化粧をして、普段着から仕事用の衣装に着替えていく過程で気持ちを高揚させていく。その時、彼女は現実の世界から別な世界へと渡っていくように見えた。だが、もしかするとその反対だったかもしれない。作者はその二つの世界の隙間に入り込もうとして彼女を撮り続けた。
彼女がある日ふと口にした「私は生(なま)」という言葉が、今も作者の耳に残っている。入れ墨・火傷・リストカット・手術痕などの傷の絶えない体、恍惚・おびえ・不安がつのる表情に、口紅やアイシャドーが彩られていく。
カメラ-ビデオ-彼女、という交換不可能な「見る/見られる」関係性を身体で感覚し、写真に写る彼女を他者として―ただの写真として―作者は対峙せざるを得なくなった。
一年半の彼女のドキュメント記録から見えてくる世界を展示する。
受賞作品は、若い一人の女性を一年半に渡って撮りつづけたものであるが、これらの写真から私たちが受けとめる重い印象は、おそらく一様なものではないだろう。入れ墨、リストカット、不安や怯え、退廃的とも思える表情が捉えられている。しかしここに写されているのはそれだけではない。清楚な表情、平凡な顔立ち、聡明な肖像もまた彼女のものである。時に同じ一人の女性とは思えないほどの異なった印象が、私生活とカメラの前で演じられる時間との境界が曖昧に映る日々の中で記録されている。
些か文明批評的に語るならば、展望と指針を失った時代の中で、行き場も未来への希望も見出せないでいる若者像が、一人の若い写真家と一人の若い女性が向き合った一年半の揺れる時間の中で、写真を介在させることで可能となったドキュメントであるように思われる。明日を嘱望される写真家の誕生である。
1982年宮城県生まれ。2003年学校法人専門学校東京ビジュアルアーツ卒業。
写真展(個展)に、04年「one's eyes」、05年「EYES’BOX」、「ブロードウェイ」、06年「Cinema」(以上 photographers’ gallery/東京)、07年「彼女のタイトル」(新宿ニコンサロン・大阪ニコンサロン)、「DO THE RIGHT THING vol.1」(photographers’ gallery/東京)があり、グループ展に、04年photographers’ gallery展「火の国展」(熊本県立美術館)、05年photographers’ gallery横浜展「借りた場所、借りた時間」(BankART studio NYK/神奈川)、06年ICANOF Media Art Show 2006「TELOMERIC vol.3」(八戸市美術館/青森県)、07年「写真0年 沖縄―連動展」(那覇市民ギャラリー/沖縄県)などがある。
出版物:2007年11月「彼女のタイトル」(photographers’ gallery)