スキンクリームなどに使用される化粧品原料「硫黄」。本作はインドネシアで、その硫黄が採掘され都市部へ出荷されるまでを伝えるものである。
採掘現場はジャワ島東部に位置する活火山「イジェン」。火口では有毒ガスがいたる所で噴出し、高温となった液状の硫黄が足元を流れる。
鉱夫達はガスが立ち込める中、硫黄を地肌から掻き出すが、ガスマスクもろくに着けないため、咳き込みむせ返る声が響く。このような環境で採掘される硫黄は1人あたり80kg程だ。
彼らは80kgもある塊を背負い下山するが、過酷な労働と引換えに得られる賃金は1回の運搬で、日本円にしてわずか500~600円である。
運ばれた硫黄の塊は村外れの精錬所で溶かされ、流通しやすい板状に成形される。これらは最終的に一袋800円程の価値となり、都市部ジャカルタやスラバヤへ出荷される。
(山下 裕)
私たちが普段何気なく目にしているモノは、時として、自然環境の悪化や人間の過酷な労働という過大な犠牲からもたらされることがある。熱帯雨林の広大な伐採が問題になっている建材用の材木もそうだし、森林の焼き畑によって育てられるオイル椰子などもよく知られている。また、金鉱発掘人・ガリンペイロの苦悩な仕事から誕生するほんの僅かな黄金の輝きは、社会問題になった。
今回の山下裕さんの「Cosmetic」も、そうした現代社会に疑問を投げかける優れたドキュメンタリーだ。舞台は、インドネシア・ジャワ島東部。スキンクリームなどに使用される化粧品原料「硫黄」を採取するために、低賃金で過酷な労働をする人たちを追ってゆく。
山下さんは、熱風が立ち込める空気の中で、気配を消しながらレンズを向けている。おそらく山下さんは、現地で相当苦労して撮影していると思うが、青白い有毒ガスが噴出する地獄のような風景は、美しささえ感じるのだ。それと、不思議なのは、労働者の表情に苦悩がみられないことだ。むしろ純粋な瞳が光っているのが印象的で、すべての場面において、働く人々の素顔が見事に切り取られているように思える。
山下さんのひとつひとつの作品は、表現力があるので、見る者を攻撃してこない。問題をそのまま突きつける写真ではなく、現代に生きる私たちと現場で働く人々との関係性をまっすぐに語っている作品だと思う。
(選評・今森 光彦)
1988年東京都生まれ。
筑波大学大学院卒業。アジア諸国へ行き、近年は『労働』『汚染』『近代化』などをテーマに撮影を行う。
2016年 個展「チベット・ハレとケ」(POINT WEATHER)
2018年 個展「Cosmetic」(銀座ニコンサロン・大阪ニコンサロン)
2019年 清里フォトアートミュージアム 作品収蔵
2019年 第21回三木淳賞 受賞