産主義体制は崩壊した。その後、遺族が返還請求の裁判をおこし、2001年に返還された。現在、この施設は孫のIlona Wiss(イロナ・ウィス)によって管理されており、公共施設として人々を受け入れている。この写真群は、イロナの協力によって、歴史的背景と彼女が祖父から聞いたいくつかの逸話をもとに撮影したものである。
「Shadow in the House #02」
旧川本邸(奈良県大和郡山市)は大正時代に建設された。1958年まで遊郭として使用され、風営法の制定により遊郭を廃業した後には、客を接待していた小部屋は下宿として間貸しされた。
2010年市民のボランティアにより改修が開始され、現在は市の指定管理施設として町の保存団体が管理している。14年に登録有形文化財に指定され、今後、市による耐震化工事を経て、本格的な活用が始まってゆく。今回は、奈良芸術祭「はならぁと」のプロジェクトの一環としてキュレーターや保存団体の方々の協力を得て撮影を行うことができた。この邸宅には、当初遊郭として多様な人々が行き来し、その後間借りした人々が生活した痕跡が部屋の随所に存在している。
カラー16点。
授賞理由:
写真というメディアは、記録装置として優れていることはいうまでもないことだが、人の記憶を封じ込めるシステムでもある。その記録と記憶の関係性を、歴史的建造物を撮影することで検証しようとする試みである。
そのために作者は、重複的に対照的な二つの被写体を選択している。チェコ共和国のプラハと日本の奈良大和郡山に遺されてきた古い建物(#01#02)― 西洋と東洋、邸宅と遊郭、プライベートとパブリック、そのように全く異なった経緯の過去をもつ室内を撮影。それらの歴史に拘わることのなかった現在の我々が、それらの撮影された写真を読み解こうとするとき、一体どのような記憶を意識化できうるのであろうか。それは個人的な知識や経験、参加(読みとろうとする)意識によって異なるはずであるが、それでも共通の記憶が浮上するであろうと作者は期待する。そのために作者は、写真画面上に長時間露光による人影を写しこんで記憶を呼び起こすmediumとして仕掛けている。その効果はさておき、写真による写真論というコンセプトが、現在の写真状況をよく顕している作品である。 (選評・土田ヒロミ)
プロフィール:
大坪 晶(オオツボ アキラ)
1979年兵庫県生まれ。2001年京都文教大学人間学部 臨床心理学科卒業、11年東京藝術大学修士課程 先端芸術表現科修了、13年プラハ工芸美術大学(AAAD)修士課程 コンセプチュアルアート学部写真学科修了。
写真展(個展)に、「Shadow in the Mirror」(11年Juna21新宿ニコンサロン、12年Juna21大阪ニコンサロン)、13年「Lost Name of Plant」(VSUP/プラハ)、同年「Shadow in the House」(Běhal Fejér Institute/プラハ)、同年MUNIKAT Gallery(ミュンヘン)、14 年「The Hidden Secrets of Her」 KYOTOGRAPHIE KG+(ブックカフェ&ギャラリー ユニテ/京都)、15年「HIDDEN MEMORIES」(MUNIKAT Gallery/ミュンヘン)がある。
受賞歴に、10年ミオ写真奨励賞審査員特別賞(森村泰昌選)、14年TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD審査員特別賞(後藤繁雄選)、15 年チェルシー国際ファインアートコンペティション入選がある。
11年-13年チェコ共和国政府奨学金、15年公益財団法人野村財団助成金(MUNIKAT Gallery展覧会)、同年公益財団法人 西枝財団助成金(Recollect, Gaze, Material in Common-チェコ・日本現代美術国際交流展)の対象者となる。