中央アジアの小さな国キルギスでは、キルギス人の既婚女性の約4割が男に誘拐され、結婚させられているといわれている。キルギス語で「Ala Kachuu」(奪い去る)と言われ、女性たちの約85%は何時間、何日間もの抵抗の後に、結婚を受け入れる。
誘拐されると、女性たちは誘拐した男の家に連れていかれ、男の親族の女性たちに説得され続ける。さらにキルギスの村社会で敬われている高齢の女性たちにも説得される。一度男性の家に入ると、純潔ではないと見なされ、実家の家族に恥をさらしてしまうという理由で結婚を受け入れる女性たちが多い。
1994年に制定された法律によって誘拐結婚は禁止されているが、誘拐で結婚した女性たちの中には、もちろん幸せな夫婦生活を送る女性が多くいる一方で、離婚や自殺に追い込まれる女性たちもいる。
作者は2012年7月から11月までの4カ月間、キルギスの村々を訪れ、これまでに誘拐で結婚をした10代から80代の夫婦を撮影した。
本展では、誘拐直後から結婚式、新婚生活までの2週間を、生活をともにしながら撮影した大学生ディナラや、誘拐後に兄に救助され、実家に帰っていった20歳の学生ファリーダ、誘拐され、嫁いだばかりの若い女性などの写真を展示する。
カラー30点。
報道写真というジャンルに長らく「古典」のイメージを抱いていたが、林氏の写真は、この手法の新しい可能性を感じさせるものであった。
「キルギスの誘拐結婚」には、遠い国の女性たちが直面する現状が写っている。写真を見るとき、撮影者がなぜその場所へ行き、その被写体を選んだのか、ということをいつも考えるが、作者の写真には、必然性のようなものが感じられた。
ここに写る女性たちが林氏に写真を撮らせてくれたのは、自分たちに起こっていることを、遠くのわたしたちに知らせたかったからではないだろうか、と感じ、その意味で、この写真群は作者と、被写体であるキルギスの女性たちと、鑑賞者であるわたしたちのどれが欠けても成り立たないという気持ちになった。
林氏の写真は、単なる写真にとどまらず、わたしたちを考えさせたり、未来への課題を話し合わせたりする広がりを持った、インタラクティブな「場」として機能している点が素晴らしい。
1983年生まれ。イギリスのフォト・エージェンシー、Panos Pictures所属。大学時代に西アフリカのガンビア共和国新聞社「The Point」紙で写真を撮り始める。「ニュースにならない人々の物語」を国内外で取材。2011年名取洋之助写真賞、12年DAYS国際フォトジャーナリズム大賞、13年フランス世界報道写真祭Visa Pour L’Image報道写真特集部門「Visa d’Or」金賞、14年NPPA全米報道写真家協会賞Best of Photojournalism 現代社会問題組写真部門1位、さがみはら写真新人奨励賞受賞。清里フォトアートミュージアム作品収蔵。ワシントンポスト紙、デア・シュピーゲル誌、ル・モンド紙、米ニューズウィーク、マリ・クレール誌(イギリス版)、DAYS JAPAN、ナショナル ジオグラフィック日本版など国内外のメディアで発表。
主な写真展に、09年「リベリア内戦の爪あとに生きる」(シリウス フォトギャラリー)、11年「硫酸に焼かれた人生 パキスタンの女性たち」(新宿ニコンサロン)、14年「Unholy Matrimony」(日本外国特派員協会)などがあり、著書に「フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 いま、この世界の片隅で」(岩波新書)、写真集「キルギスの誘拐結婚」(日経ナショナル ジオグラフィック社)などがある。