作者は東京タワーの近くを歩いていて、街並みの隙間から先端だけが見えたり、ビルに一部が反射したりする状況に数多く出会った。確かに300メートル以上の高さを誇る紅白の電波塔は、周囲の建築物や街並みから抜群に目立っていて、断片や映り込みが見えただけにも関わらず「東京タワーだ」とすぐに分かる。
外見だけでなく、国家全体の希望があった時代に建設され、半世紀もの間日本と東京のシンボルとして培ってきたイメージとしての姿も作用しているのだろう。
ある時、作者はタワーの断片が経験や記憶との化学反応を起こし、頭の中であの全体像が瞬時に膨らんでいく、そんな想像をした。
イメージという能力は、どこまで東京タワーを構築させようと脅迫するのか。あるいは、どこまで細切れにすれば東京タワーから解放されるのか。その分水嶺はどこにあるのか。
もしかしたら、ものの姿とは不完全で不安定な私たちそれぞれの頭の中にしかないのかもしれない。
先日、東京都墨田区に現在建設中の新タワーの名称は「東京スカイツリー」に決まった。誰もが予想した「新東京タワー」にならなかったのは、現タワーの持つイメージや歴史を受け継ぐことがいかに困難であるかを物語っているように思える。
カラー約30点。
開業50周年を迎え、新タワーの建設も始まり、ひとつの使命を終えたかのように屹立する東京タワー。高度成長期の東京のイメージを支え、人々に夢や希望をもたらしたこの塔も、今や一種の郷愁の光のなかに佇んでいるかのようだ。
17歳の修学旅行で初めてこの塔を見た作者は、10年後に再上京した時、そのイメージの不思議さに再び心を捉えられ、塔の回りを遠くから近くから、リフレクションや陰影まで含め、多種多彩なイメージを撮り押さえゆくことになる。ビルのガラスに映りこんだり、街並みの隙間に挟まれたり、公園の茂みの先に尖端を覗かせていたり、ストリートシーンに填めこまれ、街と融合する塔のイメージを作者は克明に捉えていった。
これらの東京タワー像は、都市のサインやシンボルといった側面を超え、東京人に身体化してしまった特別な建造物の有り様を浮かび上がらせている。新しい心的な都市イメージ論として興味深いアプローチである。
1980年福岡県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業。09年早稲田大学芸術学校卒業。
写真展に、2008年個展「東京タワー」(新宿ニコンサロン)、09年個展「箱」(コニカミノルタプラザ)、グループ展第1回「1_WALL」展などがある。