香港に生まれ育った僕のデビュー作は「everywhere」。それから20年ぶりに本格的に日本を撮影した。この間、作品のロケーションは海外でも、生活の拠点は日本だった。一人の人間が成人する時間をこの国に生きてきたことになる。今回、ファインダー越しに捉えた日本は、当然だが、激変していた。でも、決して外国に変じていたのでもなかった。
カメラは物事の表面を掬い取る。その表面は、写し方によって、その下にあるものを隠す壁にもなれば、下へと潜るゲートにもなる。
時代時代の表面は変化して止まず、それは現在という地表の下に地層となってどこまでも重なっている。その一方で、地表に立つ人々からは言わば「根」が伸び、その地層を貫いて遥か地下へと続いている。
日本の最先端が顕現しているのが東京。いつの間にこんなに変わったのだろうと感じてしまう。でも、そこからは「根」が伸びて地層を貫いてもいる。日本に長く生きてきた僕の目は、その「根」を垣間見たようだ。
(ERIC)
「東京超深度掘削坑」という8個も漢字が続くタイトルを見て、目が動揺してしまった。
エリックは恐れを知らないスナイパー。勇猛果敢に前に進みながら間髪入れず一瞬を切り取っていく。その写真は、物語以前にある世界の鮮明さを私たちに教えてくれる。これまでインド、中国、香港など混沌とした世界の路上をスナップしてきたエリックにとって、東京を撮ることなどお茶の子さいさいだったのではないか。写真を見ながらその余裕さえ感じていた。
しかししばらく眺めるうち、今回の東京はこれまでのエリックのスナップとどこかテイストが違うことに気づく。これまでのような、すれ違いざまの閃光の一瞬ばかりではない。被写体が路上で激写されることを了解し、パフォーマンスしている。
ストリートスナップを装ったポートレートが混在していることがわかった。街で出会った若者の部屋の中のポートレートも、一見東京のリアルなライフスタイルをドキュメンタリーしているように見えるが、どうも“劇場”っぽい。
ここでタイトルに戻りゆっくり漢字の意味を拾っていくと、スーパーディープに掘った穴。エリックが被写体と一緒にストリートフォトを作ることで、東京を深く堀り下げていったのだと理解した。それは楽しいエネルギーの交換の場であったのだろうと思う。「肖像権」とか「撮影罪」という言葉が一人歩きし、過剰に萎縮してしまう今、撮る側と撮られる側の共犯スナップというかたちでエリックは社会を挑発しているようにも思える。そうだった、私たちの写真行為は、いつも自由への渇望だった。体当たりで人間を撮るエリックがスナップを再構築する。リアルとはなにか、スナップとはなにかを勢いよく問われる作品だと思う。
(選評・藤岡 亜弥)
<伊奈信男賞 最終選考に残った候補作品は次の通りです>
吉江 淳 写真展「出口の町」(2023年6月6日~6月19日、ニコンサロン)
ERIC 写真展「東京超深度掘削坑」(2023年9月12日~9月25日、ニコンサロン)
<第48回伊奈信男賞 副賞>
ニコン Z 8+NIKKOR Z 24-50mm f/4-6.3
1976年 香港 生まれ
1997年に来日し、西村カメラで写真を学ぶ。2001年「蓄積と未来」でコニカフォトプレミオ大賞受賞後、2002年「一日と永遠」で第19回写真ひとつぼ展グランプリ、2004年「every where」で第2回ビジュアルアーツフォトアワード大賞、2009年「中国好運 / GOOD LUCK CHINA」で第9回さがみはら写真新人奨励賞など受賞多数。主な写真集に「everywhere」(2005年 東京ビジュアルアーツ出版)、「中国好運」(2008年 赤々舎)、「Look at this people」(2011年 赤々舎)、「EYE OF THE VORTEX」(2014年 赤々舎)、「GOOD LUCK HONG KONG」(2018年 Zen Foto Galley)「WE LOVE HONG KONG 」(2019年 赤々舎)、「東京超深度掘削坑」(2022年 Zen Foto Galley)