いまから10年ほど前、作者が岩手県の雫石町に移住してから数年たった頃のことだ。「東北」という土地が内包する世界を見たいという思いで、各地の祭礼行事を訪ねることになった。
その頃の作者は、東北の祭礼に興味を抱く多くの人たちと同じように、目の前で繰り広げられる祭礼の営みのなかに「まだ見ぬ遠い世界」や「憧れ」を見つけようとした。それはたとえば「縄文」であったり、「連綿と続く共同体の神話」であったりした。そして、そこには確かにその類の匂いもあり、甘美でもあった。もし、東北で生きることを決心していなかったならば、そこで見つけた「遠い世界」に身を委ね、心地良くシャッターを切ることができただろう。しかし、作者は東北の同時代を生きる者として、見るべきことはもっと別なところにあるような気がした。それは、いま、祭礼はどういうものなのかという現実的な問題だった。
いうまでもなく多くの祭礼は形骸化している。遠い時代から信じられてきた大いなる物語は、すでに消えてしまっているのだ。簡単に言えば、祭礼は役目を終えた。そういうふうに作者には思えた。実際、行われなくなった祭礼も数多くあった。
しかし、その一方で、何とか頭数を集めながら変わらぬかたちで祭礼を続ける人たちの姿も多くあった。そんな人たちの姿は、作者に根本的な疑問をもたらした。“物語を失った祭礼をなぜ続けるのだろうか?”
その日から作者は、この問いの答えを探すべく、祭礼を訪ね歩いた。そして、今、作者はひとつの仮説に近い答えをつかんだような気がしている。
大いなる物語の代わりにこの地に暮らす人が探し出そうとしているものは、今の時代を生きる自分たちが、これからもこの土地で生きていくための新たな世界観ではないだろうか。彼らは、新たな糸をつむぐように、新しい世界観を仲間とともに見いだし、物語を失い、空になった祭礼という器に満たそうとしているのではないだろうか。
あたらしい糸。紡ぎ出されたその先を作者は見続けていきたいと思っている。カラー46点。
第40回伊奈信男賞は、奥山淳志氏の「あたらしい糸に」に決定した。青森、秋田、岩手県など、東北の祭礼を長期にわたって訪ね歩いた作品である。奥山氏の他にも強く推された作品が複数点あり、それぞれについて真摯な論議と検討が重ねられた結果の授賞決定となった。
奥山氏は大阪府の生まれで、東京での数年間の出版社勤務を経て、岩手県に移住して生活基盤とするようになって17年ほどになるという。この間の写真作品制作は活発で、これまでニコンサロンで開催した写真展には「明日をつくる人」(2008年新宿ニコンサロン)、「彼の生活Country Songsより」(12年銀座ニコンサロン、同年大阪ニコンサロン)があり、それぞれ一人の男の日常を持続的に長期間追い続けながら人が生きることの意味を考え、そこに作者自身の生や存在についての問いや模索が重ねられていくような作品だった。
そして10年ほど前から撮影を始めたというこの授賞作品は、一見すると東北に連綿と続く祭礼を追い求めているようであるが、祭礼をフィルターにして「東北の現在」をテーマにしようと考える、極めて意欲的な作品である。いま東北に暮らす人々が、多くは形骸化していく祭礼の中に探し出そうとしているものは、この時代を生きる自分たちがこれから後もこの地で生きていくための新たな世界観ではないだろうかと祭りの場を通して体感し、さらに彼らは新たな価値を「あたらしい糸」で紡ぎだそうとしているのではないかと奥山氏は考える。東北の生まれ育ちではない距離感と、この地で生きることを決心した人生の選択とがこのテーマを可能にしたといえる。
作品はいまだ制作の途上にあり、さらに撮り続けられるだろう今後の展開を注視したい。(選評・大島洋)
1972年大阪府生まれ。京都外国語大学卒業。95年から98年まで東京で出版社に勤務した後、98年に岩手県の雫石町に移住し、写真家として活動を開始。以後、雑誌媒体を中心に北東北の風土や文化をテーマとした作品を発表するほか、近年は、フォトドキュメンタリー作品の制作を積極的に行っている。
写真展(個展・グループ展)に、2005年「旅するクロイヌ」(up cafe/岩手)、06年「Country Songs ここで生きている」(ガーディアン・ガーデン/東京、GALLERYヒラキン/岩手) 、08年「明日を作る人」(新宿ニコンサ口ン)、09年「今、そこにある旅(東京写真月間)」(コニカミノルタプラザ/東京)、10年「Drawing 明日をつくる人 vol.2」(TOTEM POLE PHOTO GALLERY/東京)、12年「彼の生活 Country Songsより」(銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン) がある。
著作に、03年『岩手旅街道』(岩手日報社)、04年『手のひらの仕事』(岩手日報社)、06年『フォト・ドキュメンタリー「NIPPON」』(ガーディアン・ガーデン)、12年『とうほく旅街道』(河北新報出版センター)がある。
このほか、「季刊銀花」(文化出版局)、「アサヒカメラ」(朝日新聞社)、「ソトコト」 (木楽舎)、「家庭画報」(世界文化社)、「風の旅人」(ユーラシア旅行社)、「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)、「Ways」(JAFMATE社)、「北東北エリアマガジンrakra」(あえるクリエイティブ)、「トランヴェール」(JR東日本) などで作品を発表。JRフルムーンポスターを手がける。
また、06年に写真展「フォト・ドキュメンタリー「NIPPON」2006」(ガーディアン・ガーデン)の写真家に選出された。