20世紀末から内モンゴル自治区に住む遊牧民の伝統文化、昔からの生活様式や言葉が大きく変化している。
中国の経済成長を支えるため、石炭が大規模に露天掘りされ、地下水が枯渇し、草は育たない。広い範囲で遊牧生活が営まれなくなり、故郷を離れることを余儀なくされている遊牧民が増えている。それらと裏腹に、経済発展で、自動車、携帯電話やパソコンなどの便利な道具が遊牧民の生活に浸透してきた。彼らは自らこれを受け入れ、馬は車やバイクに、移動式ゲルは定住式レンガの家に変わった。
ナダムの祭りでは必ず競馬が行われる。昔は小さい子供が乗馬していたが、今は乗馬できる子供がいなくなり、しかたなく大人が乗るようになっている。このままでは伝統的な遊牧文化や昔からの生活様式が消えてしまいそうな危機感を覚えてしまうほどだ。
新しい文明の浸透。変化して行く遊牧民の何気ない日常生活。伝統文化。作者はこうした記憶の風景を次の世代に確かな形で残したくて、撮影を続けている。カラー約40点。
モンゴル人として、母国内モンゴルの現在―加速する社会構造の変化にともなって遊牧文化の崩壊状況―を捉えた優れたドキュメンタリーとして高く評価された。
アラタンホヤガ氏は、新潟大学大学院に留学し縄文~弥生文化を専攻した変わり種である。やがて自国の遊牧文化の現状に関心が移行する。新たに写真表現を学習し、母国内モンゴルにおける現在のモンゴル民族文化の記録に向かう。
内モンゴルは中華人民共和国の自治区。中国の拡大拡張経済の直中にあって、遊牧民の文化が急激に崩壊しつつある現状を、日常生活、ナダムの祭、自然風景などに記録している。従来のストレートなドキュメントの手法でありながら、性急に結論を導こうとせず、淡々と現実に密着した視線は、写真のディティールの読み込みを見る者に促す優れたスチールである。そして、この環境の激変は単なる内モンゴルの憂いにとどまるものではなく、我々もまた地球人として無関係でないことを教えるドキュメントである。さらに継続が望まれる仕事である。
1977年11月中国・内モンゴル自治区生まれ。2001年4月に来日、09年3月新潟大学大学院修了。13年3月日本写真芸術専門学校卒業。
写真展に、13年「草原に生きる―内モンゴル・遊牧民の今日(いま)」(新宿ニコンサロンJuna21、大阪ニコンサロンJuna21)、「日本写真芸術専門学校 卒業作品展アワード優秀作品展」(Space Jing)などがある。