グローバル化の進展に伴い、世界はますます近接し、複雑かつ密接に繋がっている。しかし、現実にはモノの生産、加工から流通、消費に至るサプライチェーンの具体的な現場は、私たちからより遠く、見えにくいものとなっている。
本作品は、アジア、アフリカ各国の鉱山、製造工場、リサイクル業者等と交渉し、その風景を捉えた記録の一部であり、このような写真を通して、社会構造の一端を可視化することをその目的としている。A.ザンダーの作品のような、正確な記録の積み重ねとそこに立ち上がる美が作者にとっての写真であり、それは写真の本質に向きあう作業だと考えている。
このプロジェクトは継続中だが、帰結はない。被写体に寄り添うストーリーも、作者から鑑賞者に投げかけるメッセージもない。なぜなら、作者自身のイマジネーションなどは取るに足らないものであり、対象を正面から記録し続けることこそ、この撮影の最大の意味があると考えるからである。カラー約30点。
第38回伊奈信男賞は、鈴木吼五郎氏の「鉱山、プランテーション、縫製工場」に決定した。この度の伊奈信男賞の特徴は何より、これまで作品発表経験の無かった写真家が受賞したことである。これは、私たち選考委員の判断が実践的な場面で厳しく問われるという事態でもあった。さらにまた、鈴木氏の他にも優れた候補作品が複数あり、決定に至るまでには長時間の検討が必要とされた。
鈴木吼五郎氏の「鉱山、プランテーション、縫製工場」は、そのタイトルが示唆するように、サプライチェーンの見えにくい場所に現れた光景である。作者は展示ステートメントで「このような写真を通して、社会構造の一端を可視化することをその目的としている。」と語っているが、その早急な結果は容易には得難いかもしれない。しかし、「被写体に寄り添うストーリー」や「作者自身のメッセージ」、つまり事前に鑑賞者に臆見を抱かせる要素を添付しない写真展示は、イメージが持つさまざまな細部を際立たせ、遠く迂回するようであっても、むしろ彼の地や、彼の人々を想像するための極めて正当な手続きに思えた。稀に、鈴木氏の写真が美的判断に基づいているように見えたとしても、しかし、サプライチェーンの編み目に埋もれ地球規模で広がる「陰画」を、写真によって可視化で象徴的な「陽画」に変換するというこの方法は、「作者自身のイマジネーションなどは取るに足らないものである」と語る鈴木氏にとって唯一の選択肢だったのではないだろうか。完結も帰結もあり得ない困難な仕事の展開を、私たちは注視してゆく。
1972年生まれ。カメラマンアシスタントを経て、2000年よりフリーで活動中。