山に入る。いつもとは違う色、光、空気に囲まれている緊張感とその解放感で、作者は全身が妙に高揚しているのを確かに感じる。
数えきれない山靴で踏み固められてきた深い道を、荒い呼吸で登ってゆく。見上げる先に遮るものは何もなく、空が近くとも遠くとも見てとれる。
地図を広げてそれぞれの山を望み、思いを馳せらせたりもするが、ファインダーのなかでは、奥に見えるのが名高い山で、手前に見えるのが名も無い低山であるなどという境は消え去り、遠くからは決して見ることの出来ない目の前の山の様相に思わずシャッターを切る。それは登攀中も下山中も登頂した瞬間でさえも変わらない。どんな山へ入ろうとも麓に下りるまで、ひとつの山色としてただ感じるだけである。
“山岳写真”といわれるような自然の雄大さや力強さのある写真とは一線を画した山写真である。
カラー45点。
おそらく、かなり険しい場所で撮っているのだろうと思われる写真でさえ、いわゆる山岳写真に感じることがあるような、どうだすごいだろう感がないのが、「目の前の山」の面白さだと思う。登らないもの、あるいは登ることができないものを、ときに突き放す「あの写真」はない。どの風景もとても美しく、かといって美しすぎない、いい塩梅なのである。
しかし、その場にいるものが享受する全方向的な美しさを、写真は表現しないことを、われわれ写真家は知っている。少し厳しい意見だが、そこに一度も行かない鑑賞者にとって、これらの山の写真がどういうものであり得ると作者が考えるのか、という観点を、もう少しストレートに投げかけてほしかったと思う。その点を今後に期待する。
1984年神奈川県生まれ。2010年東京造形大学卒業。卒業後はフリーで活動している。
写真展に、13年「SLOUGH」(コニカミノルタプラザ)、14年「羊蹄の西庭」(gallery 福果)、グループ展に14年「NODE」(アイデムフォトギャラリー・シリウス)、「NODE vol.2」(目黒美術館区民ギャラリー)がある。