内容:
作者は都市を歩くこと、見ること、聴くこと、そして撮ること。その繰り返しをずっと続けてきた。
2010年の5月の終わりから3ヶ月間、南米最大の都市サンパウロの街をせっせと歩き回った。混沌とした街は通りごとに顔を持ち、起伏に沿って造られた道は曲がりくねり、北へと昇る太陽はあっという間に方向感覚を失わせた。
大通りから路地に入ると、そこには延々と住宅街が広がり、閑静な住宅街の先には突然スラム街が現れる。繁華街の活気とは明らかに異なり、緊張感を伴う活気がそこにはある。その先には何事もなかったかのように落ち着いた家々が連なる。
雑多なものが街中に溢れ、それらは隠すことも隠されることもなく存在し、街には生命力が漲っている。幸福や暴力すらも、路地を曲がればそこに存在するかのようであり、何が現れようと不思議ではなかった。そこには絶えず、予測することもできない緊張感が私を包んでいた。
地形だけではない、起伏に富んだサンパウロの街を一括りにすることなど出来るはずもなく、ただ、ひたすらに歩くことで、サンパウロの街はその面積以上に作者の中で広がり続けた。展示する作品は、それらの断片である。モノクロ67点。
授賞理由:
田中雄一郎氏の受賞作品「大サンパウロ」は、南米ブラジルの巨大都市サンパウロをモノクロームで撮影したスケールの大きな作品である。都市中心部の雑踏と好奇な姿だけに視線が集中するのではなく、静かな住宅街やスラム街の日常、路上に溢れる雑多な事物や日々の光景のスナップである。思い入れとカメラで街をねじ伏せることなく、ひたすら歩きまわり、見て、撮ることに徹している。それに加えて「聴くこと」と書いていることが、これらの写真に独特の知的な力を与えているものと思う。壁面だけでなく空間も活用した展示も効果的だった。三木淳賞を受賞した斉藤麻子氏とともに、期待される写真家の誕生である。
プロフィール:
田中 雄一郎(タナカ ユウイチロウ)
1978年埼玉県生まれ。2002年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。06年「第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展」特別賞、07年「第10回岡本太郎現代芸術大賞展」特別賞(ともに角文平氏との共作)受賞。
写真展・個展に、02年個展「死旅」(市ヶ谷フォトスペース光陽/東京)、03年「side menu」(横浜LIGHT WORKS)、04年「陽の当たる場所」、05年「I SEE,BUT I CAN'T SEE ANYTHING」(以上、銀座GARELIE SOL)、06年「己に帰れ」(横浜牙狼画廊)、07年「ATLAS」(銀座GARELIE SOL)、08年同、09年「ATLAS BLACK」(以上、アジアフォトグラファーズギャラリー/福岡)があり、グループ展に、98年「ヤング・ポートフォリオ展」(清里フォトアートミュージアム)、06年「第9回岡本太郎記念現代芸術大賞展」、07年「第10回岡本太郎記念現代芸術大賞展」(ともに角文平氏との共作。以上、川崎市岡本太郎美術館)、「プレリュード筑豊」(アジアフォトグラファーズギャラリー/福岡)、「デジタルアートフェスティバル東京2007」(ともに角文平氏との共作。パナソニックセンター東京)などがある。